| 高橋勇夫+東健作[著] 2,000円+税 四六判並製 304頁 2016年3月刊行 ISBN978-4-8067-1510-8 ロングセラー『ここまでわかったアユの本』、10年ぶりの改訂版。 この10年の間で、長良川の天然遡上アユが準絶滅危惧種に指定され、かつて「死の川」と呼ばれた多摩川で、天然アユが増加している。 また、奈半利川では科学的なデータを積み重ねて、天然アユを増やす取り組みが成功した。 全国の川に潜り続けている著者が目の当たりにした、急激に変化する河川の現状と、その中でたくましく生きるアユ。 天然アユを増やすため、豊かな川を取り戻すために何ができるか、その答えを見出すヒントがこの本に。 |
高橋 勇夫(たかはし・いさお)
1957年高知県生まれ。長崎大学水産学部海洋生産系卒業。農学博士。
1981 年から(株)西日本科学技術研究所で水生生物の調査とアユの生態研究に従事。
2003年同社を退社し、「たかはし河川生物調査事務所」を設立。同時に天然アユの資源保全活動を開始。
ノルマは年間100日の潜水観察。趣味は釣りと野菜づくりとマラソン。
主な著作
『ここまでわかったアユの本』(共著、2006年)、『天然アユが育つ川』(2009年)、『アユを育てる川仕事』(共編著、2010年、以上、築地書館)、
『変容するコモンズ』(共著、ナカニシヤ出版、2012年)。ホームページ:http://hito-ayu.net/index.html
東 健作(あずま・けんさく)
1959年大阪府生まれ。高知大学農学部栽培漁業学科卒業。農学博士。
1984年から(株)西日本科学技術研究所で河川・ダム・海での生物調査やアユの初期生活史研究などに従事。
1992 年旧中村市(現四万十市)の同社四万十研究室に転属し、四万十川や足摺周辺海域などで大学等との共同調査にも携わっている。
趣味はアユ釣り、読書など。
はじめに
アユの一生
アユがわかる用語解説
第1章 アユの四季
夏
1 アユにとって「なわばり」とは何か?
2 なわばりアユと群れアユの戦い?
3 カワウにおびえるアユ
4 アユも避暑をする――土用隠れ
5 アユのストレスと冷水病
6 アユと釣り人が水をきれいにする――川の掃除屋
秋
1 まだ謎の多いアユの降下行動
2 産卵場はどこにできるのか?
3 知っておきたい落ち鮎漁の話
4 卵を食べるアユ
5 6ミリの生き残り戦略――海に下るアユ
冬
1 アユは海のどこにいるのか?
2 どうやって浅所へ移動するのか?
3 稚魚の群れ
4 海で何を食べているのか?
5 波打ち際でのアユの生活
6 海での分布と広がり――川を離れた仔アユの行方
7 海での生き残りと遡上量
8 和歌山の漁師さんとの出会い
9 河口域での最近の研究から
10 わずか1年の寿命なのに、ふ化期間はなぜ長い?
春
1 どうやって上るべき川を見つけるのか?
2 生まれた川に帰る?
3 変態するアユ
4 遡上にまつわる誤解
5 遡上を急ぐアユと急がないアユ
6 なぜ川を上るのか?
7 どこまで上るのか?
第2章 変化する川とアユ
1 危機に瀕する、日本の川の生態系
2 川の濁りがひどくなった
3 伏流する水が少なくなった
4 漁場を診断する
5 大量に存在する「上れない魚道」
6 海にたどり着けない仔アユたち
7 魚に配慮することの難しさ
8 ダム湖でたくましく生きるアユ
9 ダムのある川
第3章 アユの放流と漁協
1 放流種苗の種類と特性を知る
2 放流された湖産アユの運命
3 ベストなアユの密度とは?
4 種苗放流の功罪
5 放流だけではアユは増えない
6 放流の意味を考える
7 天然アユは誰のもの?
8 変わる漁協、変われない漁協
9 漁協の新しい役割
第4章 天然アユを増やすには?
1 アユの経済価値
2 天然アユが減った川、増えた川
3 「川が荒廃するとアユがいなくなる」の誤解
4 天然アユとダム
5 アユにとって大切な産卵場
6 アユを捕りながら増やす方法
7 産卵場を造ることの難しさ
8 産卵場づくりの落とし穴
9 海にいるアユを守るために
10 天然アユは流域の共有財産
コラム1 赤石川のまぼろしのアユ「金アユ」
コラム2 誕生日を調べる(耳石の話)
コラム3 潜水観察秘話
コラム4 差しもどしアユ
コラム5 川の味を評価する利き鮎会
コラム6 変な付着物の正体は?
