| ジョン・ミューア・ロウズ[著] 杉本裕代+吉田新一郎[訳] 2,700円+税 A5判 296頁 オールカラー 2022年4月刊行 ISBN978-4-8067-1634-1 好奇心と観察力が高まれば、散策がもっと楽しくなる。 2016 Foreword INDIES Book Award 金賞受賞、 子どもから大人まで使えるネイチャー・ジャーナリング・ガイド。 自然の中で、見たり聞いたり拾ったりした事や物を、 絵と文章で綴るアメリカ発の自然観察記録 ──ネイチャー・ジャーナリング。 丁寧に観察し自らの手で描く・書くことは、 自然への理解が深まるだけでなく、 人生をより深く生きることにもつながるとロウズは言う。 「ジャーナリングの成果や恩恵は、 あなたが自然の中で見聞きした経験と、 それをどう捉えたかという思考方法の中にある」 ナチュラリストで芸術家、そして教育者という多彩な顔をもつ著者による、 自然と向き合い、つながるための理論から、描き方の具体的な手法まで。 [本書の見どころ] ・観察を深めて「なぜ?」に出会うための3つのフレーズ ・動物・鳥・樹木・景観を見たままに描くコツ ・記録するだけではない、ワクワクをかき立てるジャーナルの作り方 |
ジョン・ミューア・ロウズ(John Muir Laws)
ナチュラリスト、教育者、芸術家であるジョン・ミューア・ロウズ(愛称ジャック)は、情熱的に自然を愛し、好奇心、創造性、ユーモアで人生を享受している。彼のスケッチは、注意深い観察、広範なフィールド経験、多くの練習で有名。
ジャックの自然とのつながりは、彼が子どもの頃、家族旅行の定期的な一部である探索から始まった。彼のアウトドアへの愛情と野生への自信は、スカウト活動に参加することで成長した。彼の母親は彼の発見を記録するためのスケッチブックを彼に与え、ネイチャー・ジャーナリングの世界が開かれた。彼は祖母の励ましで絶えず絵を描き、観察と絵を描く能力が一緒に成長した。
ジャックは1983 年以来、自然と科学教育を教えてきた。彼は、教えたり、周囲の人とインスピレーションを共有したりするのが大好きで、数々の授業や、講演、野外教室を担当し、個人や組織へのコンサルタントを行っている。サンフランシスコのベイエリアの自宅近くで、ネイチャー・ジャーナル・クラブを主宰し、無料の月例ワークショップとフィールド・トリップで、アーティスト、探検家、ナチュラリスト、詩人たちの活気に満ちたコミュニティーとの出会いを提供している。彼はカリフォルニア科学アカデミーの研究教育アソシエイトであり、全米オーデュボン協会が推進するTogetherGreen 環境保全プラグラム〔トヨタがスポンサーをしていたときもある〕のリーダーシップ・フェローである。
2011 年には、「世界渡り鳥の日」のための記念アーティストとして選ばれた。カリフォルニアと芸術の自然史に関する著作や解説書に、Sierra Birds: A Hiker's Guide(2004), The Laws Guide to the Sierra Nevada(2007), The Laws Pocket Guide to the San Francisco Bay Area(2009)などがある。邦訳があるものとしては、The Laws Guide to Drawing Birds(2012)(『鳥の描き方マスターブック』森屋利夫訳、マール社、2016 年)。Bay Nature 誌の「Naturalists Notebook」コラムに定期的に寄稿している。
杉本裕代(すぎもと・ひろよ)
東京都市大学 外国語共通教育センター 講師。
専門はアメリカ文学・文化。19世紀のアメリカ作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローを通じてナチュラル・ヒストリーに出会う。
東京都市大学では英語科目以外に、理系科目の教員たちと共同で「科学体験教材開発」の授業を担当し
科学ワークショップと物語の力を結びつけた取り組みをしている。
吉田新一郎(よしだ・しんいちろう)
元々の専門は都市計画。国際協力にかかわったことから教育に関心をもち、1989 年に国際理解教育センターを設立。
参加型のワークショップで教員研修をすることで、教え方を含めて学校が多くの問題を抱えていることを知る。
それらの問題を改善するために、仕事/遊びとして、「PLC便り」「WW/RW 便り」「ギヴァーの会」の3つのブログを通して本や情報を提供している。
趣味/遊びは、嫌がられない程度のおせっかいと日曜日の農作業(なんと、山歩きよりも重労働!)。
質問・問い合わせは、pro.workshop@gmail.com へお願いします。
なぜネイチャー・ジャーナリングなのか?
