| 綿貫豊[著] 2,700円+税 四六判 328頁 2022年1月刊行 ISBN978-4-8067-1629-7 海上と陸地を自在に行き来する海鳥の、知られざる生態と人間活動との関わり。 恐竜の時代から海洋に進出し適応してきた海鳥。 漁獲量と同じ量を食べる海洋生態系の重要なメンバーだが、 近年急激にその数を減らしている。 海洋生態系を支える海鳥の役割と、漁業による混獲、 化学物質やプラスチックによる海洋汚染、洋上風力発電への衝突事故など、 人間活動が海鳥に与えるストレス・インパクトを、 世界と日本のデータに基づき詳細に解説する。 |
綿貫 豊(わたぬき・ゆたか)
長野県生まれ。北海道大学大学院1987 年修了(農学博士)。
国立極地研究所助手、北海道大学農学部准教授を経て、現在、北海道大学大学院水産科学研究院教授。
圧倒的な数と密度で繁殖し、想像を超えた身体能力で海と空を制覇した海鳥たちに魅せられ、
世界各地の孤島(南極、スバルバール、スコットランド、タスマニア、ベーリング海、天売島など)でその行動や生態を研究してきた。
現場での観察の中から新しい問題を発見する瞬間に最も強い喜びを感じる。趣味は山歩きと樹木の観察と山菜採り。
著書は、『海鳥の行動と生態─その海洋生活への適応』(生物研究社)、『ペンギンはなぜ飛ばないのか?─海を選んだ鳥たちの姿』(恒星社厚生閣)、
『海鳥のモニタリング調査法』(共著、共立出版)など。
はじめに
第1部 海鳥の減少とその原因
1章 海鳥の歴史
1 人間の分布拡大と海鳥の絶滅
2 日本における海鳥の固有性と現状
3 海鳥の個体数減少は食い止められていない
2章 減少と絶滅のさまざまな原因
1 海鳥が人間活動に起因するストレスに対して脆弱な理由
2 気候変化が魚資源量や分布を変え海鳥に影響する
3 人間活動に起因する三つのストレス
4 南アフリカのケープペンギンの場合
第2部 漁業活動の影響
3章 混獲の実態と解決策
1 刺網漁による海鳥の混獲とその死亡数
2 延縄漁による海鳥の混獲とその死亡数
3 刺網による混獲のインパクト
4 延縄漁の混獲によるインパクト
5 混獲率低減手法の開発
6 混獲回避措置はインパクトを減らしているのか?
コラム@ 日本のマグロ延縄漁業と海鳥混獲
4章 投棄魚が変える海鳥の生活
1 漁業廃棄物としての投棄魚の量
2 海表面ついばみ・拾い食い採食をする種が投棄魚に依存する割合
3 投棄魚が支えうる海鳥の個体数
4 投棄魚は海表面ついばみ・拾い食い種個体群に有利に働く
5 他の海鳥種へのインパクト
6 漁業廃棄物投棄の禁止の影響
コラムA 投棄魚利用の種間、オス・メス、個体間の差
5章 糧秣魚類資源をめぐる海鳥と漁業の競争
1 南極半島とペルーの事例
2 糧秣魚類資源量と海鳥の繁殖成績の関係――三分の一ルール
3 禁漁による競争緩和
4 漁業によって採食行動が影響を受ける
5 競争者としてのクジラとマグロ
第3部 海洋汚染の影響
6章 重油流出事故
1 世界最大の人為的環境破壊
2 流出した油が海鳥個体に与える影響
3 重油流出事故が海鳥個体群に与えるインパクト
4 油汚染に暴露された海鳥個体の救護・リハビリ・放鳥は野外復帰につながるか?
コラムB 島根沖で沈没したナホトカ号からの油流出
7章 化学汚染物質の影響
1 DDEにより卵殻厚が薄くなる
2 POPs がもたらす胚発生異常
3 化学汚染物質の間接的な三つの影響
4 他のストレスとの相乗効果
5 化学汚染物質の個体群へのインパクト
コラムC 鉛弾による鳥類の中毒
8章 海洋プラスチックの影響
1 海鳥の特性がプラスチック摂取に関係?
2 プラスチックは消化阻害や食欲減退を引き起こす?