コラム7 昭和30年代の川の姿
コラム8 市民参加型の魚道改良
おわりに
専門用語解説
参考文献
索引
拙著『ここまでわかった アユの本』が出版されて、順調に版を重ねて10年が経過しました。
さまざまなご意見やご感想をいただいたことに、心からお礼申し上げます。
今、改めて読み返してみると、10年前は「確からしい」と思っていたことがその後の調査や研究から、
「あまり確かではなかったようだ」に変わったことがあります(すみません)。一方で、アユに関わる多くの研究者の努力で、
アユの生態に関する新しい知見がたくさん積み上げられてきましたし、体系的にも整理されてきました。
私の方でも、この10年ほどの間に延べ1000日以上、北海道から九州まで、いろいろな川に潜ってアユを観察しました。
北海道のアユは、見た目も本土のアユとはかなり異なるところがあり、これまで自分が抱いていたアユのイメージが変わってきました。
アユに地域差があるというのは、頭では何となくわかっていても、実際に自分の目で見なければやはりわからないものです。
北陸の九頭竜川はいつ行ってもアユで溢れていました。地元の方が「少ない」と言われる年でも、中下流域に潜ってみるとアユだらけです。
全国的に天然アユが減っている中で、信じがたいような光景でした。でもアユが多い割には釣れないようです。なぜなのか?
この理由もこの10年間で分かってきたことの一つです。
北陸の河川が好調な一方で、西日本の多くの河川は不漁に悩まされています。特に中国地方と九州地方の落ち込みには厳しいものがあります。
根底には天然遡上が減ったことがあるのですが、それに加えて放流の効果が2000年頃から明らかに低下してきたことが追い打ちをかけています。
私の方にも調査の依頼が多くなり、各地の河川で原因を調べてきました。川によって違いはあるのですが、やはり河川環境の悪化が大きな要因で、
様々な形でアユが棲みにくくなっています。10年前にはほとんどなかったようなことが頻繁に観察されるようになりました。
このことについては本書で詳細に解説しています。急激に変化している河川の現状と、それに振り回されつつも、
時にはたくましく生きているアユの姿をお伝えします。
この10年の間には、私にとって、とてもショッキングなことがいくつかありました。2つほど紹介しましょう。
一つは、日本の河川環境の安全レベルを「危機的な状態」と厳しく評価したアジア開発銀行の報告書です。
水の安全度に関わるこの評価によると、日本の河川環境は中国やベトナムと同レベル(5点満点で2点)で、
河川生態系の保全ができていないことが低評価の理由となっています。確かにそう評価されても仕方がないと思える現実を日本各地で見てきました。
これほどにも簡単に生き物の命が奪われてしまうのかという悲しい現実です。生き物たちに申し訳ないのは、そのことを関係者も住民も知らないというか、
ほとんど関心がないことです。この問題は本書が伝えなければならないことの一つです。
二つめは、長良川の天然遡上アユが準絶滅危惧種に指定されたことです。人とアユとの関係がとても深い長良川でさえ、
こんな状態になってしまったのです。このことについても本書の中で考えてみました。
アユとは切っても切れない漁協をとりまく状況も、大きく変化しました。10年前には危機感を抱きながらも変革の息吹を感じていたのですが、
10年経った今、変化できないままに高齢化は進み、「限界集落」化しつつあります。漁協の主業務であったアユの放流は、
その効果が著しく低下したこともあって、運営が厳しくなり、あきらめムードさえ漂い始めています。今後、誰が漁場やアユ資源の管理を担うのか、
真剣に考えなければならない時が迫っています。
暗い話が続いてしまいましたが、本書で紹介したいのはそんなことばかりではありません。明るい話もたくさん登場します。
その一つが多摩川で起きた爆発的な天然アユの増加です。かつて「死の川」と呼ばれた都市河川での出来事だけにインパクト十分です。
アユが増えたのは、多摩川だけではありません。手前味噌になりますが、高知県の奈半利川では科学的なデータを積み上げることで、
天然アユを増やすことに成功しました。ここで得られた知見と技術は、他の河川でも役に立つはずです。
都市河川を中心に、市民レベルでアユを増やす活動もますます盛んになっています。そこでは多くの若い人たちが参加して、
これまでとはまったく違う発想や手法で川やアユに関わろうとしています。その中からは「地域づくり」という視点での成功例も出てきました。
さらに、アユの社会的な価値の評価(見直し)もこの10年間で進んだ事柄の一つです。ちょっと驚くほどの高い評価なのです。
でも、私たちはなかなかそのことを実感できません。なぜでしょう?その理由にも少しふれています。
左の写真(※本書参照)を見てください。最近撮ったアユの写真です。このアユ、怒っているように見えませんか? 気のせいではありません。
本当に怒っているのです。何に対してか? もちろんあまりにも身勝手な人間のふるまいに対してです。
私が気がついたのはアユだけですが、他の生き物たちもきっと怒っています。
本書を読んでいただければ、アユがなぜ怒っているのかご理解いただけるはずです。そのうえで、どうしたら良いのか?
その答えを見出すヒントはたぶん本書の中にあります。あとは皆さんに考えていただき、行動していただくしかありません。
このように、思い返せば私にとっては激動とも言える10年でした。
川やアユを取り巻く情勢が大きく変化したことから、「アユの本」の修正の必要性を感じていたところ、思いがけず、
築地書館の土井二郎さんから改訂のお奨めをいただきました。「この際に」という思いもあって、大幅に改訂しました。
それに伴って本のタイトルも少し変わりました。
書き手としての力不足は相変わらずなのですが、人と、川やアユとの関係をより良いものにしたいという思いだけは強く持って執筆しました。
アユという身近な魚をもっと理解するために、本書が少しでもお役に立てば幸いです。
2016年2月高橋勇夫