観察することと、意識的に好奇心を保つこと
観察を深める、きっかけづくりのフレーズ
意識的に好奇心を保つ心がけ
「なぜ」という疑問―それは、もしかすると?
博物学者や科学者のように考える方法
意識を重視するプロジェクト
意識を集中させる
発見を集めて、フィールドガイドを作成する
その一瞬に寄り添う
次々と疑問を追いかけて
個体に焦点を当てる
種に焦点を当てる
ズームイン、ズームアウト
パターンを探して、例外を見つける
比較する
時間の経過とともに変化を観察する
心に残る出来事を記録する
地図を作る
景色の断面図を作る
風景を立体的に取り出す
探究を深めるための方法
観察を広げる方法
文字で書く
解説図を作成する
鳥の鳴き声(およびその他の音)の図解
リストを作る
数える、目算する、測定する、および時間を計る
データツールボックス
好奇心探究キット
視覚的思考と情報の表示方法
グリンネル法
創造性を刺激するジャーナリング
自然世界の設計図(ブループリント)
ページをうまくレイアウトする際のヒント
矢印の詳細
ジャーナル・キットと画材
ネイチャー・ジャーナルの定番キット
フィールド・キットの例
スケッチの必須アイテム
色鉛筆の選択と整理
適切なスケッチブックを選ぶ
水彩パレットをカスタマイズする
自分のパレットを作る
水彩絵具の選択
自然画
願いから実践へのロードマップ
描き方
マウンテン・ライオン―スケッチプロセスの概要
描く前によく見る―構造と形
分解して描く@ アーティストのように考える方法
分解して描くA 統合された技術
分解して描くB 構造的アプローチ
分解して描くC 表面に見える形を意識したスケッチ
分解して描くD 構造と形の組み合わせ
線画@ 肘、手首、指を使って弧を描く
線画A 肩で描く
線画B ダイナミックに鉛筆で線を引く
明度@ 色の濃淡の確認と単純化
明度A 影を描く
明度B 白い物体の影
色@ 原色の混乱
色A シアン、イエロー、マゼンタ
色B 混色
色C 色を探す
細部―細部と質感
奥行きを表現する方法
構図
継ぎ足しの構図―猛禽類の場合
手間を省くための知恵
樹木を描く――近くから、遠くから
円柱と等高線
ドーナツ状の物体の等高線
うねる枝ぶり
枝の影
平行に走る縦の割れ目
樹皮と枝の形
前から後ろへの分岐
針葉樹のスケッチ
ベイマツの描き方
オークの描き方
「木を描く」ことの再考
風景の描き方
小さな風景画v
ミニ風景画のバリエーション
岩とは、縁と平面でできているv
丸みのある岩
地面から突き出た岩の描き方
山々をスケッチする
山の風景の描き方@
草原の輝き
オークの森の描き方
針葉樹林の描き方
滝
山の風景の描き方A
水を描く
水彩で海の波の広がりを描く
砂浜の波
打ち寄せる波を水彩で描く
波と岩を水彩で描く
雲を見る
様々な空を水彩で描く
ウェット・イン・ウェット技法で空を描く
鉛筆で雲を描く
夕暮れ
山際の夕暮れの描き方
あとがき
謝辞
訳者あとがき
ジャーナルに描かれた場所を見てみよう
注釈
参考文献
まっさらな視線で世界を見ると、至るところに美があるとわかります。丁寧に物事を見ることで、あなたの人生を慈しむ機会を自分に与えてあげましょう。修道士であり作家でもある、デイヴィッド・スタインドル- ラストが言うように、「幸福によって感謝の気持ちが湧くのではない。感謝の気持ちをもつことで、私たちは幸福になる」のです。あなたが、見たものをジャーナルの中に記録するときは、あなたの周りにある環境に感謝してみてください。あなたのジャーナルのページの一枚一枚を通して世界を祝福すると、絵筆や鉛筆の運び一つひとつが、いま生きているという巡り合わせへの感謝の歌となることでしょう。
心の中で次の言葉を、いままで何度言ったか考えてみてください。「私はこの瞬間を決して忘れない」。特別な瞬間が心に刻まれることはあります。しかし、なかなか認めづらいことかもしれませんが、かつて自分にとって大いに意味のあった経験や想いの多くを、私たちは忘れてしまうものです。たしかに、人生の主要な出来事でさえも漠とした記憶しかもたずに人生をやり過ごすことも可能ではあります。人生の一瞬一瞬において、私たちは無意識のうちに、自分の五感から得た情報を摩耗させています。私たちが記憶に留められるのは、そのうちのほんの一部でしかありません。
