| クレア・ベサント[著] 三木直子[訳] 2,400円+税 四六判上製 304頁 2024年11月刊行 ISBN:978-4-8067-1673-0 野生動物のまま人間と同居する――――猫ほど個体差が激しい動物はいない。 だからこそ、行動、しぐさからトイレ、食事まで、 いっしょに暮らす猫について、あなたが知っておくべきことは多い。 英国の慈善団体インターナショナル・キャットケアの 最高責任者を28年にわたって務めた著者が、 科学的かつ現実的なアプローチで、そのすべてを、1冊にギュッと凝縮。 |
クレア・ベサント(Claire Bessant)
クレア・ベサントは、獣医による猫の治療からペットとしての猫の理解、
さらには飼い主のいない野良猫の最適な世話の仕方に至るまで、
人間と猫の関わりのあらゆる側面において猫がより暮らしやすい世界をつくることを目指す慈善団体、
インターナショナル・キャットケアの最高責任者を28年にわたって務めた。
猫に関する著作も多く、これまでの著作に『The Nine Life Cat』『What Cats Want』『The Ultrafit Older Cat』
『Cat - the Complete Guide』『The Complete Book of the Cat』『Haynes Cat Manual』などがある。
三木直子(みき・なおこ)
東京生まれ。国際基督教大学教養学部語学科卒業。
外資系広告代理店のテレビコマーシャル・プロデューサーを経て、1997年に独立。
訳書に『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』(ダイヤモンド社)、
『CBD のすべて 健康とウェルビーイングのための医療大麻ガイド』(晶文社)、
『コケの自然誌』『錆と人間 ビール缶から戦艦まで』
『植物と叡智の守り人 ネイティブアメリカンの植物学者が語る科学・癒し・伝承』
『英国貴族、領地を野生に戻す 野生動物の復活と自然の大遷移』(以上、築地書館)、他多数。
はじめに
猫という種を尊重し、個々の猫を理解するために
すべての動物のなかで最も個体差が大きい
人間とは違う生き物の世界を理解する楽しみ
1 猫の「エッセンス」
猫はどのようにして人間の生活の一部になったのか?
イエネコに残る野生の特徴
猫はこの世界をどのように見ているのか?
視覚と聴覚/触覚/嗅覚と味覚/猫の動き
他の猫とのコミュニケーション
匂いの交換/ボディランゲージ
音を使ったコミュニケーション
(交尾の声と喧嘩の声/母猫と子猫の会話/成猫同士の声によるコミュニケーション
鳴き声による猫と人間のコミュニケーション/猫が発するその他の音)
2 人間と暮らす猫の行動に影響を与えるもの
猫と人間の共同生活
猫がペットになるまで
短い感受期──子猫の成長過程
感受期──生まれてから最初の2か月が大切
母猫の妊娠中のストレス
年齢──6つのライフステージ
去勢処置をするかどうか
猫の生育環境──家とその周辺
家の中と外の境目
餌と水の置き場所
トイレ
爪をとぐ場所
他の猫との同居
他の外猫
猫に優しい庭
猫の匂いを保持する
人間が猫のためにする選択
室内飼いか、外飼いか/予測可能性
身体的な健康と精神的な健康
猫に近づくには
3 あなたの猫の性格を知る
猫の行動の動機──猫の感情を垣間見る
性格とは何か?
猫の個性
育種と遺伝子の影響
クローニングから学んだこと
猫の毛色は性格に影響するか?
経験と性格
4 人は猫に何をしてほしいのか?
私たちはなぜ猫を愛するのか?
撫でたり抱いたりさせてくれること
話し相手になってくれること
他者に必要とされる必要性を満足させてくれること
飼い主の相手をしてくれること
人間と同じように考えたり感じたりすること
私たちの「愛情」を喜んで受け取ること
自分や自分の友人、家族と喜んで一緒にいること
他の猫と一緒にいたがること
清潔で、家の中を荒らさないこと
5 猫のニーズと欲求は人が猫のために求めるものと違うのか?
