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ネイティブ・アメリカン=叡智の守りびと

【書評再録】


●朝日新聞評(1997年1月26日)=インディアンと呼ばれるアメリカ先住民の叡智を伝える長老たちの言葉を記録。
人間は大地の一部であるという哲学が、平明な表現で語られている。
写真は、彼らの日常生活を自然に撮ったものだ。現代文明の周縁で生きる彼らの姿が誇張なしに伝わってくる。自らの癒しとして、ネイティブ・アメリカンを扱った本とは違う、共感の視線がある。

●毎日新聞評(1997年1月26日)=北米の先住民に伝わる文化、伝統、などを伝承する役割を担う長老たちを訪ね、その声をつぶさに記録。
長老たちが異口同音に精神的な伝統の重要さを語っているところが感動的だ。
「人間らしく生きる」とはどういうことなのか。現代人が忘れた精霊や自然の不思議、素朴な生き方などの哲学が詰まっている。ネイティブ・アメリカンをとりまく政治経済社会的状況の厳しさも浮き彫りされる。

●時事通信全国配信記事(京都新聞ほか)(1997年2月2日)=英知を守り伝える長老たちに十年にわたってインタビューし、まとめた長老たちが伝える英知。
ナショナルジオグラフィック誌などで活躍するウォールの写真は奇をてらわず、いすに腰掛けゆったりとパイプをくゆらし、子供に優しく語りかける長老たちの姿を淡々ととらえていく。
「神秘」を売り物にせず、学術的な面ばかりを強調したものでもない本書は、1990年の刊行以来、米国で着実に版を重ねている。

●東京新聞・中日新聞評(1997年2月16日)=2人のライターとカメラマンが現在各地に暮らす族長や長老の話を取材し、書き写したもの。単純ゆえに深く確信的なメッセージは、うわべだけの人権や自然保護を掲げる私たちに、どこか根底的な反省を迫ってくる。

●信濃毎日新聞評(1997年3月23日)=ライターと写真家のコンビが10年以上の歳月をかけて米国各地の先住民居留地を訪ね、含蓄ある言葉と年輪を刻んだ肖像を記録した。
彼らの教えに通じるものは、自然とともに生き、破壊しないこと、自らの歴史・文化を知り、地域社会や家族を大切にすることと至極当然だ。だが「先進社会」で果たしてこれらのことが守られているだろうか。経済優先による自然破壊、さまざまな差別やいじめ……。われわれの足元を見つめ直すきっかけになる一冊だ。

●週刊朝日評(1997年3月7日号)=インディアン社会では、長老は誠実でホエイアナ(よい心)をもつ者のみが選ばれる。常に高い精神性を求められる彼らは部族の精神的リーダーであり、非常な尊敬を受けているという。2人の著者が10年以上かけて、ラコタ族、イロコイ族、オジブア族など全米各地の部族の長老17人のもとを訪れ、彼らが語った創世神話、人と自然、癒しの方法など、長い歴史の中で培われてきたインディアンの叡智を写真とともに記録したのが本書である。
どの言葉も、民族を越えて深い感銘を与える力がある。

●山と渓谷評(1997年4月号)=宝物のいっぱいつまった本である。ナショナルジオグラフィック誌の記者とカメラマンが10年余にわたって拾い集めた「叡智の守りびと」たちの語る叡智という宝物である。
語られる言葉の一つ一つが、静かに魂を揺さぶる本である。
美しい写真集でもある。写された1枚1枚の叡智の表情が、われわれが捨て去ってしまった、あるべき本来の生き方を語っている。手元に置いておきたい一冊だ。

●読書人評(1997年2月21日号)=全米各地のインディアン居留地のスピリチュアル・エルダー=精神的長老たちの言葉を写真とともに記録したもの。17人のウィズダム・キーパー=叡智の守りびとが心の奥、夢、ビジョン、ユーモア、笑い、癒しの方法や黙示的予言を、心に響く言葉で語っている。ここには世界への普遍的なメッセージが溢れている。

●図書新聞評(1997年3月15日号)=ナショナル・ジオグラフィック誌の熟練スタッフだった写真家とライターが、全米各地のインディアン長老(エルダー)たちを訪ねてまとめた本書は、アメリカでは90年に出版以来ロングセラーを続ける。邦訳は原書を忠実に再現した贅沢な造りも印象的だ。
インディアンの伝統や土地に触れて、えもいわれぬ涙が込み上げてくることがある。それは、喜び、悲しみ、感謝、感動のすべてが入り交じった生命の実感かもしれない。本書におさめられた長老たちの肉声を聞き、素顔の写真を見ると、そんな実感があらためて胸を打つ。

