| 齋藤雅典[編著] 2,700円+税 四六判上製 カラー口絵8頁+344頁 2023年9月刊行 ISBN978-4-8067-1655-6 80パーセント以上の陸上植物は菌根菌という菌類(カビの仲間)と共生している。 菌根菌が土の中に張り巡らせた菌糸で集めたリンやミネラルを植物に渡し、 植物が光合成で作ったカーボンを菌に渡すというパートナーシップは、 植物が陸上進出した4億5000万年前から続いていると考えられている しかしこの関係は、自分に利益をもたらさない相手には容赦なく制裁を加えたり、 相手をだますことで「寄生」したりするシビアさももっているのだ。 次々に版を重ねている『菌根の世界』につづき、 菌と植物のきってもきれない関係を気鋭の研究者12名が 全10章とコラムでさまざまな角度から描き出す。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 『もっと菌根の世界』1刷(2023年9月刊行)におきまして、 本文中に誤りがございました。お詫びして訂正いたします。 訂正箇所はこちらをクリックしてください。 ―――――――――――――――――――――――――――――― |
齋藤雅典(さいとう・まさのり)
1952年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科を修了後、農林水産省・東北農業試験場、同・畜産草地研究所、農業環境技術研究所を経て、東北大学大学院農学研究科教授。2018年に定年退職、同・名誉教授。研究テーマは、アーバスキュラー菌根菌の生理・生態とその利用技術。農業生態系における土壌肥沃度管理。農業活動に関わるライフサイクルアセスメントなど。おもな著書に、"Arbuscular mycorrhizas: molecular biology and physiology"(共著、Kluwer、2000)、『微生物の資材化──研究の最前線』(共著、ソフトサイエンス社、2000)、『新・土の微生物(10)研究の歩みと展望』(共著、博友社、2003)、 『菌根の世界──菌と植物のきってもきれない関係』 (編著、築地書館、2020)などがある。
奈良一秀(なら・かずひで)
1968年生まれ。1991年東京大学農学部卒業、1993年同大学院農学系研究修士課程修了。農林水産省森林総合研究所研究員、東京大学アジア生物資源環境研究センター助教などを経て、2016年から東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。専門は微生物生態学。おもに、キノコと樹木の外生菌根共生に着目した植生遷移や絶滅危惧樹木保全の研究を行ってきた。また、トリュフやショウロなど、地中にできるキノコの研究にも取り組み、多くの新種を発見している。著書として、『攪乱と遷移の自然史──「空き地」の植物生態学』(共著、北海道大学出版会、2008)、『地下生菌識別図鑑──日本のトリュフ。地下で進化したキノコの仲間たち』(共著、誠文堂新光社、2016)などがある。
木下晃彦(きのした・あきひこ)
1979年生まれ。2007年広島大学大学院生物圏科学研究科博士課程後期修了。東京大学アジア生物資源環境研究センター、同大学大学院新領域創成科学研究科、国立科学博物館植物研究部、森林総合研究所でのポスドクを経て、2017年より森林総合研究所九州支所主任研究員。現在、森林総合研究所九州支所森林微生物管理研究グループグループ長。専門はトリュフの分類や生態など基礎、および栽培化に向けた応用研究。また菌根共生系を介した保全研究にも取り組んでいる。おもな著書に『地下生菌識別図鑑──日本のトリュフ。地下で進化したキノコの仲間たち』(共著、誠文堂新光社、2016)、『日本菌類百選──きのこ・カビ・酵母と日本人』(共著、八坂書房、2020)。
小林久泰(こばやし・ひさやす)
1969年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科単位取得退学後、大阪市立自然史博物館外来研究員を経て、2001年より茨城県林業技術センター勤務となる。流動研究員、任期付研究員、主任研究員を経て現在はきのこ特産部長。博士(農学)。研究テーマは菌根性キノコ類を中心とした特用林産物の栽培技術開発。おもな著書に、『きのこの100不思議』(共著、東京書籍、1997)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)、『日本菌類百選──きのこ・カビ・酵母と日本人』(共著、八坂書房、2020)などがある。