しかし、ジャーナリングという作業は、ある瞬間を記憶に焼きつけるのに大いに役立ちます。旅行中に日記(ジャーナル)をつけた経験がある人には、このアイディアはなじみ深いものでしょう。とはいえ、ジャーナルのために旅をする必要はありません。日々の生活の中でも、不思議で心を満たし、身近で経験した美の記録でジャーナルを埋めることができます。この作業を通じて、力強さ、忍耐力、冷静さ、そして感謝する心が養われることでしょう。
愛でることから行動へ
私が、The Laws Field Guide to the Sierra Nevada(シエラネバダ山脈のロウズ式フィールドガイド)に取り組んでいたとき、出会った植物や動物について、3,000 枚近くの水彩画を描きました。一つの植物を描き終えると、その植物との信頼関係がしっかり築けたと感じました。だからこそ、旅の道すがら、絵を描くために植物を摘んでしおれさせてしまうのは間違っていると思いました。その代わりに、植物の傍らに座り、原寸の比率に忠実に描き、水彩で色を施して、それが終わって立ち上がったら、自分がそれまで座っていた場所の草をふわふわに盛り上げていました。6 年にわたるこの仕事が終わる頃には、気がつけば、絵に描くたびに、その植物たちに話しかけ、移動の前には、植物とその場所に感謝するようになっていました。出会った植物の一つひとつと、私は何度も恋に落ちていました。
愛情とは、思いやりをもって周囲を気遣うこと、と定義することもできるでしょう。子どもや、パートナー、教え子、そして通りすがりの人であっても、相手に真摯な気遣いをすることで、私たちは理解と優しさの関係性を築きやすくなります。同じように、私は理解や労り、思いやりをもって、ジャーナルを描き、自然に深い考察を向けます。自然にまつわる愛が、木々を元気づける森の泉のごとく、活力を届け、育んでいるのは、「執事の精神」です。つまり、何かを保護し、何かに責任をもつことであり、この本の文脈でいえば、あらゆる自然世界と生物多様性を護り、責任をもとうとする心構えのことです。ジャーナルをつけることは、あなたを世界とのより深いつながりに引き込み、次の行動へと導いてくれます。あなたが暮らしている場所で、新しい一歩を踏み出す方法を見つけてください。「自然の執事たち」である自然愛好家のコミュニティーを見つけて参加したり、直感に従い行動していくための、あなたが強く信じる活動の促進役になってください。あなたが自然を護り修復するにつれ、自然もあなたを本来の姿へと戻してくれるでしょう。
ゆっくり、観察し、発見し、出会う
すべての分野のライター、ナチュラリスト、科学者はジャーナル(記録帳)を使用して、彼らが仕事の過程で見たこと、行ったこと、考えたことを記録に残しています。ジャーナルは、私が野外に持っていく最も重要なツールです。双眼鏡よりも、もっと大切です。ジャーナリングとは、人生をより深く生きたいと願う人のためのスキルであり、年齢を問わず学ぶことができ、意識して実践することでどんどん上達するスキルです。探究しながらスケッチや文章を書くことは、何かを新しく発見しようと試みるときに自分自身をその気にさせるための、最も効果的な方法です。
ネイチャー・ジャーナリングによって、私たちは、科学がもたらすドキドキした気持ちを何度でも味わうことができます。観察とジャーナリングによって、あなたはゆったりとした気持ちで、立ち止まり、座り込んで、あたりを見回し、幾度も対象に目を向けるでしょう。じっと、静かに、注意深く観察する時間を、普段、どれほど時間をとっていますか? この手順をふむことで、あなたは自分の考えを整理し、答えを寄せ集めて、さらに深い疑問を投げかけることができるでしょう。落ち着いて、自分のジャーナルに観察結果を記録できるくらいの時間をかけて、じっくり観察すれば、あなたの目の前で様々な謎が解かれていくことでしょう。あらゆる科学にとって肝心なことは、飽くなき好奇心と深い観察力といった、最良の学びを導く気質なのです。もっと具体的にいえば、不思議だと思う直感から始まった学びや、理解したいという欲求、そして、観察する力のことなのです。
