| 奥田悠史[著] 2,000円+税 四六判並製 256頁予定 2025年12月刊行予定 ISBN978-4-8067-1699-0 放置された森を「デザイン」の思考でよみがえらせ、継続できる事業を生み出す。 森や土といった「自然資本」を生かしたビジネスと暮らしの実践本!! 荒れた森をただ守るのではなく、暮らしと結び直し、未来へ手渡すにはどうすればいいのか。 本書は、森林ディレクター・奥田悠史が「デザイン」の思考を用いて、森と人、経済と環境の関係を問い直す挑戦の記録です。 地域の木材を有効活用するために作った「信州経木Shiki」や家具のほか、端材を活用した文具、食のプロジェクトなど、放置された自然資源を新たな価値へと変える実践は、地域の課題を超えて経営やビジネスのヒントに満ちています。 また、宇宙飛行士・土井隆雄さんとは宇宙から見た地球の自然について、屋久島で診療所をひらく医師・杉下智彦先生とは医師の立場から見た自然観についてなど、視野の広がる興味深い対談も掲載。 自然資本を未来につなぎ、地域の風景とともに生きていくための具体的な視点と、持続可能な社会を形づくるための希望を提示する一冊です。 |
奥田 悠史(おくだ・ゆうじ)
1988年、三重県生まれ。
信州大学農学部森林科学科(現・農学生命科学科)で年輪を研究。
大学時代、バックパッカーでの世界一周旅行に出かける。旅を通じて世界中の悪意と優しさに触れた。
フィンランドでカメラを盗まれ、スペインではニセ警官にカードを盗まれる。悔しすぎてバルセルナの宿でまくらを濡らした。
その時に聞いた谷川俊太郎さんの詩「生きる」が心に刺さりすぎて、旅を続けた。
世界中で、いろんな人が"生きる"姿に触れるたびに、その姿を伝えることに興味を持つ。
大学卒業後、ライター・編集者、デザイナー、カメラマンを経て株式会社やまとわの立ち上げに参画。
やまとわでは、ディレクションやクリエイティブを担当。
まえがき
問い直していく時代の「Re」
プロローグ 日本の森は暗い? 世界と日本、それぞれの森林問題の現在
よく聞く「間伐材」って何?
人工林は、日本になぜ増えすぎたのか
持続可能な環境を、未来に残していくために
森と暮らしを編み直したいのはどうしてだろう
Relationship-関係性を問い直す
意図が糸になり、固結びへ
固結びをほどくには
1章 「Redesign」 森と暮らしを編み直す
森林ディレクターという仕事
世界から資源を移動するクリエイティブから、地域の資源を使うためのクリエイティブへ
自然の価値は誰のもの?
地域の資源を「使う」ためのクリエイティブ
「使う」ことが「ケア」になる関係へ
デザイン01 信州経木Shiki「信州経木Shiki」が紡ぐ、自然資本と伝統のリデザイン
伊那谷のアカマツから生まれた経木「信州経木Shiki」の背景
手探りで始まった、経木づくりの挑戦
転機となった出会いと、技術の確立
「経木」を現代に届けるための、名前の由来
作り手の想いを届けるための、ブランドという選択
デザイン02 pioneer plants 林業用ロープがつないだアカマツと暮らし
アカマツを生かす家具づくりの始まり
最大の課題であった「強度」と、ロープ機構という解決策
コンセプトに込めた「hygge」という想い
デザイン03 DONGURI FURNITURE 里山と暮らしを美しくする家具へ
放置された里山の資源を、現代の暮らしへ
なぜ、オフィス家具なのか
無垢材の家具であり、分解できる「未来を考えたデザイン」
困難を越えて、多様な木の価値を拓く
ヒントは森の中、もしくは世界のどこかに
地域の「変数」こそが、価値の源泉である
風土とアイデアが、文化を育む
新しい文化は、僕らがつくっていい
風土と生きるためのデザイン6ステップ
「世界のKitchen から」は「自分のKitchen」があるから
拡大ではなく、自分たちの物語を編む
コラム01 クスコや日本の古い街並みを美しいと思うのはどうしてだろう
自然の循環の美しさに学ぶ
森の循環から学ぶ
「廃棄のデザイン」に踏み込む
