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川と海流域圏の科学

宇野木早苗+山本民次+清野聡子[編]

3000円+税 A5判 304頁 2008年6月発行 ISBN978-4-8067-1370-8

川は海にどのような影響をあたえるのか──
自然形成、環境問題を総合的に記述した、
日本で初めての画期的な本

河川事業が海の地形、水質、底質、生物、漁獲などにあたえる影響など、
現在、科学的に解明されていることを可能なかぎり明らかにし、
海の保全を考慮した河川管理のあり方への指針を示す。

【目次】




第I部 総論

第1章 地球表面における水の循環…………宇野木早苗
  1.1 地球上の水の存在量と循環量
  1.2 大気―海洋―河川による淡水の南北輸送
  1.3 地球上の水問題と川

第2章 川が海の物理環境に与える影響…………宇野木早苗
  2.1 河川流と海洋波動の相互作用
  2.2 川と海の接触域における海水の循環と混合
  2.3 川と海の接触域における堆積環境
  2.4 河川水の海への流出
  2.5 河川水と海洋構造の季節変化
  2.6 エスチュアリー循環
  2.7 外海へ広がる河川水

第3章 川が沿岸の地形と底質に与える影響…………宇多高明
  3.1 はじめに
  3.2 相模川河口に見る河口地形の長期的変化
  3.3 河口砂州の短期的変化の機構
  3.4 まとめ

第4章 森林・集水域が海に与える影響…………佐々木克之
  4.1 森・川と漁場
  4.2 森と川の関係
  4.3 集水域と海の関係
  4.4 森と海の関係
  4.5 森・川・海のシステムの理解と維持

第5章 川が海の水質と生態系に与える影響…………山本民次
  5.1 川が海の水質と生態系に与える直接的影響
  5.2 川が海の水質と生態系に与える間接的影響
  5.3 エスチュアリーにおける生物生産
  5.4 洪水が海の水質と生態系に与える影響

第6章 川が海の生きものと漁業に与える影響…………佐々木克之
  6.1 栄養供給
  6.2 河口・汽水域生態系
  6.3 土砂供給
  6.4 海と川を行き来する魚類
  6.5 河川環境の変化が海の生きものと漁業に与える影響

第II部 河川改変が海に与える影響

第7章 河川改変が海の物理環境に与える影響…………宇野木早苗
  7.1 河川改変による海域の物理環境の変化
  7.2 諫早長大河口堰の影響

第8章 河川改変が沿岸の地形と底質に与える影響…………宇多高明
  8.1 まえがき
  8.2 遠州灘海岸の汀線変化
  8.3 天竜川河口部の地形変化と天竜川水系の主要ダム堆砂量および砂利採取量
  8.4 浜松五島海岸と中田島海岸の地形変化
  8.5 海岸への供給土砂量の減少がもたらす底質の変化
  8.6 まとめ

第9章 河川改変が海の水質と生態系に与える影響…………山本民次
  9.1 さまざまな河川改変
  9.2 ダム湖内で起こること
  9.3 海の水質と生態系に与える影響

第10章 河川改変が海の生きものと漁業に与える影響…………佐々木克之
  10.1 ダムによる水質悪化
  10.2 河口堰による水底質悪化と漁業被害
  10.3 ダムと川砂採取による土砂供給の減少
  10.4 ダムなどの河川改変が川と海を行き来する魚類に与える影響
  10.5 今後の方向

第III部 各海域における川と海の関係、現状と課題

第11章 東京湾とその流入河川…………佐々木克之・風間真理
  11.1 東京湾に流入する河川
  11.2 東京湾における負荷量
  11.3 東京湾の水質の推移
  11.4 東京湾における生物と漁業の推移
  11.5 東京湾再生の取り組み――東京湾再生推進会議
  11.6 考察――流入河川の負荷と東京湾環境の関係

第12章 伊勢湾・三河湾とその流入河川…………宇野木早苗
  12.1 地形、流入河川、および伊勢湾と三河湾の関係
  12.2 伊勢湾の海洋環境に及ぼす河川の影響
  12.3 三河湾の海洋環境に及ぼす河川の影響