私は、よく見る、記憶する、好奇心を常にもち続ける、という三つの理由のために、ネイチャー・ジャーナリングに取り組んでいます。あなたがジャーナルに描く、そして書くために野外に座るたびに、これらの能力は高められます。絵を描くのが得意である必要はありません。また、ジャーナリングの成果は、紙面に描いたものだけではありません。むしろ、その成果や恩恵は、あなたが自然の中で見聞きした経験と、それをどう捉えたかという思考方法の中にあるのです。
この本はまず、いかに自然と出会い、観察し、発展させるのかを学ぶのに役立つ実用的な方法についてお伝えします。その後に続く各章では、材料や道具の選択方法に関する情報が続きます。いくつかの種類の植物に加え、陸の景色と、空の景色まで正確に描く方法、そして、あなたのスケッチスキルを磨く方法も掲載されています。ネイチャー・ジャーナリングの経験のあるなしに関係なく、この本のどこからでも、読み始めてください。好奇心と喜びをもって世界を旅する方法についてのガイドブックになります。あなたのジャーナルを手に取り、外に出て、いま生きているという豊かな経験を耕し、育ててください。
19世紀前半のアメリカで、鮮やかな色を放つ鳥たちを精緻に描いたオーデュボンの絵をご存知でしょうか。ミシシッピ河流域の鳥たちを描くことから始め、20年の時をかけ完成させた全435点からなる彩色銅版画『アメリカの鳥類』はあまりにも有名です。彼の言葉の中に、「私の描く絵の出来がよくないときほど、実物は美しい」というものがあります。眼前に広がる荘厳な自然世界に目を奪われながらも懸命にそれを記録しようとする熱気が伝わってきます。北米大陸には、大自然の美しさへの驚嘆と敬意に満ちた人々の活気が溢れています。
本書『見て・考えて・描く自然探究ノート─ネイチャー・ジャーナリング』も、オーデュボンのように、自然に魅了され、その素晴らしさを伝える試みの最良の例の一つです。著者のジョン・ミューア・ロウズは、カリフォルニア州を拠点として活動するナチュラリストで、本書のテーマである「ネイチャー・ジャーナリング」を著作やワークショップを通して発信しています。「ネイチャー・ジャーナリング」の説明には、ナチュラリストの意味合いを知ることが鍵となります。
ナチュラリストという呼称には、自然を愛する人という意味合い以上に、アメリカが大事に育ててきた自然に対する知的態度の系譜が関係しています。それは、ナチュラル・ヒストリー(日本ではかつては博物学と訳され、現在では、自然史や自然誌と呼ばれる)という考え方で、理念や概念から世界を説明するのではなく、目の前に存在している証拠(現象、生物、物体すべて)を収集し、観察し、分類することで真理にたどり着こうとする考え方です。北米大陸にヨーロッパからの入植が始まったとき、人々の眼前には、多種多様な生物や原野(ワイルダネス)が広がっていましたから、こうした思考方法はうってつけでした。
そして、重要なポイントとして、私たちが現在一般に科学と読んでいる領域では、手法の違いなどにより分野を細分化させていきますが、ナチュラル・ヒストリーは、そうした区分を行わず、歴史や詩など一般に文系と呼ばれる分野さえも包み込んで、自然の有り様に関する知的営みの総体として存在しています。その結果、学問ではあっても、大学や研究所に囲い込まれるのではなく、日常生活の中で一般の人々によっても共有され、発展してきました。
こうした世界の捉え方を実践する人が、ナチュラリストなのです。大人も子どもも区別なく、見て、考えて、描く(記録する)ことで、ナチュラリストとして、自然の中で新しい学びを体験できます。ナチュラル・ヒストリーの殿堂とされる自然史博物館(ニューヨーク)では、自然環境の迫力や豊かさを単に展示するだけでなく、人が自然をどのように観察するかを伝え、来館者がナチュラリストになるための工夫を至るところで見つけることができます。