3 プラスチックを介した化学汚染物質の取り込み
第4部 繁殖地および海岸におけるかく乱
9章 繁殖地での狩猟
1 オオウミガラス絶滅の歴史
2 日本固有種のアホウドリへの商業的利用のインパクト
3 ミズナギドリ科雛の狩猟管理による持続的利用
10章 人間が持ち込んだ捕食者
1 キツネとネコによるインパクト
2 人間の入植で持ち込まれたネズミによる影響
3 ネコ・ネズミ類の駆除の手法と他の生物への影響
4 外来性哺乳類駆除の効果
5 捕食者としてのカモメの駆除をどう考えるか
コラムD 天売島のノネコ問題
11章 照明がもたらす光汚染
1 海鳥を引き寄せる人工光
2 光誘引による落鳥
3 対策は光のコントロール
コラムE 港の光照明がもたらす生態系の変化
12章 洋上風力発電の潜在的影響と事前回避
1 風車への海鳥の衝突
2 風車への衝突リスクと発電施設からの回避リスク
3 感受性マップによってあらかじめリスクの高い場所を知る
4 GPSトラッキングでわかる衝突リスクが高い場所
コラムF ウミネコのGPSトラッキングの研究例
第5部 海鳥保全の具体的取り組み
13章 導入と再導入
1 積極的保全がなぜ必要か
2 デコイ(おとり模型)や音声による社会的誘引
3 雛移送による導入と再導入の手法
4 戦略的保全
コラムG 天売島のウミガラスの保全
14章 海鳥保全のためのリスクマップ
1 混獲リスクの高い海域の発見
2 海洋環境の変化に対応した高リスク海域の推定
3 性・年齢による利用海域の差が個体群へのインパクトに影響する
4 さまざまなストレスに対するリスクマップ
第6部 海鳥を利用した海洋生態系の監視
15章 海鳥を指標とした海洋保護区
1 海鳥が可能にする重要海域の選定
2 重要海域選定のため海鳥の分布を調べる
16章 海洋汚染の指標としての海鳥
1 化学汚染の年代変化を海鳥の体組織から知る
2 海鳥の胃中のプラスチックは汚染の加速を示す
3 海鳥の尾脂腺分泌物が示す地球規模の汚染拡大
4 汚染物質の代謝の違いによるバイアス
5 サンプルによるプラスチック摂取のバイアス
コラムH バイオロギングを利用した海洋汚染の地図化
17章 環境変化のシグナルとしての海鳥
1 海洋監視に海鳥を使う理由
2 健康指標の定義と活用
3 基準値を決めるのは簡単ではない
あとがき
引用文献
事項索引
鳥名索引
付表
世界的に海鳥の数が減少している。世界各地の海鳥の集団繁殖地(コロニー)の、各年の繁殖個体数[*1]データを使って全世界の海鳥個体数の変化を推定したところ、1950年から2010年の60年間に、およそ3分の1にまで減ったことがわかった。南シナ海の南沙諸島にある海鳥繁殖地において、鉛と炭素の安定同位体を使って年代測定したうえで、堆積物中の生物由来物質の量を調べた研究も、ここ150年の間に海鳥の数が急速に減っていることを示している。
一方、海洋とそこにある島々において、これまで人間はさまざまな影響を与え続けてきた。特に、産業革命以降、船舶の大型化と高性能化が、漁業を含めた人間の海洋進出を加速した。海鳥の数が減少したのは、こうした海洋における人間活動が原因なのかもしれない。だとしたらこれは大きな問題である。
なぜ問題なのか。
海鳥は生態系の一員である。海洋生態系において、海鳥はマグロやサメ、タラやカレイといった捕食性大型魚類、クジラ・アザラシなどの海生哺乳類に続く、三番目に重要な捕食者であり、食物連鎖[*2]や生物多様性[*3]の維持において、大事な役割を担っているだろう。海鳥は、海洋で魚を食べ消化・吸収し、糞を陸に排泄して、繁殖地周辺に窒素やリンを供給する。北極圏に多数繁殖するヒメウミスズメは海から多くの栄養を運び、この栄養によって繁茂した植生群落がジャコウウシの生活を支えている。海鳥は、繁殖地の沿岸の海洋生態系にも栄養塩を供給する。ウミネコが陸上に運んだ栄養塩が沿岸域に流れ込んで、海藻や貝類に取り込まれ、窒素含有量を上昇させ、また、コンブの生産を上げる。したがって、海鳥が減ると、栄養塩の供給が絶たれるので、生物多様性が減り、海鳥繁殖地周辺のこうした特異な生態系が損なわれる恐れがある。また、植物種子を遠く離れた別の島に運搬するという役割も果たす。
