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ILOリポート 世界の労働力移動 【内容紹介】本書「まえがき---ILO雇用局国際労働力移動部部長 ロジャー・ボーニング」より | |||
国境を越える労働者の移動は、1980年代後半までは比較的目だたない現象であった。しかし今日では、国際経済の急速なグローバル化におけるもっとも顕著な側面となっており、100カ国以上の経済と労働人口に多大な影響をもたらしている。国境は、愛国主義的な議論においては守りうる存在かもしれないが、実際には経済市場にますます開放されてきており、モノ、サービス、投資だけでなく人々も国境を越えて浸透している。これは、単に人数の増加や地理的な広がりだけの問題ではない。その特徴も変化してきている。近年の移民労働者は以前と比べてより熟練しており、また外国で働く期間も短い傾向がある。
国際労働力移動が、よりダイナミックになり複雑化するに従って、政府や国際機関も新たな政策の必要性を迫られている。しかし驚くべきことに、この問題についてはまだそれほど詳しい調査・研究がなされていない。経済移民の数は政治難民の4、5倍はいるようだが、政治難民に関するのと同様な、世界全体を包括する最近の分析は存在しないのである。ILO(国際労働機関)は、このギャップを埋める時期に来たと考え、ILOをはじめUNDP(国連開発計画)やニュー・インターナショナリスト誌でも経験をもつピーター・ストーカー氏にこの重要な任務を委託した。ストーカー氏は、世界の様々な地域における国際労働力・人口移動についての多くの課題---その数、特徴的な影響、喚起される反応、必要となる政策など---に関して、散在した膨大な量の情報をまとめ、明確にバランスよく説明している。 この本の仕上げとして、ILOは「国際労働力移動データ」という表を巻末に付け加えた。この表は、経済および労働人口が流入・流出に重要な影響を受けている主要各国・領土を対象としたもので、人口・労働移動や、他の多くの重要な指標に関する基準データを提供している。 | |||
【内容紹介】本書「訳者あとがき」より | |||
原書は、近年のILO出版物の中でも特に好評を博し、フランス語、ロシア語にも翻訳され、世界各国の政府・自治体・大学・研究機関、NGO等で幅広く読まれている。国際労働力移動について、その歴史、現状、理論がこれほど包括的にバランスよく、しかも平易に書かれた本は以前には存在しなかったと言っても良いであろう。特に日本では、外国人労働者に関する本は国内の問題に比重が置かれがちで、ジャーナリスティックなものや特定の学問分野のみからの分析が多く、国外の労働移動を扱ったものでも、欧米のケーススタディが主であった。そういった意味で、本書の政治、経済、社会、文化等の側面も含めた世界的視野からのアプローチは非常に貴重であり、私たち日本人に、国際的な人の移動についての新しい総合的な視点を提供してくれる。 日本においては「人口移動」「労働移動」という言葉はまだ比較的なじみが薄く、研究分野として注目されるようになったのも、外国人労働者が急増し始めた1980年代後半からである。しかし、人の移動という現象そのものは、実は私たちにとって決して新しいものではない。日本でも、労働を目的とした人の移動は古くから存在している。たとえば、日本酒の醸造に欠かせない存在である杜氏は何百年ものあいだ冬の農閑期の出稼ぎ労働者が中心であったし、第二次世界大戦後も農村から都市への出稼ぎや集団就職といった国内の労働力移動が大規模に行われてきた。また今世紀初めには、多くの人びとが海を越えてアメリカ、カナダやブラジル、ペルーなどへ移住した。日本もかつては労働力の送出国だったのである。国際労働力移動は、ある国からある国への人の移動だけを意味するのではなく、もっと経済的・社会的な広がりをもつ現象である。他国で働く外国人労働者は、私たちと無縁ではない。私たちに身近な輸入オレンジやレモン、カリフォルニアワインの原料となるブドウは、アメリカ人の経営する農園で低賃金で働くメキシコ人が収穫したものであるし、ヨーロッパ車の製造にもトルコ人労働者などが多く携わっている。南アフリカから日本に輸入される金やダイヤモンドなどもレソトやスワジランドなど周辺諸国からきた労働者が採掘したものである。私たちの生活には、すでに外国人労働者が何らかの形で関わっているのである。 現在の日本では、経済が停滞していることもあって、1993年以降、外国人労働者数の増加は横ばいの状態であり、1980年代後半から1990年代初頭にかけての開国・鎖国論といった白熱した議論はなりをひそめている。しかし、日本の外国人労働者問題は決して終わったわけではない。これだけの景気低迷のなかでも、3K(きつい・汚い・危険)職場には日本人が集まらず、外国人労働者に対する構造的労働力需要はいまだに存在している。また、すでに在住している外国人は定住化の段階に入っており、私たちの身の回りでは着実に地域レベルでの国際化が進んでいる。 こうした状況にどう対応していくかは、日本のみではなく、世界の多くの国々が抱える共通課題である。新しく隣人となった外国人、あるいは帰化した人びとを私たちはどのように受け止め、「共生」していくべきか--そうしたことを考える際、日常レベルを越えて、人の国際移動をもっと広い構造的な枠組みで理解することが重要であろう。人口・労働力移動はなぜ起こり、受入国・送出国の両方においてどのような問題を内包し、その流れはどこへ向かっているのか。政府、地方自治体、国際機関、NGOは、それぞれの立場から多くの課題にどう対処しているのか。本書の提供する豊富な情報をもとに、読者のみなさんがご自分の身近な地域社会における外国人との共生を「国際人流」という世界的な文脈のなかで考える機会をもってくださったとすれば、訳者として望外の喜びである。 | |||
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