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犬の行動と心理

【内容紹介】本書「まえがき」より


 これは、およそ43年の間に、私の身辺にいた60余頭の犬たちの残していった生命の記録である。私はただ彼らと生活をともにしながら、その行動を忠実に観察しつづけただけで、主役はあくまで、彼ら犬たちなのである。
 私は彼らに日常の作法以上のことを、特に仕付けることをしなかった。できるだけ自然の習性を保ち、本能のまま喜怒を表現するに任せた。そして、子犬も同様に、その成長を見守りながら、私たちとの共同生活に順応することを、みずから悟らせるにまかせた。
 彼らは夫婦、親子、兄弟姉妹それぞれの位置において、ほしいままに愛し、また争い、生命の自然の様相を私の眼前に惜しみなく、くりひろげたのである。
 私と犬たちとの間には、特に実験と名づけるような試みは何もなく、すべてが、自由な平生のいとなみのなかから生まれ出たのである。

 私が手がけたのは、主にシェパードの二家系である。この犬種の敏捷さと聡明さが私を引きつけたのである。しかし、一つの家系においては、思いきった近親繁殖をやり、その成果と同時に、弊害も避けることができなかった。すなわち、美貌、聡明、忠実等の顕著な純化に対し、一方には神経過敏と虚弱体質が現われたのである。そのために受けた私の歓喜と苦悩は大きかった。当時を想起するとき、私は今も胸を締めつけられるのである。

 犬たちとの生活では、私の書斎は犬舎であり、庭は運動場であった。そして、散歩もだいたい家の付近(東京都目黒区自由が丘)で、私が車を利用する時だけ都心へ連れて出かけることがあった。したがって、彼らの観察は、おもにこの地域でなされたのである。ただ、私は、犬のほかにも、多数の犬科動物(狼、ジャッカル、狐、狸など)を飼っていたので、庭は周囲に金網をめぐらしてかなりの広さをとってあった。
 ただし、戦時中は、疎開地まで、二頭の犬を連れていったので、この偶然のことから、かえって、思いもうけぬ情況に遭遇する機会を恵まれた。

 ところで、私はこのようにして私の犬たちから学んだ事柄を、古来伝えられてきた、さまざまな動物の心理の解釈と比較することも必要であった。というのは、それらを是正することによって確信を得られると同時に、犬たちがその生涯をもって描いた記録に、いっそうの光彩を添えられると思ったからである。
 また、一見、無稽の内外の挿話の類まで収集して、新たに科学の照明をあてることも辞さなかったのは、これらを併記して、向後の研究家のために、犬の心理学の集大成として見られる可能をも期したのである。
 体験プラス文献の記述方式は、そのような意図をもってなされたのである。そしてさらに、全体を興味をもって通読できるようにとの配慮もしたつもりである。

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