ネイチャー・ジャーナリングとは、こうしたナチュラリストたちが、絵や文章を通じて、世界に向かい合うための方法の総称です。小さな発見を理論的に深める思考方法であり、かつ、思考を記録するための実践的な活動そのものでもあります。クレア・ウォーカー・レスリーの著書Keeping a Nature Journal がこのジャンルの代表的な著作とされ、アメリカでは初等・中等教育の科学教育・環境教育とも接続されています。
著者のロウズには、イラストレーターとしての才能と、それを磨くために美術教育を受けた経験を活かして、初心者がいかにして描くかを詳細に解説しているのが、本書の優れた点です。どんなことも言葉で説明し説得するというアメリカ社会の美徳が本書にも存分に発揮されています。著者のミドルネームから、環境保護の先駆者ジョン・ミューアとの関連を連想される方もいるかもしれません。著者はミューアと親類関係にはなく、著者の母がナチュラリストとしての尊敬の念から、息子のミドルネームに「アメリカ国立公園の父」とも呼ばれるミューアの名を与えたそうです。
最近では解説動画のほうが簡単だと思われるかもしれませんが、「こんな感じで……」と見本を見ることはできても、いざやってみると、どこがポイントなのかわからず、同じようにできないこともあります。そんなときは、本書の解説が威力を発揮します。美術の技法を落とし込んだ文章になっており、描き続けるためのヒントが詰まっています。ぜひ鉛筆を手にとって読みながら、描き始めてください。
日本でも様々な方法で、自然観察が行われてきました。日本野鳥の会をはじめ、全国には、自然との付き合い方を堪能する窓口がたくさんあります。また、日本でも、「日本ネイチャー・ジャーナル・クラブ」が2018年から活動を始めています。主宰者の小林絵里子さんは、ロウズの助言を受けながら、またアメリカでのジャーナリングのネットワークも活かして、学習ツールとしてのジャーナリングの可能性を探求しておられます。ジャーナリングは、作成することで終わりにせずに、語り合い、共有することが大事とされていますので、ぜひみなさんもジャーナリングの仲間を探してみてください。
邦訳にあたり、画材については基本的に原書の情報を中心に残しましたが、日本では画材や文房具は国外・国内製品を問わず豊富に入手できます。100円ショップの活用など多様なアイディアで、オリジナルのキットを楽しんでください。なお、原書はアメリカのレターサイズ(ほぼ日本のA4 サイズ)で300ページを超える大部な本なので、日本語版を刊行するにあたり、動植物の純粋な描き方など技術書的な部分は割愛しました。また、著者が描いた現地の雰囲気を楽しめるよう、本書に出てきた地域の一覧を次ページに掲載しました。
(中略)
訳者を代表して 杉本裕代
米国で人気の究極の自然観察記録ガイド、待望の日本語版です。
動物、植物、昆虫から、風、雲、景観まで、自然をどのように見て、感じ、記録すればよいのか。
ステップバイステップのイラストで補完された、わかりやすい解説文が、読者を導きます。
また、画材の選択の基本から高度な描画技術まで、
あらゆるレベルの観察者にプロセスのあらゆるステップについて明確で実用的なアドバイスを提供。
アート、サイエンス、そしてナチュラリストとしての自然への熱意の強力な組み合わせである本書は、
注意深いナチュラリストになるためのハウツーガイドといえます。
コロナ禍の中、身近な自然観察の記録(ジャーナリング)への関心が高まる中でのタイムリーな本です。
観察(探究)する力を育てる「ネイチャー・ジャーナリング」
