| 青野由利[著] 2,400円+税 四六判 280頁 2024年2月刊行 ISBN978-4-8067-1660-0 分子生物学、脳科学、量子論、複雑系、哲学、さらに最先端のAIまで、 意識研究の過去から近未来までを展望。 「意識」に代表される生命現象のすべては、物質レベルで説明できるのか。 意識研究に挑んできた世界の天才・秀才科学者たちの心の内を、 日本を代表する科学ジャーナリストがインタビューや資料から読み解く。 ノーベル賞科学者に代表される正統派科学者が、脳と心の問題にハマるのはなぜか。 その理由から浮き彫りになる現代最先端科学の光と影。 2024/3/9(土)毎日新聞書評欄で紹介されました。 筆者は池澤夏樹氏(作家)です。 文藝春秋4月号 BUNSHUN BOOK CLUBで紹介されました。 筆者は竹内薫氏(サイエンスライター)です。 2024/5/5(日)北海道新聞書評欄で紹介されました。 筆者は最相葉月氏(ノンフィクションライター)です。 |
青野由利(あおの・ゆり)
科学ジャーナリスト。
毎日新聞で生命科学、天文学、宇宙開発、火山など幅広い科学分野を担当し、論説委員やコラムニストを務めた。
科学報道を牽引してきた業績で2020 年度日本記者クラブ賞受賞。
東京生まれ。東京大学薬学部卒。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。
フルブライト客員研究員(MIT・ナイト・サイエンス・ジャーナリズム・フェロー)、
ロイター・フェロー(オックスフォード大学)。
著書に『生命科学の冒険─生殖・クローン・遺伝子・脳』『宇宙はこう考えられている─ビッグバンからヒッグス粒子まで』
『ニュートリノって何?』(いずれもちくまプリマー新書)、
科学ジャーナリスト賞を受賞した『インフルエンザは征圧できるのか』(新潮社)、
本書のもとになった『ノーベル賞科学者のアタマの中─物質・生命・意識研究まで』(築地書館)、
講談社科学出版賞を受賞した『ゲノム編集の光と闇─人類の未来に何をもたらすか』(ちくま新書)等。
はじめに
プロローグ
1996年 DNAから心へ/1998年 超伝導から心霊現象へ
1章 20世紀の科学の勝利とほころび
1998年 意識は感染する/ノーベル賞の季節/青天の霹靂/20世紀の科学の象徴
19世紀末の物理学/量子力学の誕生/素粒子の発見/物理から生命へ
還元主義の全盛/ほころびる絶対観
コラム
シュレディンガーの猫
2章 ノーベル賞から「意識」へ
物質から神秘主義へ
シュレディンガー(1887〜1961)
脳から二元論へ
シェリントン(1857〜1952)/エックルス(1903〜1997)
スペリー(1913〜1994)/ペンフィールド(1891〜1976)
新しい物理を
ペンローズ(1931〜 )/ウィグナー(1902〜1995)
科学から超心理学へ
カレル(1973〜1944)
コラム
潜在記憶と顕在記憶/アインシュタインの脳
3章 哲学? いや科学で解こう
クリック(1916〜2004)──視覚の不思議がカギを握る/コッホとゾンビ
エーデルマン(1929〜2014)──免疫の仕組みをあてはめよう
利根川進博士(1939〜 )──遺伝子で謎を解く/その後の利根川博士
コッホの「ロマンチック還元主義」/万物に意識が宿る?/トノーニの「統合情報理論」
コラム
見えないのに見えている/注意が立ち上がるとき/サブリミナル・カット
知覚的現在/さまざまな還元主義
4章 「AIは意識を持つか」論争
HALの誕生日/コンピュータは意識する/意識は説明された/哲学者と意識
サールの中国語の部屋/チューリング・テスト/ペンローズの分類/正統派と人工知能
クオリア/むずかしい問題とやさしい問題/「機械は意識を持てない」のはなぜか
下條さんによるAIの「意識」とは/土谷さんがみるIITの強みとは
25年ぶりにコッホに聞いてみた/アニル・セスにも聞いてみた/ガーランド・テスト
チャルマーズの問い/LLMに意識は宿るのか/「AIの意識」を認める未来は来るか
チャットGPTに聞いてみた
コラム
意識、心、精神/意識の階層/AIゴッドファーザーの懸念/意識研究者の派閥
25年前の賭けに勝ったのは?/「NCCの重要性は低下したのか」
意識研究の25年/「AIに意識が宿った」と主張したら/脳オルガノイドと意識
5章 複雑系は還元主義の限界を突破できるか
2021年 驚きのノーベル賞/1992年 複雑系シンポジウム/サンタフェ研究所