馬場隆士(ばば・たかし)
1990年長崎県生まれ。東京農工大学大学院連合農学研究科を修了後、農業・食品産業技術総合研究機構果樹茶業研究部門任期付研究員を経て、同部門果樹生産研究領域の研究員。根研究学会所属。果樹園芸学を出発点に、エリコイド菌根性植物における多様な菌の共生、なかでも根の形態と菌共生の関係の研究を通じて、植物・菌双方の生き方の理解とそれに基づく菌の利用法の開発に取り組み、現在に至る。
広瀬 大(ひろせ・だい)
1976年神奈川県生まれ。筑波大学大学院生命環境科学研究科を修了後、筑波大学菅平高原実験センター非常勤研究員などを経て、現在日本大学薬学部教授。現在の主たる研究テーマはヒトの病原真菌、霊長類の常在菌、住環境中の好乾性菌などの進化・生態であるが、院生時に魅せられたツツジの根内共生菌の多様性研究も継続している。おもな著書に『微生物生態学への招待──森をめぐるミクロな世界』(共著、京都大学学術出版会、2012)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)、『シリーズ現代の生態学(6) 感染症の生態学』(共著、共立出版、2016)、訳書に『菌類の生物学──生活様式を理解する』(共訳、京都大学学術出版会、2011)などがある。
末次健司(すえつぐ・けんじ)
1987年生まれ。2014年京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。京都大学白眉センター特定助教などを経て、2022年から神戸大学大学院理学研究科教授・神戸大学高等学術研究院卓越教授。専門は進化生態学。おもに、光合成をやめた植物「菌従属栄養植物」の生態を研究し、妖精のランプ「コウベタヌキノショクダイ」など多くの新種を発見。さらに自然界の不思議を明らかにすることをモットーとし、菌従属栄養植物に加え広範な動植物やキノコに関する研究も展開。たとえば、ナナフシが鳥に食べられても、子孫を分散できることを示唆した研究は、驚きをもって迎えられた。著書として『「植物」をやめた植物たち』(福音館書店、「たくさんのふしぎ」2023年9月号)などがある。
秋山康紀(あきやま・こうき)
1967年兵庫県生まれ。岡山大学農学部総合農業科学科を卒業、岡山大学大学院自然科学研究科を修了後、農林水産省・農業生物資源研究所非常勤職員を経て、1996年より大阪府立大学農学部勤務。現在、大阪公立大学大学院農学研究科教授。農学博士。研究テーマは、アーバスキュラー菌根共生における共生制御物質の解明。2006年日本農芸化学会・農芸化学奨励賞、2012年トムソン・ロイター第3回リサーチフロントアワード、2016年植物化学調節学会・学会賞などを受賞。おもな著書に、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)などがある。
齋藤勝晴(さいとう・かつはる)
1974年福島県生まれ。東北大学大学院農学研究科を修了後、博士研究員として畜産草地研究所(現・農研機構畜産研究部門)と東京大学理学部に在籍。現在は、信州大学学術研究院農学系教授。研究テーマは、土壌肥料・植物栄養学を専門とし、アーバスキュラー菌根の生理・生態の解明とその利用技術の開発に取り組む。おもな著書に、"Molecular Mycorrhizal Symbiosis"(共著、John Wiley & Sons、2016)、『実践土壌学シリーズ(3)土壌生化学』(共著、朝倉書店、2019)、『食と微生物の事典』(共著、朝倉書店、2017)、『共進化の生態学──生物間相互作用が織りなす多様性』(共著、文一総合出版、2008)などがある。
小八重善裕(こばえ・よしひろ)
1976年宮崎県生まれ。名古屋大学大学院生命農学研究科を修了後、名古屋大学、東京大学、農研機構北海道農業研究センターのポスドクを経て、2018年から酪農学園大学循環農学類准教授。研究テーマは作物の菌根と地力の関係を理解して農業利用につなげること。2016年、「アーバスキュラー菌根の細胞内動態に関する研究」で日本土壌肥料学会・奨励賞を受賞。おもな著書に『新植物栄養・肥料学(改訂版)』(共著、朝倉書店、2023)などがある。
久我ゆかり(くが・ゆかり)
