崎尾 均（さきお・ひとし）

1955年大阪府生まれ。1982年静岡大学大学院理学研究科修士課程修了。博士（理学）。
現在は、新潟大学佐渡自然共生科学センターフェロー、新潟大学名誉教授、
Botanical Academy 代表。

専門は森林生態学、樹木学で、特に水辺の樹木の生活史や保全・再生について研究している。
研究フィールドは富士山、秩父、佐渡島、只見、屋久島など。
森林や植物に関するセミナーや講義、自然ガイドやサイエンスカフェなども行っている。

著書に『水辺林の生態学（共編著）』『水辺の樹木誌』東京大学出版会、『樹に咲く花（分担執筆）』山と溪谷社、
『ニセアカシアの生態学（編著）』文一総合出版、
『水辺林の保全と再生に向けて（共編著）』『水辺林管理の手引き（共編著）』『日本樹木誌１、２（共編著）』日本林業調査会、
『Ecology of Riparian Forests in Japan（共編著）』『Long-Term Ecosystem Changes in Riparian Forests（編著）』Springer などがある。

環境水俣賞、尾瀬賞、日本生態学会大島賞、日本森林学会賞受賞。
NHK ダーウィンが来た！ 『屋久島 伝説の超巨大杉』、NHK ラジオ『石丸謙二郎の山カフェ』などにも出演。
ホームページ：https://riparian-forest.jimdofree.com

はじめに

第1章　失われる水辺林
1　水辺がもたらす恵みと災い
2　減少する水辺環境
3　戦後の水質汚染
4　河川と陸域との分断

第2章　水辺林とは何か？
1　河川流程における位置から定義する
2　地形・生態学的影響・樹木の種類で考える
3　多様な攪乱が発生する水辺域
4　攪乱がつくる多様な土壌・水分・光環境
5　水辺林が育む生き物たち
6　ヒトも恩恵を受けている

第3章　水辺の樹木の多様な生き方
1　樹木の生活史とは？
2　花を咲かせる
3　花粉を運ぶ（風媒・虫媒）
4　種子の生産（豊凶）
5　種子を散布する
6　眠る種子（埋土（まいど）種子）
7　発芽する（発芽場所）
8　実生の成長（光環境）
9　水との格闘（耐水性）
10　樹木の寿命（長寿命と短寿命）
11　萌芽発生
12　栄養繁殖（枝で繁殖）

第4章　代表的な水辺林とそこに生きる樹木
1　渓畔林
シオジ／コラム─シオジとの出合い／サワグルミ／トチノキ／カツラ／
コラム─カツラとの出合い／ケヤマハンノキ／オヒョウ／フサザクラ／
ケヤキ／スギ／コラム─スギとの出合い／ヤクシマサルスベリ
2　山地河畔林
ハルニレ／ケショウヤナギ／ユビソヤナギ／コラム─ユビソヤナギとの出合い
3　河畔林
エノキ・ムクノキ／ヤナギ類
4　湿地林
ハンノキ／ヤチダモ／ヌマスギ／コラム─ヌマスギとの出合い
5　低木
サツキ／コラム─サツキとの出合い

第5章　なぜ樹木は水辺で共存できるのか？
1　光・土壌・水分環境の違い
2　多様な自然遷移
3　マクロからミクロへ
4　時間とともに入れ替わる個体・樹種

第6章　大規模攪乱後の水辺林の更新状況を調べてみたら
1　大規模土石流
2　洪水
3　ハリケーン

第7章　水辺林への侵入者ハリエンジュ
1　ハリエンジュとは
2　世界的には有益な樹木でもある
3　問題化するハリエンジュ─景観・生物多様性・河川管理
4　ハリエンジュの驚くべき生活史
種子発芽／種子散布／実生の成長／栄養繁殖／
コラム─ハリエンジュ（ニセアカシア）との出合い
5　分布を拡大させた日本の河川管理
6　ハリエンジュとの攻防戦
上流域での樹種転換／巻枯らしによるハリエンジュの除去／
刈り取りによるハリエンジュの除去

