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斎藤茂男取材ノート4
われの言葉は火と狂い

【書評再録】


●毎日新聞評(1990年8月2日)=こんなひどいことがあっていいのか?
冨士茂子さんという女性の冤罪事件をご記憶だろうか。43歳の女盛りの最中、こともあろうに「徳島ラジオ商殺人事件」の被告、つまり夫殺害の罪を問われること31年間。一点の曇りもない「無罪」の判決を得たのは彼女の死後だった。「圧迫に高ぶる情のせきかねてわれの言葉は火と狂いけり」と、茂子さんが詠んだような恐ろしいデッチ上げ事件だったのだ。未入籍で未婚の母でもあった女性の真実を聞こうとする「虚心」があったかと、「妻たちの思秋期」の著者でもある斎藤氏は国家権力の側に位置する男性の検事や裁判官の偏見を問う。
茂子さんを支えた著者をはじめとする人々の力の結集は、偽りの豊かさの中に生きる現代人に清らかな涙と感銘を与えずにはおかない。また、茂子さんへの鎮魂の書でもある。

●週刊現代評(1990年9月1日号)=読みながら私は、涙を流したり、本当にカンカンに憤った。
よくぞこのようにメチャクチャなことが、まかり通ったと思う。その大きな理由が、警察や、権力側や、世の中の人びとが、冨士茂子さんという女性に抱いた、偏見と差別であった。
筆者自身が、冨士茂子さんの親族と、真犯人を探す過程での、さまざまな人間模様。よくもこんないい加減なことができたものだと、あきれ果てるでっち上げの落とし穴が、ページをめくるごとにわかってくる。
でも、何よりも重要なのは、この事件がもつ同時代性だ。つまり、日本の女たちが置かれてきた位置だ。冨士茂子さんとその回りが戦ってきた40年間は、また、新しい男と女のありようを求めて、人びとが戦ってきた年月でもあった。
これだけ重いテーマなのに、スーッと読める。

●女性セブン評(1990年11月8日号)=もしも、いきなり押しいった暴漢に愛する夫を殺されたあげく、夫殺しの罪をきせられてしまったら……?
これはじっさいに起こった悲劇であり、本書は、戦後の有名な冤罪事件のひとつ、“徳島ラジオ商殺し事件”を取材した迫真のレポートです。
早くから真相を追っていたジャーナリストの著者は、国家権力に屈することなく、人間の尊厳をまもろうとしたひとびとの闘いを、熱い思いをこめて再現。重い読みごたえの一冊を書き上げました。事件の背後に、2度の離婚歴をもつ内縁の妻だった茂子さんへの偏見があり、彼女の無罪は、女性の自由な生き方を社会に認知させたという洞察も見のがせません。

●婦人展望評(1990年9月号)=1953年、徳島市繁華街のラジオ販売店で経営者が外部からの侵入者によって殺害された。検察は目撃証言を力づくでゆがめ、内縁の妻・冨士茂子による犯行と断定、裁判官もこのデッチ上げに加担した結果、彼女は12年余りを獄につながれ、再審、無罪が確定した時にはすでに故人となっていた。
世に言うこの「徳島ラジオ商殺人事件」を著者は新聞記者として追い続けけ、真相解明のために闘い続けた。そして冤罪の陰にひそんでいるのが「家」や「男」に縛られない自立した女に対する検察官・裁判官の偏見であり、無罪判決獲得の一つの大きな原動力となったのが、そういう女に対する有名無名の同性たちの支援であったことを本書で訴えている。