1962年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科を修了。北海道薬科大学助手、ゲルフ大学博士研究員、生研機構派遣研究員(農業環境技術研究所、畜産草地研究所)、ゲルフ大学共焦点レーザー顕微鏡室主任、信州大学農学部食料生産科学科准教授を経て、広島大学大学院統合生命科学研究科教授。研究テーマは植物と共生真菌の相互作用。菌根の細胞科学(ラン科菌根、アーバスキュラー菌根など)、温水処理による白紋羽病菌衰退機構の解明など。おもな著書に、"Currentadvances in Mycorrhizae research"(共著、APS Press、2000)、『微生物の事典』(共著、朝倉書店、2008)、『フローチャート標準生物学実験』(共著、実教出版、2011)、『菌類の事典』(共著、朝倉書店、2013)、『難培養微生物研究の最新技術V──微生物の生き様に迫り課題解決へ』(共著、シーエムシー出版、2015)、"Methods in Rhizosphere Biology Research"(共著、Springer、2019)などがある。
成澤才彦(なりさわ・かずひこ)
筑波大学大学院農学研究科農林学専攻(博士課程)修了後、茨城県生物工学研究所、カナダ・アルバータ大学・学位取得後研究員を経て、茨城大学農学部教授。研究テーマは、根部エンドファイト(DSE)の生態学的研究、特にアブラナ科植物とDSEの相互作用、DSEを含む菌類に内生するバクテリア研究、そしてDSEをコアとする微生物ネットワークの農業利用。おもな著書に『有機農業大全──持続可能な農の技術と思想』 (共著、コモンズ、2019)、『農学入門──食料・生命・環境科学の魅力』(共著、養賢堂、2013)、『エンドファイトの働きと使い方──作物を守る共生微生物』(農山漁村文化協会、2011)。
はじめに
序 章 菌根とは何か………齋藤雅典
アーバスキュラー菌根を見てみよう
外生菌根を見てみよう
いろいろな菌根
養分の授受を通した共生
地球の緑を支える菌根
植物と菌の出合い
本書の構成
第1章 木を育て、森をつくるキノコの力─菌根ネットワークと土に眠る胞子………奈良一秀
木の成長を決定する外生菌根菌
植生遷移と菌根共生
キノコでわかった外生菌根性の一次遷移
外生菌根菌ネットワークでつくられていく森
菌根菌の埋土胞子で更新する森
【コラム】菌類の分類(齋藤雅典)
【コラム】菌根共生が教科書に掲載されるまで(奈良一秀)
第2章 地下に隠れた菌根性キノコ・トリュフを探る………木下晃彦
地下生菌?
根が深い地下生菌の歴史
じつはどこにでもいるキノコ? 地下生菌の多様性と分布
菌根共生がキノコを地下生化させた?
多様な顔ぶれ、イッポンシメジ属のキノコ
日本産地下生イッポンシメジ属の多様性
生態不明のロッカクベニダンゴ
地下生イッポンシメジ属はいつ、どのように誕生したのか
日本国内のトリュフを分類する
DNA実験
日本のトリュフの多様性
日本のトリュフに名前をつける
黒トリュフに隠蔽種の存在
トリュフはいつどこで誕生し、どのように多様化したのか
トリュフは異型交配によって子実体をつくる
トリュフの生活史を分子マーカーで探る
これまでとこれから
【コラム】キノコの下の菌糸をたどって新発見─ハルシメジ型菌根(小林久泰)
第3章 エリコイド菌根の世界─ツツジ科で生まれた謎に満ちた共生関係………馬場隆士・広瀬 大
コアツツジ科─エリコイド菌根を形成するツツジ科内の多数派グループ
コアツツジ科では根が特殊な形態に進化
表皮細胞内に菌糸コイルがつくられ、エリコイド菌根共生が成立
エリコイド菌根がさまざまな環境での生存を支える
【コラム】自分たちに有利な環境をつくり出すエリコイド菌根の「技」
エリコイド菌根菌とその仲間たち
【コラム】意外とハードルが高いエリコイド菌根菌の「定義」
カビを集め、根を選り分け、多様性を紐解く─筆者らの最近の研究
日本各地のコアツツジ科根からの菌の分離
培養できた菌の顔ぶれ
根の形態形成との関わりに見る菌の多様性
成長が遅い共生菌の謎─ほんとうはメジャーな名無しのカエトチリウム亜綱菌
テングノメシガイ綱における共生の進化プロセスの解明を目指して
おわりに
【コラム】エリコイド菌根を観察したい人のために
第4章 光合成をやめた不思議な植物「菌従属栄養植物」をめぐる冒険………末次健司
はじめに
光合成をやめた植物との出合い
光合成をやめると花粉や種子の運び方も変わる
光合成をやめた植物の「餌」はどのような菌か?
