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エピタフ 英雄たちの墓標 【書評再録】 | |||
●北海道新聞評=ギリシャ神話に現代の息吹を注ぎ込んでいる。
●ダカーポ評(1986年6月2日号)=連休中に一冊のすばらしい本を読んだ。 星川清香「エピタフ」である。 どこがすばらしいか。まず文章がいい。構成がしっかりしている。科白がしゃれている。はっきりとしたモチーフ、思想がある。背後に古代ギリシャについての深い知識がある。等々、新人がこれだけ見事な本を書くのは十年に一度あるかなしであろう。これは古代ギリシャについてのわれわれの通念をひっくり返すほどの力を持った著書である。 ギリシャ悲劇に養われてきた英雄中心史観を覆すほどの力を持った本である。 ●週刊文春評(1989年1月12日号)=トロイ戦争といえば昔から英雄譚の世界と決まっていた。アキレウスとかヘクトールといった英雄の活躍するのがトロイ戦争だと、私なぞも思い込んでいた。ところが星川清香は「エピタフ」で、英雄たちの出征の留守を守る女たちから見たトロイ戦争という、コペルニクス的な視点の転換をしてみせたのである。これは実に画期的な観方の転換であった。 女の立場からトロイ戦争を観る---ここからまったく新しい世界が姿を現わした。男の従属物であった女たちは自己と力とに目覚め、帰ってきた英雄を殺してしまうという、価値の転換が起こったのだ。そのへんを著者は新人とは思えぬ見事な文章で描いていた。 その人の二番目の著書が「トロイの女」である。私が期待をもって早速読んだのは言うまでもない。そして今度も新しい発見の喜びを与えられた。 何よりもこの著者は古代ギリシャに深い造詣を持ち、しかもそれを古来の定説になずまず新しい観方をもって観ている。英雄時代の人びとを語るにふさわしいしっかりした文体と、哲学を持っている。物語の中の科白が堂々としている。すべての意味で古代ギリシャを語るにふさわしい資格を備えた人で、これほどの人が今まで無名であったことの方がふしぎなくらいだ。 いずれにしろ、とにかくここに古代ギリシャへの観方を変えるような力強い物語が二冊出たことを、わたしはよろこぶ。これは今までこの国の読書界でも盲点になっていた部分である。この本が現われなければわたしなぞいつまでも、古代ギリシャをホメーロス以来の英雄譚の世界としか思わなかっただろう。日本語でこういう優れた本が出たとは、なにをおいても大変なことだ。 それにしても読書界とは非常に偏った世界で、ベストセラーのどうのともてはやされる本のかげに、ひっそりとこういう宝石のような作品が隠されているのである。それを発見することこそ、本来の読書のよろこびでなければならないだろうに。 | |||
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