本書が紹介する「ネイチャー・ジャーナリング」は、観察者が見たものを、絵と文章で記録するための方法です。そういうと、学校の理科の授業で行った生物スケッチを想像するかもしれません。理科の授業でのスケッチは、全員が同じ対象を同じ視点から観察し、絵を描くにも「輪郭は1本の線で」、「影は描かない」などのルールを教わります。そして、出来上がったスケッチを見返すことはほとんど無く、見返したとしても自分がそのとき何を見たのか、どんなことを考えたのか思い返すことは難しいでしょう。もしかすると、学校のスケッチの時間は、誰にとってもあまり創造的な学びの時間ではなかったかもしれません。
しかし、著者のジョン・ミューア・ロウズが記録したジャーナルを見れば、その想像は見事に打ち砕かれます。ノートに自由に描かれた色彩鮮やかなスケッチと、詳細に記録された絵と文章によって、彼が向き合った自然の素晴らしさと、自然を科学的に探究した過程を追体験することができます。ぜひ私もその場所へ行き、一緒に実物を観察/探究してみたい!と思わせてくれる本です。
「ネイチャー・ジャーナリング」は、観察対象を視覚的に捉えた情報だけでなく、観察者の気付きや感情、疑問、連想したことなど、思考の過程を記録します。その記録方法は様々で、科学的な仮説検証のプロセスに基づく記述もあれば、詩や散文など、文学的な表現技法を使うこともあります。観察者はジャーナルを書くことで、好奇心を持続させながら対象と向き合い、目で見る以上に様々な視点から対象を観察することができるのです。
本来、理科の授業で行うスケッチも、このような観察する力を養うものであるべきではないでしょうか。さらには、社会科(生活科)の町探検や学校探検等にも応用が利きそうです。筆者も本書において以下のように述べています。
「あらゆる科学にとって肝心なことは、飽くなき好奇心と深い観察力といった、最良の学びを導く気質なのです。もっと具体的にいえば、不思議だと思う直感から始まった学びや、理解したいという欲求、そして、観察する力のことなのです(p.7)」
本書では、そのような観察する力を高めるためのスキルやノウハウが余す所なく丁寧に解説されており、誰でも「ネイチャー・ジャーナリング」をすぐに始めることができます。
「ネイチャー・ジャーナリング」の方法を実践すれば、自然観察だけにとどまらず、あなたの身の回りにあるものすべてが観察の対象となり、「見て、考えて、描く」学びの場に変わります。本書を読んだ後は、一冊のノートと少しの画材を持って、外に出かけてみてはいかがでしょうか。
PLC便り(2022年5月1日)
http://projectbetterschool.blogspot.com/2022/05/blog-post.html
公立中学校理科教師、井久保先生
新しい目で世界を見るための本
より良い文章の書き手とは、より良く世界を見る人のことである。その思いを強めたきっかけの一つは、現任校である軽井沢風越学園の同僚たちの書く文章だった。
軽井沢風越学園は、長野県の軽井沢にある幼稚園・小学校・中学校の「混在」校である。「混在」しているのは子どもたちだけでない。大人のスタッフも同様で、多くの現場から同僚が集まる。小学校の教員をしていた人、野外保育の実践を重ねてきた人、森のガイドをしていた人、僕のように中学校や高校から集まってきた人、デザイナー、放送局出身の人…。そうした多様な同僚との関わりの中で、内心ひそかに驚いていたことがあった。野外保育など、自然をフィールドとして長く働いてきた同僚たちの書く文章が、とても魅力的なのだ。彼らの書く文章のなかでは、人や木々や生き物が活き活きと動く。昨日とは違う今日の太陽の日差し、森の中でうごきはじめる小さな生き物、子どもたち同士の遊ぶ姿…。そういう風景から、彼らは背後にある意味を見出し、物語を紡いでいく。優れた書き手は、世界をより良く見ることを通して、そこに新たな意味を創り出していくのだ。それは、僕のような凡百の書き手にとっては、うっとりしてしまう書きぶりだった。
