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猿まわし千年の旅 【内容紹介】本書「はじめに」より | |||
私は本というものは面白くなくてはいけないと思っている。自分自身、読書好きで、若い時からずいぶん読んだが、期待して買って、一気に読み通せなかった時は、貴重な人生の一部分を、故なく奪われたような気がして腹が立ったものである。 書くからには、言い分がきちっとしていなければならないと思うし、読書に時間をさいて読んでいただくわけだから、読者の人生に益するものがなくてはならない。感動と感銘、生きる未来に展望を持てる面白さが要求される。 今度の本で、私の本も5冊になるが、面白く読んでいただくために全力をつくす。文章に大きなうねりと、流れをつくるために、ずいぶんいそがしい毎日だが、2週間の時間を確保して一気に書き上げる。回りくどくなることをさけて、漢字をできるだけ少なくする。そしてなにより、私自身が感動し、感銘し、また泣いたり笑ったりできなければ書かない。 おかげで今度の原稿も、編集部から「面白すぎる」、部分的に「フィクションに過ぎるのではないか」とお叱りを受けた。説明して理解していただき、そのまま発表することになったが、本ができあがらないうちから、実はほっとしている。 猿まわしの旅ゆきのことが一冊の本になるのは、この本がはじめてである。猿まわしは「まぼろしの芸能」と言われ、芸能史の研究で、その歴史的実態をつかみかねている分野である。だから、面白さを狙うあまり、事実や真実から、いささかでもはずれることは許されない。この本は、まぎれもなく、猿まわしの歴史書である。 私が、鬼の首でも取ったように嬉しかったのは、明治中期、高州部落の娘が、親方を保証人にして、役所に出した、小間物行商申請書である。同時に、明治初期、十数人の婦人連名の申請書も出てきた。 この資料を見るまで、私は、猿まわしの歴史は古いが、油売りの歴史は新しいと考えていた。それが、とんでもない見当違いだったということがわかった。さっそく、数人の老人たちに聞いてみると、資料を裏づける談話がとれた。そして、猿まわしは芸能化する条件に欠け、一緒に旅をした油売りの女たちの保護によって、かろうじて命脈を保った事実が浮き彫りになった。この資料が得られなかったら、史実の上で、重大な誤りをおかすところであった。 もう一つ重大な発見があった。猿まわしのルーツがインドであることが明確になったことである。初夏の頃、私は上京した折に、民族文化映像研究所の姫田先生を訪問した。とりとめもない雑談をしている時、姫田先生が「ジロー君の芸を見ていて、ぐうぜん、踊りのような動作をしたのでびっくりしたんですが、あれは教えたんでしょうかね?」と聞く。「そうです。古来から伝わる足どりという芸なんですよ」と私は説明した。「実はインドの猿まわしの踊り芸がまったく同じなんです」と姫田先生は目を丸くした。この一瞬、千年の歴史的な空白が埋まり、インドと日本の猿まわしがドッキングしたである。 このほか、いくつか、幸運だとしか言いようのないかたちで、新史実をつかむことができた。そのことごとくが、この本を書くにあたって、私がほしくてたまらなかった裏付けである。 自画自賛になるようで心苦しいが、この一冊で、まぼろしの芸能と言われた昔の猿まわしの旅ゆきの具体像を描ききることができたと思う。あとは、面白すぎるほど面白いと思われ、読者に読み通していただけたら、それこそ最高の幸運である。 | |||
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