第8章　どのように水辺林を再生し復元するか
1　「原生流域」をモデルにする
2　水辺林が二次林の場合
3　水辺域まで人工林が造成されている場合
4　水辺域が無立木地の場合
5　学術研究・文献を参照する
6　二次林の高樹齢化を見守る
7　適切な樹種を植栽する
8　植栽のポイント
9　再生を促す間伐のコツ
10　再生修復後のモニタリングは欠かせない
11　水辺林の自律性を取り戻すには
流域全体をつなげる／陸域と水域を連続させる／河川の自然攪乱を回復する

第9章　水辺林をまもる
1　水辺林の重要性
生態学的機能／生物多様性／生態的回廊
2　水辺林の危機
水辺林の破壊／外来樹種の侵入／ニホンジカによる植生破壊
3　水辺林保護の取り組み
渓畔林保護の取り組み／山地河畔林保護の取り組み／森里海の接続／水辺の環境教育
4　水辺林はなぜ必要か
水辺林をまもる理由／水辺林と防災／行政に期待すること

おわりに
参考図書
植物名索引
事項索引

　自然景観の中でも水辺は独特な雰囲気を醸（かも）し出す。河川、渓流はもとより、滝、湖、池、海岸など、観光地のポスターや絵葉書にも水辺の風景がよく使われている。それほど、水辺は人々の心を和ませるものなのだろう。

　一般に樹木や森林と言われて想像するのは、世界遺産である白神山地のブナ林、屋久島の屋久杉や白砂青松のクロマツ、高山をトレッキングする人々にとってはハイマツやシャクナゲ、春の花見のサクラ（ソメイヨシノ）、秋に紅葉するモミジであろう。街路樹や公園に植栽されている樹木や盆栽を思い浮かべる人もいるかもしれない。

しかし、水辺周辺にも多くの樹木が生活している。そこには我々がとうてい想像できないような不思議な生き方をする樹木が分布し、独特の生存戦略をとっている。水辺の樹木は、開花、送粉（花粉）、結実、種子散布、発芽、実生、稚樹、成木という生活史を回しながら、水辺環境に適応して生きている。生活史の実態は、樹木によってさまざまで、驚くような繁殖戦略を持っている樹木もみられる。

また、水辺の樹木は、河川や渓流の生態系において重要な役割を果たしているだけでなく、我々人間にも多くの生態系サービスを提供してくれている。本書では、これらの樹木の姿を写真を用いつつできるだけわかりやすく紹介したい。

　私はこれまで、水辺に生きる多様な樹木の生活史を明らかにしようと研究を行ってきた。その最初の樹木になったのが、今でもライフワークにしている「シオジ」である。そして、シオジと共存しているカツラやサワグルミの他に、スギ、ヤマハンノキ、ヤナギ類、サツキ、海外ではヌマスギ、外来樹種ハリエンジュなどを扱ってきた。それとともに、これらの基礎研究の成果をもとに、水辺林の管理に関して保全、再生、復元などの研究や行政へのアドバイスなどを行ってきた。

その研究成果は、学術論文として発表してきたが、多くの研究者と著書の執筆も行ってきた。樹木の生活史に関しては、『水辺林の生態学』 （崎尾・山本編、2002）、 『水辺の樹木誌』 （崎尾、2017） や 『ニセアカシアの生態学』 （崎尾編、2009）、水辺林の管理方法に関しては、渓畔林研究会のメンバーとの議論を重ねて 『水辺林の保全と再生に向けて』 （渓畔林研究会編、1997） や 『水辺林管理の手引き』 （渓畔林研究会編、2001） などを出版してきた。また、英語の本も書いた。

しかし、これらの書籍は、専門性が高く図表を多用した研究者や学生向けの本だったので、一般の方に読んでいただくにはかなりハードルが高かった。今回、これまで出版した書籍の内容をわかりやすく多くの方に理解していただけるように多くのカラー写真を口絵として掲載するとともに、内容も適宜書き改めた。

　それから、私がこれまで研究対象としてきた樹木とどのようにして出合い、何を学んだか、人とのつながりも含めてコラムとして取り上げた。私の研究人生を導いてくれたシオジ、カツラ、ハリエンジュ、ユビソヤナギ、スギ、ヌマスギ、サツキについて紹介したのでぜひ読んでいただきたい。

　また本書では、水辺の樹木の生き様を紹介するとともに、水辺林の重要性、水辺林が開発によって失われつつある現状やそれを保全する取り組みをどのように行っていけばよいのかなど、これまで研究仲間と議論してきた内容も紹介する。