埋まったミッシングリンク
光合成をやめることができる仕組みは?
残された大きな課題
おわりに
【コラム】宮沢賢治の「菌根」講義(齋藤雅典)
第5章 菌根共生の鍵となる物質を探して─ストリゴラクトンの発見とその後の展開………秋山康紀
アーバスキュラー菌根菌は宿主の根を見つけると激しい菌糸分岐を起こす
菌糸分岐誘導物質「ブランチングファクター」
私の「ブランチングファクター」研究事始め
ごく微量で非常に不安定な菌糸分岐誘導物質を単離する
アーバスキュラー菌根共生シグナル物質としてのストリゴラクトンの再発見
ブランチングファクターとしての新規ストリゴラクトン・5 ?デオキシストリゴールの同定
植物ホルモンとしてのストリゴラクトンの再々発見
ストリゴラクトンの生物機能の起源
第6章 根粒共生から菌根共生を探る………齋藤勝晴
共生変異体の発見
共生変異体の単離
マップベースクローニング─共生遺伝子を探す
2つのマメ科モデル植物と共生遺伝子の同定
共通共生シグナル伝達経路─カルシウムスパイキングによって共生関連遺伝子が活性化される
マメ科植物は根粒菌を受け入れるために菌根共生の仕組みを利用した
アーバスキュラー菌根共生に特有の遺伝プログラム
今後の展望
第7章 菌根の働きを見る─植物側から見てみると………小八重善裕
菌根の働きを分子から見る
菌根のリン酸吸収は不安定?
樹枝状体にはほんとうに寿命があるのか?
土の中を生きたまま見る─菌根ライブイメージングの開発
なぜ菌根のリン酸吸収機能は断続的なのか?
第8章 ラン菌根の共生発芽を探る………久我ゆかり
ランの共生発芽
ランの発芽には共生菌とのバランスが大事
一つの細胞の細胞膜には機能の異なる領域がある
共生菌からの養分供給を可視化する(SIMSイメージング)
第9章 菌根菌ではないけれど植物ときってもきれない関係のDSE………成澤才彦
菌根菌のコンタミだったDSE
DSEって何? どこに棲んでいる?
好き嫌いがない? アブラナ科やヒユ科のアカザ亜科植物にまでも
DSEの農業への利用はハクサイの病害防除から始まった
DSEは植物を暑さから守る!?
DSEも土の中でひとりでは存在しない!?
誰がDSEの働きを助けているのか?