次に、海鳥は人間に直接的・間接的な「利益」をもたらしている。過去には海鳥の肉や卵が重要な食べ物として、あるいは羽根が布団や飾りとして利用されていた。現在こうした役割は大きく減じたが、集団繁殖地の景観は圧倒的で、観光資源として重要な収入源となっている。イギリスでは繁殖地で海鳥を見るツアーは大変な人気であり、オーストラリアでもコガタペンギンの帰巣パレードに多くの観光客が集まる。私たちの研究の場である北海道天売(てうり)島でもウトウの帰巣シーンが観光の目玉となっている。
さらに、金銭には代えられない価値もある。海鳥が空を飛ぶ姿は自由を感じさせる。南極海の暴風圏を飛ぶワタリアホウドリは、人々の心を癒し、また強い印象を与える。1970年代に大ヒットしたリチャード・バック著の『カモメのジョナサン』に勇気づけられた方もいるかもしれない(ちょっと古い!)。このように、人間が意義づけした、さまざまな生態系サービス[*4]を、海鳥は提供してくれる。言い換えれば、人間にとっての有形・無形の利益ゆえに、海鳥を保全する理由がある。
では、仮に、生態系における役割や人間にとっての有形・無形の利益がなければその生物種は失われてよいのだろうか? 生物は長い歴史の中で進化してきた。それぞれが独自の進化史を持つ生物種・個体群には、それぞれ固有の存在価値(人間がいようといまいと)がある(『保全生物学のすすめ』)。海鳥もそうである。ダイナミックな海洋環境の中で、鳥類としての制約のもとでの、他の海洋生物には見られない独特な適応を遂げてきた。人間によるストレスが原因で絶滅させてはならない。
本書の狙いは、まず、人間活動が海鳥に与えてきた影響をみることによって、海洋生態系に与える影響がいかに大きいか示すことである。そのため、海鳥の現状について紹介し、さまざまな人間活動のどういった点が海鳥へのストレスとなり、それらがどうインパクトを与えているのか、その証拠をあげる。インパクトについては、できるだけ個体群[*5]、群集[*2]のレベルでみていこう。特に繁殖成績[*6]や親の年間死亡率、その結果としての個体群への影響に注意しよう。そして、海鳥へのストレスを低減するための対策、その効果、考え方についても解説する。こうしたストレス低減だけでは不十分であると考えられるときには、積極的な保全策がとられるのでこれについても紹介しよう。
次に、海洋生態系の激変を察知し、その原因を探り、対策を講じるにあたり、海鳥からの情報を役立てるというアイデアを紹介する。われわれは海洋をさまざまなやり方で利用しており、その規模は急速に拡大している。漁業においては、沿岸から外洋へ、また、これまで利用していなかった新たな魚種へとその対象は広がっている。一方、プラスチックをはじめさまざまな汚染物質が海洋に流れ出し、その環境負荷量は加速度的に増えている。人間はほとんどすべての海洋島に進出し、森林伐採と農地・牧野化、家畜・ペットの持ち込みなど、環境を改変してきた。近年では洋上風力発電の開発計画を急速に進めようとしている。北極海航路開発、海底資源開発、マリンレジャーや観光の影響も懸念される。
海の中にその食物を依存していながら陸上で繁殖する海鳥は、海洋と島々を含む海洋生態系における、こうした多様な人間のストレスをはっきりと示してくれるのではないか。人間活動由来のストレスやインパクトの指標として、海鳥がどう役立つかを後半でまとめようと思う。