●自由と正義評(1990年No.9)=共同通信の若き記者であった斎藤氏がたまたま正木ひろし弁護士宛にきた冨士茂子の冤罪を訴える手紙をみて、徳島ラジオ商殺し事件を知り調査にのりだし、四国の山野をかけめぐって関係者に会い誤判の疑いを深めていく。ついで獄中の本人に会いはげしい嗚咽に圧倒され、この事件のとりこになって調査を続ける。出所後は相談相手になって昭和60年の雪冤実現までの闘いを精神的に支えた有力な一員である。氏がかつて雑誌に書いたものを交えつつ、新しく書き下ろして一本にまとめたのが本書である。行動するジャーナリストの足、目でつかんだものを書いているだけに貴重な記録だ。
本書によれば茂子の親族はもちろん、同人からみて義理の子供たちもその身内もみな茂子無実を確信し、誰ひとり疑うものもなかった。それを徳島地検の検事たちは捏ねてつくりあげ、一、二審裁判所も有罪にした。職業的法律家の手に独占される判断に恐ろしさを覚える。
世の中の古い考え方に抗して女性としての自立を求めた茂子の生きざま、彼女を犯人に作り上げたわが司法の病根などを、本書は深く考えさせる好著である。

●婦民新聞評(1990年8月30日)=恐るべき冤罪事件に20余年とりくみ、女性の生き方、人権の面からも迫って、感動的である。

●救援新聞評(1990年9月15日)=一文字、一文字に、国家権力という背後霊を背負った人たちが“暴力的”という表現どおりの強引さで、まったく非力な女、冨士茂子さんを犯人に仕立て上げた形跡、悲劇に導いていったさまざまな過程、さらに、事件の真犯人に肉薄するすさまじい状況を立体像として表現している。人権記者の哀歓をしみじみ感じさせられる。
「わたしは、絶対にやっとりませんッ」
と非道の抑圧に屈しない茂子さんの女の闘いの歴史、支援者が力を合わせ勝利した典型的な冤罪事件の教訓が明確に表現された貴重な資料である。よくもこれだけ取材できたものと深い感銘をおぼえ読ませてもらった。

●赤旗評(1990年7月30日)=1953年に発生した徳島ラジオ商殺し事件の冤罪の構造を鋭く分析するとともに、一人の女性の「非道の抑圧に一歩も譲らない生き方に支えられて、たくさんの民衆が力を合わせて」雪冤させた歴史をまとめたものである。
著者が「縁」あってこの事件にかかわるようになってから20年余り。記者という枠を超えてこだわりつづけたのは、「真実」である。「人間の素直な心で真向かえば真実は見えてくる」という著者の言葉は、素直な心を持ちつづけることに苦闘した歴史をもつ人の声だからこそ、読者の心をうつ。
斎藤茂男取材ノート【書評再録】

●朝日新聞評(1989年12月3日)=ジャーナリストとして生きた著者の深いエートスが、詩的に、しかし剛直に表現されていて、心を打たれる。

●信濃毎日新聞評(1990年5月6日)=つらいこと、悲しいこと、困ったこと、たくさんの荷を背負って一生懸命生きようとしている人間の味方になってほしい。心の底に正義を愛する火を燃やしつづけている人がいい---と著者はジャーナリスト志望者に語る。これは一般人にもあてはまることだ。このマトモな姿勢、飽食金満大国人が急速に失っている心と勇気を「斎藤茂男取材ノート」全集によって骨のずいに叩き込まれる思いがした。

●出版ダイジェスト評(1990年4月21日)=このシリーズはまさに、時代のうねりの最前線につねに身を置いてきたジャーナリストが検証した臨場感あふれる「戦後昭和史」となっている。

●読書人評(1990年1月8日)=「卓越した取材力と人間に注ぐ暖かい視点」を持つ斎藤氏の、ジャーナリストとしての原点がくっきりと刻み込まれている。
斎藤氏自身の表現を借りれば、この「取材ノート」に収録される文章は、記者生活の中で、右から左へと軽く受け渡してしまう気になれず、記者の業務としてというよりもむしろ、個人のこだわりで追い続けけたテーマ---謀略、冤罪、天皇、高度成長、労働、子ども、女性、家族、性、生命そのほか---についての、取材体験エピソードを交えての報告である。