猫の視点
自立、選択肢とコントロール
猫が安全と感じるには
すべての危険を除外できるか
安全・安心な環境と猫がしたいことの食い違い
食べ物と飲み物
健康で、疼痛や怪我を避けること
健康と幸福への好調なスタート/ワクチン接種/ノミと寄生虫の駆除
良い食生活/去勢と避妊/注意を怠らないこと/病気の兆候に気づくこと
痛みの兆候に気づくこと/獣医による診察のストレスと怖さを最小限にすること
人間といて「淋しくない」こと
他の猫との共同生活
自然に振る舞えること
グルーミング/(清潔を保つためのグルーミング/コミュニケーションのためのグルーミング/グルーミングをするそれ以外の理由)
トイレの場所/爪とぎ/狩りと遊び/睡眠
6 猫好きとはどういう人たちか? 猫は猫好きをどう思うのか?
猫好きな人の特徴
猫は人間をどう見ているのか?
猫に気に入られるには
人間のほうからコミュニケーションを求めるなかれ
猫のふり見て我がふり直せ
猫だって飼い主が好き
ゆっくりとしたまばたきは信頼の証
飼い主の声と匂いに安心する
7 私たちは猫を利用している?
抜爪
問題を抱えやすい純血種
純血種とは何か?/スコティッシュフォールド/マンクス
ペルシャ猫とエキゾチック/すべての猫種の繁殖を継続すべきか?
猫の幸福についての疑問/ハイブリッド種
善意からの行動がうまくいかない場合
猫は私たちの心の支えになるか?
8 猫との対話
猫はなぜ人の言うことをきかないのか?
猫に主導権を与える
コミュニケーションを促す
猫が発する音に応える
喉をゴロゴロ鳴らす/声を使ったコミュニケーション
視線や指が示す先は猫に伝わるか?
まばたきによる意思の疎通
遊びを通じて絆をつくる
猫のどこに触ればいいか
触られるのが嫌な猫
室内飼いの猫のために特に注意しなくてはいけないこと
あなたの猫はどんなタイプか?
多頭飼いが飼い主と猫の関係に与える影響
あなたはどんな飼い主か?
猫から学ぼう
9 我が家の猫の場合──私たちはどうやって会話するか
猫との暮らし
猫紹介
猫同士の関係
猫同士の関係と「テル」
飼い主の注目を要求する
猫に触るとき
猫には自分の名前がわかるのか?
猫を飼う喜び
謝辞
訳者あとがき
索引
巷には、猫に関する書籍があふれている。小説やエッセイを除いて、飼育に関係する実用書だけをとっても驚くほどの数である。そんななか、10年前に翻訳させていただいた『ネコ学入門』が、愛くるしい猫の写真も女子にウケそうなイラストもなく、ふてぶてしい表情で読者を睨みつける中年猫を表紙に冠しつつも売れ行き好調だったのには、正直なところ驚いた。
本書は、その『ネコ学入門』の原書、クレア・ベサントによる著書『How To Talk To Your Cat(別タイトル/ The Cat Whisperer)』の改訂版である。イギリスの慈善団体であるインターナショナル・キャットケアの代表であった期間中に書かれた初版に対し、改訂版はその20年あまりの後、著者が代表の職を辞してからの出版であり、その間に著者が深めた経験と知見をもとに内容がアップデートされて、全体として、客観的かつ動物学的な解説よりも、猫の心理や、猫と人間のコミュニケーションに、より重点が置かれている。前作が『ネコ学入門』であったのに対して本書が『ネコ学』であるのにはそういう背景がある。
インターナショナル・キャットケアは、「猫とその飼主の生活の質の向上」を目指し、猫の目線で猫のウェルフェアを考える非営利団体であり、キャットショーを開催する類いの団体とはそこが根本的に違っている。猫を、人間が所有する愛玩物としてではなく、人間と生活空間を共有する別の動物種として尊重し、猫がどれだけ人間を幸せにしてくれるか、よりもむしろ、どうしたら人間が猫を幸せにできるのか、そこに活動のフォーカスがある。その団体の代表を28年にわたって務めた著者による本書は、だからたとえば猫に遺伝的な健康問題をもたらす可能性が高い人為的な育種には批判的で、ペルシャ猫やマンクス、スフィンクス、スコティッシュフォールドなどを飼っている人には耳の痛いことも書かれている。