やまとわが夏は農業、冬は林業をしているのはなぜだろう
農林業チームという生業
合理が教えてくれる〈道理〉と〈経済〉の分岐点
8の字の循環から考える、物事のつながり
業と業の間の面白さを取り戻していく
分業が隠した「流れ」と「物語」
「どこから来て、どこへ行くのか」と問い続ける
物語を編み直す、二つのデザイン
経済にするためのデザイン
経済にしないためのデザイン
「経済にしないデザイン」の実践としてのコモンズ
デザイン04 YAMAZUTO Forest to Table という提案
森の恵みを「食」で届ける、YAMAZUTO
コンセプトは「森の時間を、テーブルへ」
自然の「ゆらぎ」を生かす、ものづくりの探求
対談 #01 宇宙飛行士/土井隆雄さん 宇宙から森をみる
500万年前を見ることで、500万年後が見えてくる
人工衛星は、金属から木へ
ホオノキは日本の文化を支えてきた樹木の一つ
火星に森をつくるという挑戦
宇宙から見つめ直す、日本の「木の文化」
森が、人類の宇宙展開の新たな起点になる
2章 「Rescale」地域と生きるための規模とモノサシ
規模としてのスケール
地域の風景と生きていくためのビジネスとスケール
地域資源をちょうどよく使うとは
森林産業の地域内連携のハブは「中くらいの製材業」
デザイン05 Shikibun(シキブン) 中くらいの連携が生み出す可能性
書く、という原点へ。経木から生まれた文具
コンセプトは「余白の時間」を贈ること
伊那の職人技が、不可能を可能にした
木と対話するような、特別な書き心地
デザイン06 紙木(しき)と花 アーティストの目を通すことで生まれる視点
捨てられるはずの木片に、新たな命を灯す
きっかけは、アーティストからの小さな提案
私たちが見ていなかった、端材の可能性
価値の連鎖は、これからも続いていく
林業先進国という言葉が隠すもの
フィンランドの林業と日本の林業
世界にも求められる人の営みと自然の営みの共存
SATOYAMA CONCEPT MAPs という森のデザイン
森にビジョンをつくる
森は見えている。だけど、森のことは見てはいない
コラム02 見立てを変える方法
売っているのは余白の時間が生まれる木のノート
対話的なアプローチと人口
公共建築のあり方が変わってきたのはなぜなのだろう
対話の国から学ぶこと
モノサシとしてのスケール
人間中心デザインは本当に人間中心だったのか
新しいモノサシへの変化は少しずつ、でも確実に
コラム03 ゆるめるためのバランス
農林業を面白がることから始まる社会の変化
対談 #02 医師/杉下智彦先生 「よく死ぬ」ことから、「よく生きる」を考える
現代社会における、自然との乖離とパンデミック
正しく恐れる中で、自然を切り離して考えるようになった
「ウェルビーイング」ではなく「ウェルダイイング」
「死んだように生きる」こともできる社会
過去からの贈与を受け取り、未来へと贈与を残す
3章 「Reconstruction」考え直す、再構成という希望
クリエイティビティを生み出す循環
個人の問いから始まるものづくり
あったかもしれない現在から考える
自然と向き合う時間軸を持つ
人間と自然の時間を合わせるディレクションという考え方
巡り巡って、こうなるという考え方
エピローグ 森と暮らしの関係性を築くための"里山コンセプト"
自然資本を編み直し、未来の里山へ
自然と社会の間に、立ってみる
あとがき
参考文献
はじめまして、森林ディレクターの奥田悠史と申します。三重県の森のそばで生まれ、今は長野県の森のそばで森と暮らしをつなぐデザインを目指して、さまざまな仕事をしています。
最初に、タイトルでもある「自然資本とデザイン」について触れておきたいと思います。
まず、この「自然資本」とはなんでしょうか? 形式的には「森林、土壌、水、大気、生物資源など、自然によって形成される資本」のことを指すとされています。
でも僕は、もう少し広い意味合いとして捉えています。つまり、ここで「資本」とされているものがつくり出している仕組みや風景だってきっと自然資本です。春先や気持ちのいい季節に吹く風の心地よさ、朝日が昇る瞬間や夕焼けといった情景も自然資本なのではないかと考えています。
