著者が演習林で撮影 | 東京大学富士癒しの森研究所 [編] 2,000円+税 四六判並製 240頁+カラー口絵8頁 2020年10月刊行 ISBN978-4-8067-1608-2 富士山麓山中湖畔に広がる、東京大学演習林「癒しの森」 ここを舞台に人と森とをつなぐプロジェクトが始まった。 キーワードは「癒し」。 楽しいから山に入る、地域の森の手入れをする、薪をつくる、 「癒し」を得ながら森に関わる、誰でも親しめる森をつくる……… みんなでできる森の手入れが暮らしや地域を豊かにする。 これまでの林業を乗り越えるきっかけとなる、森林と人をつなぐ画期的な第一歩。 東大教員の著作物を自らが語る広場 - UTokyo BiblioPlazaで紹介 |
浅野友子(あさの・ゆうこ)
1972年滋賀県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、東京大学大学院農学生命科学研究科講師。専門は森林水文学、砂防学。主な論文に「山地河川における洪水時の河道抵抗の実態」(共著、砂防学会誌)などがある。
癒しの森の可能性を目の当たりにし、実践、広報や普及に取り組んできた。前・富士癒しの森研究所長。
齋藤暖生(さいとう・はるお)
1978年岩手県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。総合地球環境学研究所プロジェクト研究員を経て、現在、東京大学大学院農学生命科学研究科講師。専門は森林政策学、森林─人間関係学、植物・菌類民俗、コモンズ論。主な著書に『森林と文化──森とともに生きる民俗知のゆくえ』(共編著、共立出版)、『人と生態系のダイナミクス2 森林の歴史と未来』(共著、朝倉書店)などがある。
「癒しの森プロジェクト」の構想を提案し、実践・研究してきた。幼少の頃より森の恵み、森で得られる楽しみを体験したことから、主にキノコ・山菜採りをする人々のふるまいや暮らしに着目し、山の豊かさや、森とのつきあい方を追究してきた。現・富士癒しの森研究所長。
藤原章雄(ふじわら・あきお)
1971年生まれ、熊本県で育つ。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。その後博士(農学)取得。現在、東京大学大学院農学生命科学研究科助教。森林について感性情報を含むあらゆる情報を蓄積することで、サイバー空間に実在の森林を存在させることを目指す、次世代森林情報基盤サイバーフォレストを提案。
「癒しの森プロジェクト」の構想を提案し、実践・研究するなかで、特に森と人との感性的・情緒的な関わりに注目する。森とメディアと人との関係を研究する過程で、森のインターネットライブ配信などを実践してきた。
辻 和明(つじ・かずあき)
1971年東京都生まれ。1994年に東京大学演習林技術職員として採用、2015?2019年度の5年間、富士癒しの森研究所に勤務。樹木医、森林インストラクター。
癒しの森づくりの実践、技術、広報担当。東京大学樹芸研究所での21年間の勤務で得た森林管理の技術と知識、経験を癒しの森づくりで生かす。特に樹木の健康状態を察知する技術、植物についての豊富な知識を持つ。
西山教雄(にしやま・のりお)
1972年山梨県生まれ。1990年より東京大学演習林技術職員として富士演習林(富士癒しの森研究所の前身)に配属。2001?2009年度秩父演習林勤務を経験。高所作業車、フォークリフト、車両系建築機械(整地等)運転、小型移動式クレーン、玉掛けの資格を持つ。
癒しの森づくりの実践、技術、安全管理担当。メンバーのなかでもっとも長く富士癒しの森研究所に勤務し、さまざまな機械についての知識と技術を生かして森を管理し、森に入る人の安全を守ってきた。
竹内啓恵(たけうち・ひろえ)
1971年東京都生まれ。明治学院大学経済学部商学科卒業。一般企業を経て、東京農業大学大学院農学研究科林学専攻博士後期課程修了。現在は、(一社)全国森林レクリエーション協会研究員・東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科非常勤講師・樹づ木合同会社代表として働く。専門は森林療法学、森林散策カウンセリング、造林学。
癒しの森づくりの実践と研究、普及を担当。癒しの森の評価のものさしを「単に楽しい≠ゥどうか」から「こころもからだも健やかに生きているかどうか」まで深化させた。世界初の森林散策カウンセラー。
齋藤純子(さいとう・じゅんこ)
1972年京都府生まれ。職歴は多種にわたる。縁あって山中湖村へ移住し、富士演習林で事務員として働き始める。生き物好きが功を奏し、研究所の鳥類調査をまかされる。所内一の写真好きでもある。
癒しの森づくりの実践と記録、事務、熾火料理レシピ開発を担当。プロジェクト開始時からのメンバーで、縁の下の力持ち。本書では、写真とイラストを担当。
はじめに
第1部 癒しの森と森づくり
第1章 富士山麓・山中湖畔で始まる、新たな森と人とのつながり
1 東京大学の森「富士癒しの森研究所」
なぜ山中湖畔に東大が
時代背景と研究テーマの変遷
2 山中湖村のたどった道─寒村から国内有数のリゾート地へ
山野の恵みにたよる厳しい暮らし(江戸時代?明治時代)
観光による開発の兆し──富裕層向けの保養地(大正時代〜昭和初期)
山中湖村の発展と生業の急激な転換(戦後・昭和時代)
森と人の断絶と日本有数の保養地の衰退(平成時代)
3 「癒しの森プロジェクト」、始まる!