第13章 大阪湾とその流入河川…………藤原建紀
  13.1 はじめに
  13.2 河がつくった内湾
  13.3 内湾のエスチュアリー循環流と河川水の広がり
  13.4 秋から冬の河川水の広がり
  13.5 河川プルームの広がり
  13.6 西宮沖環流のエネルギー
  13.7 河川流量と貧酸素化
  13.8 河川流量の短期的および長期的変動と海況変動

第14章 広島湾とその流入河川…………山本民次
  14.1 広島湾に注ぐ流入河川
  14.2 淡水流入と広島湾の海水交換
  14.3 河川負荷とカキ養殖
  14.4 生態系代謝量の長期変化
  14.5 環境収容力――一次生産をコントロールしてカキ生産量を維持

第15章 有明海・八代海とその流入河川…………佐々木克之
  15.1 筑後川
  15.2 緑川
  15.3 本明川
  15.4 球磨川
  15.5 おわりに

第16章 相模灘とその流入河川…………岩田静夫
  16.1 相模湾の特徴
  16.2 相模湾の表層水の特徴
  16.3 相模川・酒匂川からの取水
  16.4 下水処理水の放流量と汚濁負荷量
  16.5 河川水・下水処理水と海洋環境・生物相の変化とのかかわり
  16.6 海岸侵食
  16.7 今後の課題

第17章 東シナ海・黄海とその流入河川…………磯辺篤彦
  17.1 東シナ海・黄海と長江
  17.2 海洋観測から求めた長江河川水の行方
  17.3 コンピュータによる長江河川水のシミュレーション
  17.4 長江は海にどう影響するか

第18章 日本海とその流入河川…………藤原建紀
  18.1 対馬暖流と中国大陸の河川水
  18.2 日本海側の河川
  18.3 河川水の広がり
  18.4 河川水が沿岸海域の水質に及ぼす影響

第19章 オホーツク海とその流入河川…………青田昌秋
  19.1 はじめに
  19.2 オホーツク海が海氷の南限である謎
  19.3 海氷の生みの親・アムール川
  19.4 オホーツク海対北極海
  19.5 海を育てる森
  19.6 氷海における栄養塩のリサイクル
  19.7 海氷はプランクトンの棲み家、運び屋
  19.8 おわりに――地球村の鎮守の森

第20章 地中海とその流入河川…………小松輝久
  20.1 地中海に流入する河川
  20.2 ナイル川
  20.3 ポー川
  20.4 ローヌ川
  20.5 まとめ

第21章 マングローブ林と河川と海…………松田義弘
  21.1 熱帯・亜熱帯の河口域
  21.2 マングローブ環境の概要
  21.3 河川を仲立ちとした遠隔作用による海岸侵食
  21.4 隣接水域の相互依存性
  21.5 干潟環境の維持と有効利用のための課題

第IV部 海と河川管理

第22章 海域を考慮した河川の管理…………山本民次・清野聡子
  22.1 はじめに
  22.2 日本社会における「海のための水」
  22.3 環境用水としての「海のための水」
  22.4 海域生態系の保全を意識したダムの運営と管理
  22.5 まとめ

用語解説
索引


 川が注ぐ海はそうではない海に比べて、水の色、水質、流れや海洋構造が異なるだけでなく、生物の種類と数が多く、漁業もさかんである。なぜなら、川は水と砂と栄養を海に運び、海岸と生態系を涵養するからだ。川がつくり出す干潟や浅瀬は、海の生きものの産卵や稚魚の育成場所となり、またアサリなどの有用な水産資源の宝庫である。このように豊かな沿岸の海をつくり出した川は、やがて沿岸を離れた外海にも少なからず影響を及ぼすようになる。このように、川は海の環境形成と海洋生産にとってきわめて重要な存在であり、限りない自然の恵みを生み出す源泉となるものである。

 したがって川の上流、中流、下流を問わず、ダムや河口堰の建設、河川改修、河床からの採砂など、各種の河川事業によって水や砂の流れが分断されたり、止められたとき、海の環境が悪化し、生物が減少し、漁業が衰退する。そこで漁民はダム当局に抗議を行なうが、海を遠く離れた上流のダムが海に影響を与えるはずがない、あるというのであればその証拠を示せといって、当局に一蹴されてきた。だが漁民自身がデータを集めて、明らかな証拠を示すのはきわめて困難なことである。