おわりに
【コラム】Wood Wide Web(WWW)とグロマリン─菌根菌菌糸をめぐる話題(齋藤雅典)
おわりに─菌根菌の農林業への利用(齋藤雅典)
編集後記
参考文献
索引
地球の温暖化が進行し、世界各地で砂漠化や土壌劣化など環境の悪化が深刻になっている。それとともに、生物多様性の保全や環境にやさしい農林業への人々の関心が高まっている。今まであまり注目されてこなかった土の中における植物と微生物の共生「菌根(きんこん)」への関心も少しずつ高まっているように思える。
陸上の植物種数は30万種を超えるとも言われているが、その陸上植物の8割以上の種では、菌根菌という菌類(カビの仲間)が根に共生していて植物の生育を助けている。根に棲む菌根菌は植物から光合成産物を受け取る代わりに土から養分を吸収し、それを植物へ供給している。菌根菌と植物は、養分のやりとりを通して、相互に持ちつ持たれつの共生関係にある。しかし、共生とはいっても、その内容は多様である。菌の種類も植物の種類も多様であるし、お互いに持ちつ持たれつの相利的な関係もあるが、中には、まるで植物に寄生しているかのような菌根菌もいる。かと思えば、菌根菌に栄養を依存してしまっている植物もいる。
このような多様な菌根の世界について解説した『菌根の世界──菌と植物のきってもきれない関係』を2020年に出版した。幸いにして、多くの方々にご好評をいただき、刷を重ねてきた。そこで本書では、前書では取り上げることのできなかったエリコイド(ツツジ型)菌根の章を加え、また、菌根の分野で国内外の研究をリードする研究者に、「知られざる根圏のパートナーシップ」を探るために、どのように、またどのような思いで研究を進めてきたか、苦労話も含めて、書いてもらった。かなり専門的な内容も含んでいるので難しい部分もあるかもしれない。一般読者向けにできるだけわかりやすく記述してもらったつもりだが、至らない部分はすべて編者の責任である。
各章はそれぞれのトピックで独立しているので、必ずしも章順に読む必要はなく、関心のある章からページをめくっていただいて差し支えない。なお、この本ではじめて菌根について触れられる読者の方々のために、序章では、さまざまな菌根の概要を説明した。前書と重複する部分も多々あるが、どうかご了承いただきたい。本書を通じて、菌根という共生の世界の面白さを知って関心をもっていただければ幸いである。
2020年に刊行して版を重ねている『菌根の世界――菌と植物のきってもきれない関係』では描かれなかった菌根の世界に、新たな11名の執筆陣が前書とは違った角度から光を当てました。
前書と同じく編者を務める齋藤雅典氏、『「植物」をやめた植物たち』(福音館書店、「たくさんのふしぎ」2023年9月号)の著者である末次健司氏をはじめ、気鋭の研究者12名がつづる菌根研究の最前線。純粋な好奇心からはじまり、過去の研究から得た知見、柔軟な発想力、調べ尽くす熱意と体力、培ってきた分析力を駆使して、地球上でもっとも普遍的な共生の現場である菌根の実態に迫ります。
はるか昔、水中から地上へ進出した植物は何らかのきっかけで菌類との共生をはじめました。生存に必要な土壌・栄養が存在しない不毛の大地で生き抜くため、菌と植物が互いに手を組んだのです。菌根は、植物の根に菌類が入り込んで形成される共生体です。第5章では、植物と菌類が土の中でどのように互いを認識しあうのか、共生開始の引き金となるシグナル物質についての研究成果を紹介します。
菌根の中では何が起きているのでしょうか。根に取り付いた菌類は根の内外に菌糸を伸ばし、共生維持のために動きはじめます。土壌中に伸ばした菌糸でリンなどの栄養物や水分を集め、根の細胞内に広げた菌糸を通して植物に渡します。その対価として光合成でつくった炭素をもらい、共生関係を維持していくのです。
「共生」というと穏やかで美しいイメージを抱きますが、その実態は意外にシビアで、植物と菌類は互いに監視しあうことによってパートナーとの関係を常に調整しています。自分に不利な関係と判断すれば制裁を与えたり、共生パートナーを変えたりして、自分の利益を守ります。第7章では、菌根菌が根の中につくった養分受け渡しのための構造物が短期間で崩壊する理由について考察します。
一方で、菌類をだまして、光合成産物を渡さずに栄養分だけを奪う植物の存在も明らかになってきました。第4章では、かつては共生関係を営んでいたとされるこれらの植物が、単に寄生能力を獲得するだけでなく、花粉や種子の運び方においても特別な適応を遂げてきたことが明らかになります。
第3章では前書で触れられなかったツツジ科のエリコイド菌根について多くのページを割き、世界中のさまざまな地域・環境に分布するツツジ科植物がその多様な生息域を獲得するために利用してきた菌類との共生関係について丁寧に紹介しました。
生物学上の意義だけではなく、農業への利用という観点でも注目を集めつつある菌根の世界を、前書『菌根の世界』とあわせてぜひ味わってみてください。