初版を翻訳したのは2013年、私が13年間飼った愛猫、小源太を病気で亡くした数年後のことだった。無類の猫好きを自認している私だったが、翻訳しながら、いわゆる溺愛の対象としてのペットとしてではなく、猫という生き物について、自分が実に無知であったこと、猫に関する自分の知識が、完全室内飼いの猫についてのものに偏っていたことを痛感した。
その後、日本とアメリカを行き来する生活の中で猫を飼うのはなかなか難しく、日本で猫を飼うことは諦めていた。ところが、東京から郊外に転居してまもなく、私は思いがけず2匹のレスキュー猫、ゴーストとピノを飼うことになった。その経緯を書くと長くなるので割愛するが、2匹は1年ほどの間隔を空けて我が家の庭に突如として現れ、それぞれ違った健康問題が理由で野良猫でい続けることができなくなり、いわば「仕方なく」我が家で室内飼いをすることになって間もなく5年になる。
本書の第2章に詳しく述べられているが、猫は生後2か月間の「感受期」と呼ばれる期間中に人間と十分に触れ合わないと、(もちろん例外はあるが)基本的に、その後一生人間に慣れることはないという。さもありなん、この2匹は子猫時代を野良猫として過ごしたので、人間に対する警戒心が非常に強く、私は抱き上げるどころか触らせてさえもらえない。2匹はいたって仲が良いが、私に対しては実にそっけない。まるで家の中に野良猫が2匹いるようなものだ。
一方、アメリカの自宅には、前作の翻訳中に飼っていたミトンズが2019年に病気で急死した後、知人から子猫のときに譲り受けた2匹の黒猫、タンゴとゴンタがいる。2匹は共通の父親と別々の母親から生まれた「異母兄弟」で、家の中と外を自由に出入りし、昼間は主に外にいて、夜は人間のベッドで眠るが、気が向けば一日中家の中で過ごすこともあるし、出かけたきり一昼夜戻ってこないこともある。血のつながりがあるにもかかわらずあまり仲は良くなくて互いを無視し合い、性格も食べ物の好みもまったく違う。
完全な室内飼いで外界を知らずに一生を過ごし、まるで子どもの代わりだった小源太。やむを得ない事情から、野良猫から家猫になったゴーストとピノ。家の中と庭を自由に行き来するミトンズ、そしてタンゴとゴンタ。3種類の、それぞれに非常に異なった「飼い猫との関係」を経験した後で翻訳した本書には、自分の経験が「なぜそうなのか」を納得させてくれる、猫という生き物を俯瞰して客観的に理解するための知見が詰まっている。
たとえばゴーストとピノのような猫のことを、本書は「中間猫」と呼んでいる──野良猫でもなく、かといって飼い猫とも言い難い、その中間にいる猫のことだ。ベサントの2冊の本を訳していなかったら、私はゴーストとピノの家庭内野良猫ぶりにひたすら欲求不満をつのらせていたかもしれないが、本当に猫が好きならば、望むべきは、ある状況の中でその猫にとっての最善の環境をつくってやることであって、猫が自分の望み通りに行動することを期待するほうがそもそも間違っているのだということに気づかせてくれたのはこの2冊の本である。
ゴーストとピノと私の(心理的・かつ文字通りの物理的)距離は、それでも少しずつ、本当に少しずつではあるが縮まりつつある。SNSを見ていると、そういう家庭内野良猫(中間猫)を飼っている人は意外にたくさんいることもわかる。私と同様、そこにはそれぞれの事情があるものと推測するが、自分が飼うようになって○年、やっと一瞬触らせてくれた! と嬉しそうに報告する投稿などを目にすると、ああ、この世には、(自分も含め)それでも猫が自分のそばにいるだけで嬉しい人、そのことで生活が豊かになっていると感じる人がたくさんいるんだな、そしてそれもまた、猫との付き合い方のひとつなんだな、と納得したのもこの本のおかげだ。
だから本書は、今すでに猫を飼っているか、これから猫を飼おうと思っているかにかかわらず、猫好きを自認する人、猫を人生の伴侶としてともに暮らしたいと願うすべての人に読んでもらいたい。本書を読めば、猫と人間の関わり方にはいろいろな形があって、どんな形であれ、双方がそこから喜びを得られる方法はきっとあるのだということがわかるだろう。