 このようなことが行なわれるのは、川と海の関係についてのわれわれの理解がはなはだ乏しく、被害発生の実態と機構を把握できていないためである。そうなったのにはいろいろな理由が存在する。基本的には、川と海が行政的にもまた学問的にも別々に扱われてきたためである。現在は国土交通省ひとつになったが、川は建設省、海は運輸省とわかれていて、さらに水産庁も加わって、統一された管理と調査がなされてこなかった。また自然科学や工学の学問分野においても、一部を除けば、川と海が独立して研究されることが多く、相互理解と交流が少なかった。そのために研究は遅れ、海域における地形、水質、底質、生物、さらに漁獲などの変化に対して河川事業が与える影響を、活発な沿岸開発が与える影響と分離して明らかにすることが困難であった。

 さらに川が海に与える影響は、川の中の現象と比べて、一般に時間的にも空間的にもスケールが大きく、広域的かつ長期的な観測と調査が必要であり、データ取得は容易でない。この結果、影響が海に現われるには時間を要するので、影響が現われたころには時すでに遅く、手遅れの状態になっていることが少なくないのである。この付近の実情は、編者の一人宇野木の著書『河川事業は海をどう変えたか』に述べてある。

 しかし最近ではこのような実態を憂慮して、川と海を含む流域圏全体を総合的にとらえて理解し、管理しなければならないという気運が高まってきた。すなわち地球表面における水の動きと働きを、川と海を水系一体として考えようとするものである。そのためには、川と海との関係について現在われわれが科学的にどの程度理解しているかを明確にしておく必要がある。これによって、欠けているものがわかり、今後研究すべき方向も定まり、さらに海の保全を考慮した川の管理はどうあるべきかということも見えてくるはずである。

 本書は、このような期待に多少とも応えることを望んで科学の視点から編まれたものである。第I部は総論として、川が海の地形、物理環境、水質、生物、漁業などに与える影響を概観する。第II部においては、海の環境が河川の改変事業によってどのように変化するかを考察する。そして第III部においては、いくつかの海域を選び、川と海の関係が具体的にどのような状況にあるかを調べる。それらの海域の選択にあたっては、データが比較的そろっていて地域の特徴が理解しやすいことを考慮した。

 すなわち、社会的に人の活動と関係が深い内湾の中から、東京湾、伊勢湾・三河湾、大阪湾、広島湾、有明海・八代海の5つの海域を選んだ。また外海に面する沿岸の代表としては相模灘を、日本周辺の海からは東シナ海・黄海、日本海、オホーツク海の縁海を取り上げた。最後の三縁海の例から、川の影響は陸近くの沿岸だけではなく、陸から遠い外海にまで及んでいることを理解していただきたいと思っている。そしてこれら海域と多少事情を異にするものとして、少雨乾燥地帯の地中海と、熱帯・亜熱帯のマングローブ水域を対象に取り上げた。最後に第「部においては、以上に述べた川と海の関係を把握して、海への影響を考慮した河川管理はどうあるべきかについて考察する。

 このような目標をもって編集を行ない、これまでに欠けていたこの種の本が初めて世に出ることになった。本書が、この分野に関心のある人たちに新しい視点を与えるとともに、研究の発展に多少とも貢献し、また海を考慮した河川管理のあり方を考えるいとぐちになれば真に幸いであると思う。ただし、すでに述べたようにこの問題に関する従来の研究の乏しさのために、不足したところも少なくなく、不備な部分も見受けられる。また各章の記述内容も必ずしも統一されたものでなかった。これも利用できる情報の質と量に依存するものであって、われわれが置かれた状況を反映するものと考えられる。今後の研究の発展を待ちたい。

 最後に、これまで取り扱われることが乏しかった厄介な話題について、快く原稿の執筆を引き受けてくださり、編集者の面倒な注文にもよく応えて充実した原稿を書いていただいた各著者に深く感謝するしだいである。また図表の掲載については、各担当著者を通じて許可を得ているが、ご了解をいただいた方々に厚くお礼を申し上げる。さらに、編集作業に熱心に協力をしていただき、無事この本を生み出してくださった築地書館の橋本ひとみさんにも感謝しなければならない。

宇野木早苗・山本民次・清野聡子