●三田評論(内海愛子氏)評(1991年1月号)=斎藤茂男の仕事の中から、私は事実にこだわり、歩き、考えていくことの大切さを教えられた。当たり前のようなことだができにくいこの生き方は、ジャーナリストだけではなく、市民運動でも研究でも欠かせない姿勢であるからだ。事実にこだわり歩く、執拗に歩く斎藤氏の姿が、いつの間にかアジアを歩くときの私の意識のどこかにこびりついてきた。
今回の「取材ノート」は、氏のこれまで書きためてきた記事と取材ノートで構成されており、取材の裏側を見せてくれて興味深い。それだけでなく、テーマごとに記事がまとめられているので筆者の事実へ切り込む視角がよくわかる。克明に取られた取材ノート、短い記事の裏につぎ込まれた情熱、社会的弱者への温かい眼差し、権力犯罪への怒り--時に応じて見せるジャーナリストのこころの動きが読みやすい文章の中から浮かび上がり、多くの時間を経過した今も読む者の心を打つ。
「取材ノート」全巻、どれをとっても氏の生きてきた戦後日本社会の血のにじむような姿が見えてくる。すぐれたジャーナリストが、たぎるおもいで書き綴ったこれらの書を読み終えて、深いため息とともに自分の過去を振り返る人も多いだろう。だが、大事なのはこの現実に立ち向かってどう生きていくのか、考えることだ。斎藤氏が取材のかたわら多くの時間をさいて市民運動にかかわる、そのこだわりも読み落としてはならない。

●学生新聞評(1990年3月17日)=数々のすぐれたノンフィクションを生み出している斎藤茂男さんはいま、「斎藤茂男取材ノート」を刊行中です。
いままでに書いてきた新聞記事、雑誌原稿で単行本に未収録のものを素材に、取材エピソードなど書き下ろしも交えて編集したもの。30余年にわたって記者生活を送った共同通信社を一昨年、退職。その仕事の総括というだけでなく、戦後日本の検証ともいうべきこの「取材ノート」を通して、「これからの生き方というか、これからの日本というものを考える手がかりみたいなものを提供できればいい」と、斎藤さんは語ります。
「自分で現実にふれてみて、自分自身に新しい発見があった、驚いたという深い取材をしないで、“そういうのは、この間どっかで読んだな”というような記事を何万回書いても、読者に響いてこない」という斎藤さんの、現実から学ぶ姿勢と、真実に迫る探求心。それはジャーナリストだけでなく、学生にとっても重い意味をもつ大切なことではないでしょうか。

●エル・ナイン評(1990年5月号)=日常を矢継ぎ早に流れていく出来事や現象に、一時心を動かし、憤ることはあっても、何かがおかしい、歪められていると感じていても、私たちは多くの場合、それらの奥に潜む事の本質に気づかぬまま、あるいは、知ろうとせず、考える時間を持たぬまま、いとも簡単に諦め、都合よく忘れ去るということを繰り返し、ここまで来てしまった。その結果が、戦後45年、効率至上主義、モノ・カネ溢れる金満飽食大国日本と日本人の姿だろう。
この斎藤茂男取材ノートは、30年という長い記者生活を通して彼がこだわり、追い続けけてきたテーマ、謀略・冤罪・天皇・高度成長・労働・子ども・女性・家族・性・生命---について、取材体験エピソードを交えながら、読みやすくまとめたものである。
歴史的な流れと背景を縦糸に、そして目の前の現象を横糸に、表から裏から執拗にくいさがり、物事の核心に迫っていこうとする彼の姿勢は圧巻。また、その目は一貫して弱い者、抑圧される側に立ち、どろどろとしたその構造を睨みながらも、私たちもまた、いつのまにか抑圧する側に立たされているという事実を、さながら推理小説を読んでいるかのような面白さと明快さで、くっきりと浮かび上がらせていく。

●聖教新聞評(1990年5月9日)=時代の取材記者として、時代を熱くした事件の現場へ、あるいは闇に葬られた問題の密室へ、政治の谷間で息をひそめる人びとの心の中へ、と誠実に飛び込んでいった結果が、この広範なテーマとの格闘なのだろう。すぐれた取材技術もさることながら、時代の現場に真正面から立ち向かう行動こそ学ぶべき作法といえよう。
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