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温暖化に追われる生き物たち 生物多様性からの視点

【内容紹介】本書「まえがき」より


 地球温暖化のスピードは、きわめて速い。その速さは、すでに生物が順応できる限界を超えている。開発や環境化学物質との複合的な影響の可能性もあり、多くの生物種が絶滅の淵に追いやられかねない。温暖化による生物多様性への負荷は深刻である。
 気候変動は海面の上昇、洪水の増加、砂漠化など荒々しく、大きな影響を地球にもたらすことはほぼ確実と見られている。このまま進むと、2100年には平均気温は2度、海面は65センチメートルから1メートル上昇すると予測され、日本は浜辺がほとんどない列島になるかもしれないのである。白保の珊瑚、鳥取の砂丘と、北から南まて日本の浜辺は美しいが、海面が1メートル上昇すると、砂浜の9割が消失するという。そのとき、海岸の貝は、海藻は、魚は、カメはどうなるのか、海岸の生き物たちは人間の生活とも密着しているが、そうした生物に関しての情報は非常に少ない。
 植物学者に聞くと、「2度の気温上昇は、日本が100年間に南へ300キロ移動するのと同じことで、植物は北へ移動を強いられますが、温暖化のスピードに植生帯の移動がとても追いつきそうにありません」という。

 何億、何万、何千年という長い歳月をかけてつくり上げられてきた地球環境の絶妙なバランスが、わずか100年から200年ほどの人間活動の影響で崩れようとしている。最初にふれたように、最大の問題は気候変動のスピードである。
 1万年前に現在より気温が5℃低かった最終氷期が終わり、約1000年かかって現在の地球の気温にまで上昇し、以後9000年は安定した気候が続いていた。ところが、産業革命以後の近代工業社会に入って、この気候の安定性が崩れ、平均気温の急速な上昇が始まった。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の予測によると、19世紀末以降100年の間に、地球の平均気温は0.3〜0.6℃上昇しており、このまま地球の温暖化が進むと2100年には現在より2℃上昇する、とのことである。これは、過去1万年に見られた気温の上昇速度と比較すると、いささか異常な速さであり、自然に起こる変化のみに起因する現象とは考えにくい。つまり、この急激な気温の上昇には、近代以降の人間活動が引き金となっているのであり、このスピードをコントロールするには、人間自身がその原因をつきとめ、これ以上深刻な事態を引き起こさないための対策を講じる以外にないのである。

 絶滅した生物や破壊された生態系の回復は不可能である。必要なデータがなければ、予防のための包括的な対策を実施することもできない。
 わが国においてもそのためには、気候変動と日本の生態系に関する、大規模で、長期的な調査研究が展開されなければならない。数百億という桁の予算を計上してでも総合的調査研究を実施し、正確なデータと科学的な知見を得ることによってのみ、わが国の環境安全保障を確実なものとすることができる。同時に、それは次の世代に対しての責務でもある。
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