ゲルマンの不満/非線形から複雑系へ/新しい宗教?/複雑系とは何か
定義はしない/足し算してもわからない/新しい性質が創発する
還元主義礼賛とアンチ還元主義/第三の方法論/人工生命は生命か/意識は複雑だ
コラム
ヒトゲノム計画/福井謙一先生/紙とエンピツと頭脳/暗黙知と複雑系
散逸する複雑系/東洋思想への傾倒/理論屋と実験屋
6章 ノーベル賞科学者が意識研究に走るわけ
もともと意識を研究したかった/むずかしいほど血が騒ぐ
ノーベル賞をとったから、リスクを冒してもいい/単純な還元主義では解けないものへの挑戦
何にでも興味がある/はやり/脳を見ても心はなかった/免疫学者が意識に走るわけ
物理で生物が解けたのだから、意識も解けるだろう/意識の神秘は量子論にあり
観測者が未来を変える/決定論への反感/反量子論/統一論の魅力
神秘主義と直観/1999年夏 東京で開かれた意識の国際会議
コラム
日本人と一元論/湯川秀樹と朝永振一郎
エピローグ
意識研究の未来
おわりに
主な参考文献
索引
2020年の10月、ノーベル物理学賞の発表をインターネットのライブ中継で見ていた私は、思わず「おお、ペンローズ!」と心の中で叫んでいた。
予想していたわけではない。むしろ、驚きだったといってもいい。
英オックスフォード大学のサー・ロジャー・ペンローズは天才的な数理物理学者といわれてきた人物で、この分野では有名人だ。車椅子の物理学者スティーヴン・ホーキングの先輩で、共同研究をしていたことでも知られる。
その受賞業績は「一般相対性理論がブラックホールの存在を予測していることの発見」。言い換えると、アインシュタインの一般相対性理論に従えば宇宙の進化の過程でブラックホールが形成されるのは必然、ということを数学的に示したことだ。
素晴らしい業績にもかかわらず、受賞を予想していなかったのにはいくつか理由がある。
まず、この間まで「ブラックホールはあるんだろうけど、その実在を証明するのはむずかしいだろう」と思っていたからだ。理論だけではノーベル賞はこない。
ところが最近になってブラックホールの実在は間接的に証明された。ペンローズと物理学賞を受賞した2人は私たちの銀河の中心にブラックホールが実在することを観測によって示した人たちだ。
2019年には日本を含む別のグループがブラックホールの「影」の撮像に成功している。
となれば、理論家にノーベル賞が贈られるのは当然といえば当然かもしれない。
だが、もうひとつ、ペンローズとノーベル賞が結びついていなかった理由がある。
私にとってのペンローズは、「量子脳理論」の提唱者であり、ノーベル賞が象徴するような「正統派科学」からは一歩踏み出した(もしくは、はみ出した)科学者だったからだ。
心や意識を生み出しているのは脳の量子力学的な過程である──。これがペンローズの量子脳理論の提案である。
特に彼が注目するのは量子力学と相対性理論を結びつけた量子重力理論だ。さらに、意識の発生に関わる脳の器官として「微小管」を提案していた。
詳しくは本文に譲るが、この理論を知った時には、「ええ!」と思った。
ペンローズ先生、いくらなんでもそれは無茶では? という気分だった。
なぜなら、微小管は体のどこにでもある小器官で、それが深遠な意識や心を生み出しているとは、とても信じられなかったからだ。
だが、実のところ、「心や意識」の問題で「ええ!」と思うような説を唱える天才・秀才科学者はペンローズ一人ではない。
正統派科学で功成り名遂げた後に、意識や心の問題にはまる科学者は、思った以上に多い。
いったい、それはなぜなのか。その疑問を出発点に『ノーベル賞科学者のアタマの中 物質・生命・意識研究まで』を出版したのは4半世紀前のことだ。
正統派科学者と心脳問題の関係を追う旅を縦軸に、20世紀の科学の成功と限界を横軸に、量子論から遺伝子研究、脳科学、免疫学、コンピュータ科学、複雑系、さらに「意識や心の問題は科学で解けるのか」という根源的テーマまでを見通した「力作」だった(などと思っているのは本人だけでしょうが)。
登場人物は天才から変人まで絢爛豪華だし、ちりばめられたコラムにはお得感もあった(はずです)。にもかかわらず、一回増刷したきりで、書店の棚から姿を消してしまった。
もちろん、そんなことはよくある。
だいたい、今だから、半分冗談で「力作」などと大口をたたいているが、当時は「こんな本を出して大丈夫かな」「トンデモ本だと思われたらどうしよう」と大変不安だった。
それから4半世紀。21世紀も4分の1が過ぎた今、改めて読み直してみると、不思議なことに中身はほとんど古びていない。