たどりついたのは「癒し」
「癒し」という森の恵み
「癒し」が森と人をつなぐ可能性
「癒しの森プロジェクト」は山中湖村だけのもの?
地域の事情によりそった、森と人との関係をつくる
第2章 みんなでつくる癒しの森
1 癒しの森ってどんな森?
日本の社会と森の癒し
癒しの森とはどんな森か
癒しの森からもたらされる「癒し」
2 森は動いている
日本の風土と森
人の暮らしがつくった風景
3 癒しの森のつくり方
社会があってこその癒しの森
暮らしを見つめ直す
森林所有者とのつながり
癒しの森にフィットする技術──安全・快適・簡易
4 癒しの森づくりが拓く未来
第3章 癒しの森を支える技と心得
1 森にひそむ危険
樹木がもたらす危険
その植物、「さわるな危険」
ハチ─痛いだけならいいけれど……
マダニ─かゆいだけならいいけれど……
野生動物─意外と身近にいます
2 癒しの森のリスク管理
樹木の管理
危険の見つけ方
【コラム1】 樹木の見た目は生き様
動植物のコントロール
3 森を快適に保つ
4 あっ、危ない!─山しごとを安全に行うために
身を守る装備
伐倒作業
【コラム2】 東屋(あずまや)─道ぞいの危険木を有効利用
刈り払い作業
高所作業
5 森づくりの便利な道具
ポータブルロープウインチ─力がなくても重いものを動かせます!
簡易製材機「アラスカン」─木を伐ったその場で製材ができます!
【コラム3】 台風被害木を生かすアイデア─パネル式看板再生プロジェクト
無煙炭化器─じゃまになる枝・灌木をかたづける@
木材チッパー─じゃまになる枝・灌木をかたづけるA
薪割り道具いろいろ
【コラム4】 癒しの森からの木材を活用した建物─富士癒しの森講義室
第4章 薪のある暮らし─癒しの森の原動力
1 古くて新しい薪
2上手な薪の使い方
薪を燃やすということ
薪は乾燥が命
薪をケチってはいけない
薪はかさばる
【コラム5】 薪棚をつくろう
よい薪・悪い薪
3 薪ストーブを選ぶ
4 薪を割る
5 薪を積む
6 薪で料理を楽しむ
第2部 癒しの森でできること
第5章 癒しの森で学ぶ
1 自分たちの手で癒しの森をつくる
心地よい森の中でのグループワーク
道づくり
立木を生かした遊具をつくる─縄ばしごとブランコ
やまなかふぇ─素敵なバーカウンターができました
2 森のエネルギーを使いこなす
薪割りと薪の体積計測
間伐と間伐材の価値の試算
炭焼き体験と収炭率
森のエネルギーで調理実習
3 癒しの森をデザインする
先入観なしに森に関わるスケジュール
アイデアいろいろ
●えだまり ●まるぼっくい ●ひとりふたりほとり
●くーぐる ●Gym.こもれび
●The Healing Pit "Yes, We Dig" ●浮庵fuan
●あめおと ●簾簾幽席 ●くもの巣迷路 ●全緑疾走
4 癒しの森を使った音のワークショップ
第6章 山しごとをイベントに
柴刈りと柴垣づくり
下草刈りと芝刈り
堆肥づくり
落ち葉焚き
フットパスde森づくり
癒しの森の植生調査隊
薪原木の競り売り
薪づくりのための安全作業講習会と間伐木の搬出
第7章 癒しの森でこころを整える
1 森林散策カウンセリングとは
2 カウンセリングに最適な森林空間とは
【コラム6】 森林散策カウンセラーになるには?
