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姫たちの伝説 古事記にひらいた女心

【内容紹介】本書「はじめに」より


 なんだかシチムツカシくって、古くさくって、とっつきにくそう---。古事記のことを私はそう思っていた。けれども、ひょんなことから古事記を読むようになってみると、それはある意味ではアタリだったが、ある意味ではハズレだった。それも嬉しい方向にハズレだったのだ。
 西暦712年というから、古事記は今から千数百年前にできた書物である。もちろん、印刷されていたわけはなく、筆写されて伝わっていた。といっても、720年にできたいわば「国定史書」の日本書紀とは違って、私的に伝えられていたので、江戸時代ころには、もう解読するのも難しい写本がいくつか、ほそぼそと残っていただけらしい。それを本居宣長という学者が整理、復元、解読して世に出した。以来、古事記は「研究」され続けている。
 「研究」と聞いただけでシチムツカシい感じがするが、実際、今、世に出ている古事記解読書でさえ、私のような一般人には、ただ読むだけでも難しい。読んでみて、予想がアタリだったのはそこだ。
 ハズレは、古事記はとてつもなく面白い、ということだった。なるほどたくさんの人々が古事記「研究」にのめりこむのは無理もない、と納得できた。そのくらい謎が多くて、古文書として面白い。ずいぶん楽しめる。せっかく楽しめるものに一般人がとりつきにくいのはシャクだから、少しでも古事記への門を広げたい、そう思って一念発起、古事記の現代語全訳・解説書『新・古事記伝』(全三巻 築地書館)を作るなどというだいそれたこともしてしまった。
 しかし、なにより私を喜ばせたのは、古事記に登場する女たちの姿であった。元気! アタラシイ! スゴイ! 彼女たちの姿は、私が抱いていた古事記世界のイメージ、古くさくてどちらかといえば暗いイメージをすっかり変えてしまったのだ。
 もっとも、一読して一挙にそう見えたわけではない。古事記とつきあい始めて十数年、年月を重ねるにつれて、ノロイをとかれた眠り姫よろしく姫たちが次々と息を吹き返し、動き語り舞い歌い、私の中の古事記世界を埋め尽くさんばかりになっていったのだ。
 それというのも、古事記はやっぱり男を主役に書かれた書物だからだ。クローズアップされる女は、量的にも質的にも限られているし、配役や描き方にしても、あくまで女はワキ役、という精神に貫かれている。古来の「研究」も、もっぱら主役たる男たちをめぐっておこなわれてきている。
 ところがいったん、むむ? 女がずいぶん元気であるなあ? ひょっとして女も主役だったんじゃないの? という眼で読み始めてみると、世界は変わっていった。それもそのはず、古事記の主役は古事記の書き方(編集の仕方)によるのであって、現実の世界には主役もワキ役もありはしないし、出番の多少もありはしない。だから「男系のヤマト朝廷一本槍」という古事記の書き方に惑わされないよう注意して読むと、ちょっとしか出てこない姫の一言、ただ黙っている姫のそのありようが、にわかに意味を持ってくる。それどころか、ただ名前のみ記し残されている姫の、その名前からいろいろなことが見えてくる。そんなふうにして、私の古事記世界には、実にたくさんの姫たちがはっきりと姿を現わしたのであった。
 せっかく出てきてくれた姫たちを写しておきたくて作ったのがこの本である。読者がその多彩な風景を読み取り楽しんでくだされば、著者にとってこれにまさる幸せはない。
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