一方で、この間に神経科学や人工知能(AI)が格段に進歩し、意識研究に影響を与えてきたことも確かだ。
新たにこの分野で注目されるようになったプレイヤーもいる。中には、「ええ! あなたまでそんなことを言い出したんですか?」と、びっくりさせられたケースもある(詳しくは本文で紹介します)。
そこで今回、以前の土台はそのままに、この四半世紀の新たな動向を加え、内容をアップデートすることにした。過去の記述を最大限生かしているが、AIと意識に関わる話は大幅に加筆した。新たなコラムも追加している。
かつての登場人物は、その後どうしたのか。新たなプレイヤーはどういう人たちなのか。そもそも、意識の解明はどこまで進んだのか。
意識研究の過去・現在・未来を旅しつつ、天才・奇才たちの意外な素顔・横顔をお楽しみいただければ幸いである。
意識研究の未来
あれから4半世紀がいつの間にか過ぎた。チャルマーズが予想したように、意識研究は少しずつ進んだが、当時のような熱気が持続したわけではない。大きなブレークスルーがあったわけでもない。
哲学者と科学者の25年越しの賭けが哲学者の勝利に終わったのはその表れだろう。
一方で、意識の理論への注目度は上がってきた。意識研究に興味のある人たちの間では、本書でも紹介した「統合情報理論」や「グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論」が議論になっている。それ以外にも英国の神経科学者カール・フリストンが提唱する「自由エネルギー原理」など、複数の理論が話題に上る。
正直言って、私は「これらの理論をわかるように説明しろ」と言われると頭を抱えてしまう。興味を持った方はぜひ、関連の書籍をお読みいただきたい。
こうした理論が群雄割拠するだけでなく、実験手法も進歩した。脳の活動を測定する技術が進むことで理論の検証もできるようになる。
そこへさらなる一石を投じたのが、AIの進化、特に一般の人にも身近になったチャットGPTのような生成AIの進化だろう。
その周辺から新たな意識研究と、それをめぐる論争が生まれる予感がある。AIの意識を論じることが、人間や動物の意識を考えることに跳ね返ってくるのは間違いない。
一方で、ちょっと残念なのは、かつてのように「正統派科学の大御所」の中に、意識研究に突っ込んでくる人があまりみられないことだ。
これはいったいどうしてなのか。本書のテーマとは逆に、「なぜ、最近の正統派科学者は意識研究にのめり込まないのか」という疑問も、考えてみる価値がありそうだ。
そしてもうひとつ、忘れてはならないのは、意識の謎の解明には、光とともに影もつきまとうということだ。
20世紀の科学を振り返れば、それは明らかだ。核分裂反応に伴って放出される莫大なエネルギーの発見は、原子爆弾の開発へと結びついた。原子力発電の事故は大惨事を招いた。急速に進む遺伝子工学や発生工学もまた、社会との摩擦を生み出している。
意識の謎が本当に解けるとなったら、人々は興奮すると同時に、不安も感じるに違いない。意識をコントロールする力を誰かが手に入れたとしたらどうなるか。取り返しのつかないことにならないとは限らない。
4半世紀前に青山の国連大学で開かれた脳と意識の国際会議は「Tokyo'99 宣言」を採択して幕を閉じた。そこには、意識研究を平和利用に限って行なうという決意と願いが盛り込まれていた。
21世紀を生きる私たちにとって、この願いは以前にも増して切実である。
20世紀が分子生物学の時代なら、21世紀は脳科学の世紀になるだろうといわれて四半世紀。科学ジャーナリストとして40年近くのキャリアを誇る著者が、ノーベル賞科学者をはじめ、第一線の科学者の意識研究の過去から近未来までを取材してまとめた、異彩を放つ1冊です。
科学研究のフロンティアといわれて久しい意識研究の世界。本書は、分子生物学、哲学、量子論、複雑系、そして王道の脳科学、最先端のAIまでを扱います。
一歩間違うと、トンデモ科学と誤解された時代から、「AIは意識を持つか」論争が数十年続いています。
多くのノーベル賞科学者をはじめ、第一線の正統派科学者を取材してきた著者が、意識研究のさまざまな角度からのとりくみに光を当てて、現代最先端科学の近未来を見通していきます。
なお、本書と併せてノーベル賞受賞脳科学者のエリック・カンデル著『脳科学で解く心の病---うつ病・認知症・依存症から芸術と創造性まで』を読まれると意識研究への理解がさらに深まると思います。