本書では人間活動の影響を、「ストレス」と「インパクト」という二つの観点からとらえることにしよう。インパクトを与えるからこそストレスなのだが、分けて考えることで問題点が明確になると考えるからである。「ストレス」とは生物に悪影響を与えうる人間活動の大きさ自体であり、「インパクト」とは海鳥の繁殖成績や個体数の減少の程度の意味で使う。単独のストレスの大きさ(ドブネズミの密度)とインパクトの大きさ(オオミズナギドリの個体数減少率)が比例するとは限らず、海鳥の生存率の低下や個体数減少はさまざまなストレスの影響を受けた結果だろうし、その原因がはっきりしないこともある。一方、洋上風発のように人間活動のストレスは明らかでも、海鳥個体群へのインパクトがまだ明確に検出できていない例もある。
本書で取り上げるのは、外国の研究例がほとんどであるが、我が国にも多くの取り組みがある。日本での事例については、本文に加えコラムでも紹介していこうと思う。そのうち、(章混獲のコラム@は、実際その仕事に携わっている研究者に執筆をお願いした。
(後略)
*1…海鳥は一夫一妻制であり、オス・メスのつがいで巣作りする。巣あるいはつがいの数を数え、それを二倍すれば「繁殖数」になる。繁殖に参加しない若鳥がおり、また一年おきに繁殖する種類もいるので、実際の個体数は繁殖個体数より多い。
*2…食う食われる関係にある複数種のセットのこと。昆虫や微生物などの分解者からなるセットは「腐食連鎖」といわれる。「群集」とはある場所にいる生物種のセットのこと。特定の複数の植物種と複数の動物種がセットになる傾向がある。「生態系」とは、水、空気、土壌など物理・化学的構成要素と同種他個体、他種といった生物の構成要素からなる系のこと。
*3…さまざまな階層において生物が多様なこと。本書では、「種の多様性(一定面積内の種の数)」の意味で使うことが多い。
*4…生態系が人間にもたらす有形・無形の利益のこと。「供給サービス(食料、水、木材、繊維、鉱物、薬用の資源を供給してくれる機能)」「調整サービス(気候の調整、洪水の制御といった自然災害を防止・軽減する機能や、病害虫をコントロールしたり水量や水質を調整したりする機能)」「文化的サービス(自然景観の審美的な価値や、教育・レクリエーションの場としての機能)」「基盤サービス(土壌、酸素、栄養塩を供給したり形成したりする機能)」の4つに分けられる。
*5…その中ではおよそランダムな交配が行われる集団のこと。「個体群」へのインパクトとは、個体数の減少や年齢構成や性比の変化を目指す。
*6…巣あたり(つがいあたり)の巣立ち雛数のこと。ふ化率や巣立ち率を指すこともある。
海鳥は、鳥類としての制約をかかえたまま、海洋生物を探し食べるための適応を遂げ、ダイナミックな海洋環境の中で実にうまく生活してきた。このことを前著『海鳥の行動と生態--その海洋生活への適応』でまとめた。こうした適応のせいで、新たな、海洋と島嶼におけるさまざまな人間活動に起因するストレスには脆弱であることにも少し触れた。
その後、我が国でも、アホウドリの保全事業の新しい展開があり、環境省のモニタリングサイト1000事業による海鳥の繁殖数のデータが集まり始めた。一方で、ネズミやネコによる海鳥繁殖地かく乱の問題が多く報告され、これらの駆除や取り除き事業も行われ始めた。私自身、天売島におけるウミガラスの保全やノネコ問題、また洋上風力発電施設の感受性マップ作りや海洋汚染に関連したお手伝いをするようになった。
その頃、海鳥の保全に関する本の企画のお話をいただいた。そのときには、二つの迷いがあった。10年以上前に前書を書いたときは、関連したテーマで自ら行った研究があり、多少の成果も出していたのでそれなりの自信を持って書くことができた(もちろん不十分な点や反省点も多い)。一方で、海鳥の保全については、主体として深く関わっていたわけではなく、成果を上げたわけでもなかった。そのため、本書の執筆にとりかかってよいのか、自分で主導したわけではない仕事、他人の仕事を中心にしてまとめるのでよいのか(つれあいにもそう言われた)、迷いがあった。