●週刊金曜日評(1997年6月13日号)=トーマスは納戸で毎晩のように機を織る。私はその脇に座って、カタン、カタンという機織り機の音だけが響く静けさの中に身を置く。ときたまトーマスが口を開いてホビの予言・伝説・シンボルについて断片的に語る。その一言一言がホビ、ナバホが置かれている困難な政治状況に立ち向かい、闘い続けている彼の精力的な活動の姿と響きあって生命を帯びてくる。インディアンの古い教えを守るためには命の危険を犯さなければできないことを、そのとき私は初めて学んだ。叡智とは書物に収めるものではなく、ただ語り継ぐものではなく、それを生き抜くことにほかならない。

●毛糸だま評(1997年春夏号)=生きることの本当の意味を考えさせられる一冊。
情報化世界を生きる我々が、一番失ったものはなんだろう。それは“言葉が持つ普遍的な力”ではないだろうか。言霊と言い換えてもいい。誰を利するのでもない、人々の幸福が自然との調和によってのみ得られる、祈りとダンスによって昇華されることの心の浄化作用……そうしたことどもが平易な言葉で語られる。純度が高く我々を引きつけてやまない迫真力のある写真とあいまって、心が澄み渡ってくるのを感ぜずにはいられない。思わず誰かにプレゼントしたくなる、価値ある本である。

●教育新聞評(1997年2月17日号)=10年がかりの旅にふさわしく、言葉にも写真にも深い重みがある。
言葉を寄せている一人ひとりの存在が、読むものを圧倒する。また、各ページを彩る写真が、彼らの顔のしわが、なんともいえずいい。「私たちは世界の調和のために祈る」---そんな彼らの言葉を素直に受け止めたい。彼らの言葉を子どもたちにも知ってもらいたい。そんな思いがわいてくる。

●日刊ゲンダイ評(1997年3月4日号)=ナショナルジオグラフィック誌で活躍する写真家とライターは、不思議な出会いをきっかけにして、全米各地のインディアン居留地を訪ね、スピリチュアル・エルダー(精神的長老)たちの言葉を記録してきた。
本書には、ウィズダム・キーパー(叡智の守りびと)と名付けられた彼らの夢やユーモア、癒しの方法や黙示的な予言などが独特の言葉で語られている。
長老たちのメッセージは、現代社会に生きる私たちに不思議な力を与えてくれる。

●私たちの自然評(1997年5月号)=現代文明に圧迫された被害者として扱われてきた世界各地の先住民族。しかし最近では、自然と共生するその生き方などが、新しい時代に向けた「智慧」として注目されつつある。本書は、ナショナルジオグラフィック誌で活躍するライターとフォトグラファーが全米のネイティブ・アメリカンに長期取材をしてまとめたもの。「精神的長老」と呼ばれる17人の言葉と、その文化・生活などを、美しい写真とともに紹介する。

●バーダー評(1997年7月号)=何千年にもわたり受け継がれてきた先住民の叡智を伝える人々が生きている。そのような人々を、著者はウィズダム・キーパー=叡智の守りびとと名づけた。本書では17人のウィズダム・キーパーが、その心の奥、夢、ビジョン、ユーモア、笑い、癒しの方法、黙示的な予言を、心に響くことばにより読者と分かち合ってくれる。

●人間家族評(1997年2月号)=ナショナルジオグラフィック誌を中心に活躍するライターと写真家が、10年以上の歳月をかけて全米各地のインディアン居留地を訪ね、スピリチュアル・エルダー(精神的長老)たちの言葉を記録してきた。全米でベストセラーとなった本書は、そうした長老たちからのメッセージである。
17人のウィズダム・キーパー(叡智の守りびと)と名づけられた彼らが、その心の奥、夢、ビジョン、ユーモア、笑い、癒しの方法や、黙示録的な予言を、心に響く言葉で、読者と分かち合ってくれる。
ウィズダム・キーパーたちの言葉が海の向こうの長老たちから、すべての人々に共通する普遍的なメッセージとして、私たちの心の中で響き合う。

●地理評(1997年11月号)=ネイティブ・アメリカンの生活と世界観を文章と写真によって明らかにしたもので、ベストセラーになったものである。
ウィズダム・キーパーの言葉、そして自然と彼らの暮らしぶりを伝える写真はどれも印象深い。
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