しかし、ジョン・ミューア・ロウズ『見て・考えて・描く 自然探究ノート』を読むと、神業のような彼らの「世界を見る目」にも、熟達の道があったのではないかと思わされる。というのも、本書は、世界をより良く見るための、極めて具体的なネイチャー・ジャーナリングの手引書だからである。僕は初めて知った言葉なのだが、ネイチャー・ジャーナリングとは、ナチュラリストと呼ばれる人々が用いる自然観察の方法だという。ナチュラリストは、理論や概念からではなく、実際に自分の眼で捉えるところから世界を捉えようとする。そのため、生き物、樹木、岩、水、風景などの自然を、先入観を排して分析的に観察し、記録し、思考していく。
本書の特長は、ネイチャー・ジャーナリングの方針とノートの詳細な具体例が、豊富に示されていることにある。例えば、一本の木を、雲を、どう見るのか。僕たちの頭の中にあるステレオタイプな木や雲の姿を脇において、目の前の木や雲そのものを観察し、記録するために、どこに注目し、何を描くと良いのか。そのために必要な水彩絵の具や鉛筆などの道具も含めて、実に具体的に指南してくれる。まさに、神は細部に宿っている。本書にある多数の美しいカラーイラストを眺めるだけでも楽しいが(筆者は、美しい絵を描くことは本質ではないと強調しているが、実際問題として、本書のスケッチはどれもこれも美しい)、この細かな手引きは、ネイチャー・ジャーナリングを実践しようとする人の心強い味方になるはずだ。絵心のない僕でさえ、この本を参考に山のスケッチでもしてみようかと心誘われたくらいなのだから。
でも、この本の最大の魅力は、世界に向けて自分を開いていく好奇心が、天性の才能ではなく、意識的に保ち、磨きつづけられるものだと宣言する姿勢にある。そしてこの思想は、自然科学の領域を超えて、学ぶことの根底をささえるものだ。というのも、僕にはこのネイチャー・ジャーナリングの話が、自分の専門である国語科の「書くこと」における「作家ノート」(writer's notebook)と重なって思えるからである。この「作家ノート」とは、書き手が文章を書く前の段階で使うノートのことだが、決してただの下書き用ノートではない。そのノートを持ち歩くことで、書き手は、書く題材を自ら探すように世界を眺める。自分が驚いたことを書き留めたり、気になった会話を記録したりと、世界をちょっと違う角度から眺めるようになる。つまり、作家ノートの本質は、書くための手段である以上に、世界とつながるための手段なのだ。作家ノートにこそ、書くことを通じて世界を発見するという、書くことの最も大事な現場がある。そして、この作家ノートの機能は、言葉によるネイチャー・ジャーナリングそのもの。アメリカの作文指導者であるラルフ・フレッチャーは、作家ノートを「あなたを目覚めさせ、あなたの内と外の世界でいま起きていることに、注意を向けさせてくれる」時計のベルに喩えているが(A Wirter's Notebook)、ネイチャー・ジャーナリングのノートも、きっと同じ音を響かせているに違いない。
子どもの頃からの「名言好き」の僕にとっては、「見る」「観察する」ことに関する多くの箴言が紹介されているのも、本書の魅力の一つ。さまざまな魅力的な断章の中で、本書を象徴するようなマルセル・プルーストの次の言葉がとりわけ印象に残った。「発見という名の航海の本質は、新しい風景を探すことではない、新しい目でみることなのだ」。
見慣れたはずの風景を、新しい目で見る。結局のところ、世界をより豊かに享受し、好奇心を持って自己を更新しつづける人とは、そういう人なのかもしれない。それは詩人であり、科学者でもある(偶然かもしれないが、本書70ページではジャーナルの方法として詩を書くことが挙げられている)。
『見て・考えて・描く 自然探究ノート』は、極めて具体的なネイチャー・ジャーナリングの方法の本でありながら、そんなふうに、教科の枠を超えた示唆を与えてくれる魅力的な本だと思う。僕にとっては、国語と理科の思わぬ距離の近さを感じた読書でもあった。発見するとは、新しい目で見ること。せっかく森のある学校に勤めているのだから、僕も自分の作家ノートのなかに自然探究ノートの要素をどう取り入れるか、考えてみたい。
WW/RW便り(2022年5月6日)
http://wwletter.blogspot.com/2022/05/blog-post.html
軽井沢風越学園国語教師、澤田先生