しかしながら、世界的に問題となっており、その対策も進められている、混獲や海洋汚染の海鳥への影響、海鳥繁殖地でのネズミやノネコの問題が、我が国ではあまり知られていないことはそれまでも気になっていた。この機会に、世界の情報を広く集め、解説し、少しでも多くの方にこの現実を知ってもらうことで、海鳥の保全に貢献できるのではないかという思いが強くなった。そこで、人間活動による「ストレス」がどう海鳥に「インパクト」を与えているかについて、できるだけ客観的にまとめることにした。
一方で、「海鳥は海洋生態系の変化の指標として使える」という考えは1980年代からあった。海鳥を浮魚資源、海洋生態系や海洋環境の変化の指標にしようというアイデアに基づいて多くの研究がなされてきた。
まず、気候変化が食物連鎖の変化を通してどう海鳥に影響するのか、海鳥の餌や繁殖成績の変化によって糧秣魚類群集と資源の変化をとらえられるのではないか、といった問題は、私自身の研究テーマでもあり、「海鳥による環境監視」のもととなる研究であった。
次に、海鳥の体組織中の汚染物質濃度を使って海洋汚染の時空間変化をモニタリングしようという考えも同じ頃から出されていた。水俣病など化学汚染物質による人への重篤な健康被害を出した日本では、野生生物への影響を含めた環境汚染の分野で多くの成果を上げてきた。私も、海鳥を使った残留性有機汚染物質やプラスチック汚染のモニタリングについては、東京農工大学の高田秀重教授の研究グループと共同研究をさせていただいていた。こうした人間活動が原因となる海洋汚染を、海鳥を使って知ることについて紹介する必要を感じていた。
そこで、本書ではこうした考えを一歩進め、「海鳥は人間の海洋環境に対するストレスやインパクトを監視するためのデバイスになる」ことを示すのをもう一つの目的にしようと考えた。
このように、もともとの目的であった海鳥の保全に加え、海鳥を使った海洋環境モニタリングにも興味があったのだが、これらは別の話であるように思えた。そのため、この二つを同時に本書で扱うべきか、いずれかに焦点を絞った方がよいのではないか。これがもう一つの迷いだった。
しかし、よく考えてみると、海鳥がその長い進化の歴史において経験したことのない、人間活動に起因するストレスに対して脆弱であるがゆえに、こうしたストレスが海鳥へ大きなインパクトを与えているのである。それだからこそ、あまり情報がない外洋での人間活動のストレスとインパクトが、海鳥を観察することによってよりよくみえるようになるのではないか。このことについて、少し散漫になるが、四つの点から説明を加えさせていただきたい。
第一に問題を明確にしてくれる。海鳥の分布や採食場所は海水温や海流が接するフロントに影響されるので、バイオロギングで調べた採食場所と海鳥の足につけたデータロガーが記録した水温を使ってフロントの位置を知ることは可能である。しかし、フロントの位置はリモートセンシングとデータ同化技術によりもっと正確にわかる。海鳥が監視デバイスとして役に立つのは、フロントの位置を知らせてくれることではなく、気候変化や人間活動が生態系へどういったストレスを与えているのか、フロントの位置の変化がどのように高次捕食者の生活や漁業に影響するのか、そのプロセスの一端を教えてくれることである。
人間にとって重要なのはフロントの位置自体ではなく、その変化によって糧秣魚類資源や漁場がどう変わるのか、生物多様性はどういった影響を受けるのかであり、海鳥はこうした問題についての何らかの情報を与えてくれる。
第二に陸上のストレスについても考えさせてくれる。マグロ、クジラ、アザラシ、オットセイが減少した大きな理由は人間による過剰漁獲であり、禁漁を含む適切な資源管理が行われるようになってからは、クジラ、アザラシの多くは増加傾向にある。一方で、現在漁獲(狩猟(されているわけではないにもかかわらず海鳥は減少し続けている。なぜだろうか?