資本について調べると、以下のようにでてきます。
@ もともとあるもの。生まれつきそなわっているもの。もと。
A もとで。もときん。もと。資金。比喩的に、活動などのもとになる大切なものの意にも用いる。
会社を立ち上げるにはお金という「資本」が必要なように、私たち人間が「生きる」という活動をする上で、なくてはならない元手。それこそが、自然そのものです。つまり自然資本とは、木材や水といった「資源」であるだけでなく、私たちの命や暮らしを支える、最も根源的な土台(資本)であるともいえます。そしてその自然資本は、美しい風景に心動かされる「喜び」や、森の中で深呼吸する「心地よさ」といった、心の豊かさをもたらしてくれる、かけがえのない大切なものでもあるのです。
一方で、これまで人類は自然資本を「資源」として位置づけて、自然からの対価不要の贈与として無自覚に受け取り、収奪してきました(自然からの贈与とは、本来は互恵、つまりお返しを伴うものでした)。その結果、気候変動や土壌劣化、生物多様性の喪失など、環境問題が世界中で起こっています。
こうした状況の中で研究者たちは、すでに「プラネタリー・バウンダリー(地球の環境許容量)」を超えつつあると注意喚起し、自然を使い捨てる経済の限界を訴えています。最高気温は毎年のように更新され、台風の大型化や降水量の増加によって引き起こされている日本各地のさまざまな被害を、読者の皆さんも目の当たりにしているのではないでしょうか。
世界のGDPの半分以上は自然の供給サービスに強く依存するといわれます。製造業はもちろん、金融やITでさえ、サプライチェーンの最下層には森や水を抱えているのです。
しかしこうした話を聞いても、結局どこか遠くのものに感じます。地球の限界に対して僕らは何をしたらいいのだろう、と考え始めると「わからん」という結論になってしまいがちです。僕自身も学生時代、「自然がやばいから何かしたいぞ!」と思っていましたが、「何をどうすればいいかわからない……」と絶望的な気持ちになりました。
この自分と遠く感じる「わからん問題」に対して何をしていくのか。それがこの本でお伝えしたいテーマでもあります。社会がインターネットやメディアによってつながり、世界の状況も把握できるからこそ、自分の小さなアクションをどのように評価していけばよいのかわからなくなってしまいました。
ですが実際は、目の前の現実に取り組み、地域の自然資本と共存するビジネスをつくり出していくことが重要だったのです。さらに大切だったのは、それを自分自身も面白がって実践できることでした。そうでないと疲れてしまったり、燃え尽きたりしてしまいます。
地域のことを面白がり、可能性を探っていく。それをビジネスにしたり、もしくはビジネスにしないためにデザインや編集という技術を使っていくこと。これが僕の考える「わからん問題」への対処法でした。
この本では、僕が森林ディレクターとして仕事をしている中で考えてきた、「自然をケアしながら経済や暮らしをつくる」ためには、どんな視点でモノゴトを見ていく必要があるのかをまとめています。現在は「自然(回復や再生)<ビジネス(収穫や採掘)」という関係性になってしまっています。そこから一歩進んで、お互いが「ケア」しながら働くような関係になるにはどうすればよいのか。「自然資本」との関係性を問い直し、ビジネスと暮らしを「デザイン」する方法をお伝えすることを目指しました。
地方で自然との共存を目指している人にも、都市に暮らしながら自然に根っこを伸ばしたい人にも読んでもらいたいと思っています。
ところで、僕が最初に名乗った「森林ディレクター」とは、耳馴染みのない肩書きだと思います。それもそのはずで、今のところ僕しか名乗っていない肩書きです。僕は今、「森をつくる暮らしをつくる」という企業理念で立ち上げた「やまとわ」という会社をやっています。夏は農業、冬は林業という一次産業を基盤に、家具や木製品をつくったり、森や自然に関わる企画を考えたりする会社です。
