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種子散布1・2

【内容紹介】●本書「はじめに」より


 「赤い鳥、小鳥、なぜなぜ赤い。赤い実を食べた」と、子どもの頃に歌った人も多いだろう。この赤い鳥は何の鳥だろう。ベニマシコだろうか、それともヒレンジャクだろうか。赤い実は何だろう。ナンテンだろうか、ナナカマドだろうか。赤い実はこれだけではない。ガマズミ、モチノキ、センリョウ、マンリョウ、サンゴジュ、イイギリ……、野山で見かける木の実の圧倒的多数は赤である。自然界に紫や黄色の実でなく赤い実が多いのはなぜだろう。その前に、自然界にはそもそもなぜ果実(フルーツ)があるのだろう。
 モモやリンゴなど甘くて大きい果実は、人間が長い歴史の中で改良に改良を加えてきたものである。だがヒトのいなかった時代にも、モモの祖先やリンゴの祖先は実をつけていた。それらは現在の栽培種に比べ、小さくて、甘みも少なかっただろうが、果実にはちがいなかった。ヒトのいない時代に、果実は誰のために存在していたのだろう。
 この問いに対する進化生物学者の答えは「それはサルや鳥たちのためである」というものである。といっても植物がサルや鳥のために一方的に果実をつけてやらねばならない理由はない。植物にとって大切なのは次世代をつくる種子であって、それをとりまく果肉の部分ではない。ではなぜ植物は果肉に多量のエネルギーを投資するのだろう。そう、植物はそれなりの見返りを期待しているのだ。一言で言えば、果実は、動けない植物が鳥やケモノに種子を運んでもらうための報酬として進化させた道具なのである。
 さてはじめの問いに戻ろう。まだ初雪を見ない頃のナナカマドの葉は緑色で、そこに赤い果実がついている。木の葉の緑と補色関係にある赤は、私たち人間が見てもよく目立つ。植物は赤を目立たせて、鳥に「ここにおいしい果実があるよ」という信号を送っている。多くの鳥散布種子の果実が赤い色をしているのはこのためである。鳥は果実から栄養を得るかわりに種子を遠くに運んでやる。果実は鳥に見つかりやすいように、鳥は果実をよりうまく見つけ、消化できるように、お互いの形質を進化させる。異なる種どうしが、相手との関わりの中で形質を変化させていく関係を共進化という。生き物の世界は共進化関係で満ちている。
 欧米では多くの研究者がこのテーマに取り組み、熱帯へも出かけて、果実と動物の共進化に関する興味深い論文を次々に発表している。動物と植物の共進化というテーマは身近な自然史的話題であるにも関わらず、日本ではこの話題を扱う研究者はこれまであまり多くなかった。しかし近年、鳥学会や生態学会でシンポジウムや自由集会が開かれ、この問題に取り組む研究者が増えてきている。動物の側からもおもしろいテーマはあるし、植物の側からも同様である。まったく異なる分野から、別の方法論をもって参入してきても、実り多い分野であると思う。
 この本では植物と動物の14人の研究者が、動物と果実の共進化の問題について、さまざまな側面からアプローチした。ある程度、専門的な本ではあるが、卒業論文をひかえた学生や大学院生には研究のアイデアの宝庫だと思う。小・中・高校の理科の先生方には、この本を材料にして、教室で子どもたちに、動物と植物のびっくりするような不思議な共生の仕組みを語ってもらいたい。自然をより深く理解したいと願うすべてのナチュラリストの方々に読んでいただきたい。
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