これは、マグロ、クジラ、アザラシ、オットセイに比べ、海鳥が多様なストレスにさらされていることを示しているのかもしれない。大洋の孤島などで繁殖するので、陸上での人間活動に起因するストレスにもさらされている点は、マグロやクジラとは大きく異なる。
第三は安価に情報収集できる点である。海洋における人間活動のストレスのリストは膨大なものになり、その種類、範囲、時期を特定し、海洋生物へのインパクトを明らかにするには、船による生物情報の収集が不可欠であるが、それは大変なものになるだろう。設定した海洋保護区に限っても、特に外洋域での密漁船や海洋汚染の監視のための資金(人的資源を考えると気が遠くなる。海鳥というデバイスを使えば、これらを具体的な問題としてとらえ、ストレスをモニタリングし、地図化し、インパクトに対して対策を講じる際に役に立つだろう。
もちろん、本書でみたように海鳥をデバイスとすることの弱点はある。加えて、船からの目視調査において、種同定を画像解析で自動化するのはまだ難しいし、バイオロギングのためには海鳥を捕まえる必要がある。また、監視範囲と期間は海鳥まかせである、といったさまざまな弱点があることも確かである。こうした弱点はあるにせよ、船による調査や新しい衛星観測システムの構築に比べれば低コストで、広い範囲のストレスを示してくれる点で、海鳥をデバイスとした環境監視は役に立つだろう。
第四は新技術の利用である。海鳥の保全と海鳥をデバイスとした環境監視、という二つの問題を具体化し、展開することにバイオロギング技術が役に立っている。特に、移動追跡技術の急速な進歩は、外洋を生活の場とするがゆえにこれまで困難であった海鳥の海での行動の研究を手の届く範囲に引き寄せてくれた。この技術を使って海鳥の移動範囲を調べることで、混獲リスクの高い海域の推定やその低減のための保護区の設定に役立つこと、また、海鳥を海洋監視デバイスととらえることで、外洋での汚染度を地図化できることを述べた。
前書をまとめてから10年経って本書を書いた理由の一つは、このようにバイオロギング技術によって、海鳥の外洋での生活の理解が格段に進んだことである。それがどう海鳥の保全と海洋環境の監視に役に立つのか本書で紹介した。
最後に、外洋域における人間活動に起因するストレス、そしてインパクトは普段われわれが感じる以上に大きいことを述べてまとめにしよう。海岸線や河口、港などでの経験を除けば、人間活動が海洋生態系に与えているインパクトを直感的に理解するのは難しい。目につく機会の多い海岸のプラスチックごみは問題の一部に過ぎない。
北海道大学水産学部付属練習船おしょろ丸に乗って、学生とともに海以外まわりに何も見えない外洋に出たときには、果てしない空間の中に自分たちだけがとりのこされているかのように思う。北海道日本海の沖にある天売島(世界最大規模のウトウの繁殖地である)の高さ100メートルを超す崖のへりに立って、日没後、残照の水平線から島に戻ってくる、空一面の何万というウトウを見ると圧倒される。こうしたときに、水産学部で教えている私でも、人間の存在がいかにちっぽけではかないものであるかを感じてしまう。
しかし、今、世界の人口は世界の海鳥の個体数の10倍近くに、その生物重量は1000倍以上になる。ニワトリは世界中で飼われており、その数は世界の海鳥の30倍にもなる。われわれ人間は、一種の生物として、その「捕食」が食物連鎖を大きく左右する海洋生態系の「キーストーン種」であり、かつ、その「活動」が地球の平均気温を上昇させるほどの最強の「生態系エンジニア」である。
海鳥の生活をていねいに観察することによって、この人間の活動に起因するストレスが、海洋と海洋島において急速に拡大し多様化していることがわかることを本書では示そうとした。こうしたさまざまなストレスが、海洋生物の一員である海鳥にインパクトを与えていること、われわれの目が届きづらい外洋における人間活動の影響は意外と大きく、そして加速していることを知っていただけたらと思う。
(後略)
2020年7月から、プラスチックごみ削減のためにレジ袋が有料化されました。
これには海洋プラスチックによる海の生態系の破壊が関わっていますが、本書では、プラスチック排出をはじめとする人間の経済活動が、海を餌場にする海鳥にどんな影響を、どの程度与えているかについてデータをもとに徹底的に解明します。
海鳥は海で餌をとり陸で子育てをして、さらに遠く離れた繁殖地と非繁殖地を行き来する「渡り」を行う特殊な生態を持っています。彼らは海で得た栄養を陸上に糞として排出し陸の生物に栄養を与え、その糞は人間の畑でも肥料として使われ重宝されてきました。
しかし、海鳥の数はこの60年間で3分の1に減少してしまいました。
減少の原因は、漁業の混獲、ごみや重油による海洋汚染から、人間が海鳥の繁殖地に持ち込んだネコ、再生可能エネルギーとして注目される洋上風力発電まで多岐にわたり、共通しているのはどれも人間由来であることです。それを踏まえて、どうすれば海鳥のストレスを和らげ、生息数を回復させるかが本書のテーマとなっています。
さらに、本書の面白いところは、海鳥の魚群探査能力や広範な海域を利用する生態を利用して、海洋生態系全体の保全に役立てようとしている点です。
いかにして生物を守り未来へつなげるか、本書を読めば前向きに考える姿勢も得られることでしょう。