僕の経歴を簡単に紹介すると、大学で森林科学を学んだ後、ライター・編集者の道に進みました。先にも書きましたが、自然のために何をしたらいいかわからなかったので、伝える側を目指したのです。そして、全国各地を取材する中で、日本の風景の美しさやそこで懸命に生きる人の姿に何度も心打たれました。「風景の担い手の人たちについて伝える」ことをライターとしてではなく伴走する形で一緒にやりたいと思い、僕はデザインの道へと向かいます。
そのタイミングで出会ったのが、やまとわを共に立ち上げることになった家具職人の中村博さんです。中村さんは、手入れがされない森の現実に対してのアクションとして地域の木で家具をつくる、ということを続けていました。「つくる」を仕事にしてきた中村さんと、「伝える」を仕事にしてきた僕が、それぞれを補い合う形で生まれたのが「やまとわ」です。
問い直していく時代の「Re」
本書は、前半では「Redesign(リデザイン)」という視点から自然資本と社会の関係について紐解いていきます。そして後半では、「Rescale(リスケール)」という視点で、地域にとってちょうどいい規模とはなんなのか。そしてその規模を獲得していくためにはどんなモノサシを持ち直す必要があるのか、について考えていきます。
このさまざまなことを問い直すための「Re」の前提は、どちらかではなく、どちらも大事にするにはどうしたらいいんだろう、という態度です。たとえば、シーソーの真ん中に立って片側が「ビジネス」、もう片側を「環境保全」だとしたら、どちらかに振り切るほうがシンプルですし、自分の主義・主張も一貫してわかりやすくなります。ですが環境も経済もどちらも大事にしようと思ったら、足元がグラグラの状態でバランスをとっていくしかありません。そのバランスについて考えるための道具が、問い直すための「Re」です。地域の森林や自然と共存していくには、そこに挑戦せずには前に進めないのだと思います。
1章から、「デザイン」という言葉がたくさん出てきます。デザインという言葉の受け取り方は人によってさまざまですので、まずはじめに「デザイン」を僕がどのように捉えているかについて説明しておきたいと思います。
パッケージやポスターのような色や形のデザイン、建築設計における意匠としてのデザインなど社会にはさまざまなデザインがありますが、この本で僕が語るデザインとは、「目的に沿ってもの・こと・仕組み・意味を構想し、形づくり、検証しながら実装する、一連の意図的な行為や行動」です。目指したい方向、未来に行くために積み上げる行動、みたいなイメージです。特定の行為を指すのではなく、プロダクトをつくることやビジネスモデルを考えること、コミュニティや場のあり方を考えることなど、さまざまな行為がこのデザインという言葉に含まれています。
抽象的でわかりづらいかもしれません。ですが複合的・複層的に物事を考えなければ、現代の森や自然に関わることをビジネスや文化として位置づけていくことは難しいのです。それはたとえば目的が「地域の森林産業を盛り上げる」ということだったとして、どのような打ち手を講じていく必要があるでしょうか。ポスターやプロモーションビデオをつくるといったプロモーション視点やオウンドメディア作成、YouTube をはじめとするSNSの活用といったPR(パブリックリレーション)、地域の森林を活用したイベント企画、遠くに価値を届けるような商品開発、担い手育成のためのスクール企画。さまざまなアイデアが出てくると思います。
ですが、この中のどれか一つを打ち手と選択してもよい結果は得られないと考えています。なぜなら、その地域の森林産業そのものがどうやったら強くなるのか、それをどのように伝えていく必要があるのかなどを考えなければ、本当の意味で解決にならないからです。また、それは複合的で時間軸も長くなるため、短期思考ではなかなかうまくいきません。だからこそ、どんな未来だったらいいんだろう?を見つめていくつもの手を打つという「デザイン」が必要になります。