3 こころのために森を使う
ちょっとした相談や話し合いを森で
リフレッシュに最適
おわりに
引用・参考文献
著者紹介
「富士癒しの森研究所」……およそ東京大学の研究所とは思えない名前の小さな研究所が山梨県山中湖村にあります。私は9年前にこの研究所に所長として赴任しました。癒しの森──なんともほんわかしたキーワードを掲げたこの研究所はいったい何を研究するところなのか? 私に何ができるのか? はじめはとまどうことばかりでした。
何を研究するところなのかは、半年ほどで体感できました。例えばこんなふうです。研究所が行う野外講義では、まずは森林内の環境を整えることから始めます。本来私は教える立場なのですが何もわからないため、掃除担当です。たよりになるほかの先生方に教えてもらい、学生たちと落ちている枝や倒れた木を集めてきて燃やします。焚き火に枝葉を投入すると炎がばーっと上がり、もっともっと火を大きくしたい衝動に駆られます。この作業を数名で一心に続けると、気がつけば森の中がさっぱりとかたづき、あたりの雰囲気ががらりと変わります。寒い日でしたが、体はぽかぽかです。
講義のメインは学生が自分たちで考えた癒しの森をつくる作業です。アイデアを出し合ってつくった木材を使ったベンチや巣箱などはなかなかのできばえです。学生たちは、自分たちの力で森の中をよい雰囲気に変えることができると気がつき誇らしげです。最後は熾火(おきび)を使ってつくる昼ご飯です。炭火で焼いた肉や野菜のおいしいこと! 学生たちは共同作業を通じて仲よくなり、私はおいしい食べ物に大満足、森の新たな側面を知りました。
このような経験を重ね、研究所が世の中に伝えたいのは、森にはさまざまな使い方、味わい方、楽しみ方がある、ということなのだと感覚的に理解していきました。
私は森林科学分野(資源・環境・防災などあらゆる視点から森林を研究する分野)の大学教員であるにもかかわらず、恥ずかしながら少し前まで、森林資源の持続的な「利用」といったら、家を建てたり家具をつくったりすることぐらいしか頭にありませんでした。せっかく日本には木がたくさん育っているのに、現代社会では限られた用途しかないものだなと半ばあきらめていました。
本書で紹介する、経済的な指標では測れないことも多い、研究所が目指すような多様な森の使い方については、「利用」だとはっきりと認識していませんでした。けれども、研究所に来て、この身近な森の恵みの、ふだんの生活のなかでの「利用」こそが、私たちの暮らしを豊かにし、将来、日本や世界の森を豊かにする可能性があると気づかされました。この森の利用についての、私が今まで気づいていなかった観点は、古いけれど新しくて、未来に希望の託せる素敵な考え方だと思うのです。
言いわけになりますが、森林科学は研究対象も手法も多様な分野で、そのなかで私の専門の砂防学や森林水文学(すいもんがく)では、山地・森林は国土であり、水源であり、社会基盤として保全するべき対象ととらえます。水や土砂について研究するなかで、水資源の保全あるいは土砂災害や洪水については考えてきましたが、森を使うことについては深く考えが及んでいませんでした。
ですがこの研究所での学びで、山地・森林はそこにあるだけでありがたいのに、上手に利用できれば私たちの日々の暮らしに楽しみまでもたらしてくれることを知り、研究対象(山や森)のすばらしさに圧倒されています。なお最近の研究では、森林の上手な利用は、水資源の保全や防災にもつながることが実証されてきています。
日本の森林・林業を野球にたとえると、今の状況はまるでプレーヤーであるプロ野球選手と、プロの試合を観戦する野球ファンしかいないようです。地域で日常的に野球を楽しむ少年野球や草野球の選手はいなくなってしまったかのようです。野球をプレーする楽しみを享受するのはプロ野球選手のみで、ほかはプロの試合を観戦するしか楽しみ方がないように見えます。
つまり、森で働き、森の恵みを直接得ることができるのは、ごく限られた専従の林業従事者のみで、一般の人が森に関われる道は、プロ野球の試合観戦にたとえたように、木製の家具を使ったり、木材で家を建てたりなど、サービス業を通じた間接的なものしか残されていません。地域の人々が身近な森に入って薪やキノコ・山菜などの恵みを得る機会もだいぶ少なくなりました。
本来少年野球や草野球の存在が、野球というスポーツの裾野を広げ、プロ野球の存立基盤を支えているわけですから、少年野球や草野球をする人がいない状態が続けば、いずれ野球というスポーツ自体が関心を持たれなくなるでしょう。私たちは、日本の多くの地域で森に対する関心がうすれ、森林が価値を失ってしまったかのように見えるのは、森と人との距離が広がってしまったことが原因ではないかと考えました。
そこで、この状況を改善するために、プロの林業従事者と消費者しかいない現状を変えたい、草野球の選手を増やしたいと思いました。草野球は少し練習すれば誰でも楽しめるように、山しごとも少し習えば誰でもできるものであると知ってもらいたいとの思いから、一般の人が森に入って森を楽しみ、森の恵みを享受し続けられる仕組みを模索してきました。確かに山しごとは危険なこともあり気軽にできることばかりではありませんが、実態を知り工夫すれば、林業のプロでなくてもできる作業は多く、なによりも楽しいものなのです。
この本では、富士癒しの森研究所が、この10年間に一丸となって、また地域の方々の協力を得て取り組み、明らかにしてきた研究成果や実践例を紹介します。取り組むなかで、癒しの森的な森の恵みの利用が暮らしを豊かにすることにすでに気づき、独自に工夫しながら実践している方々が各地にいることも知りました。この本は、これまで支援し、協力してくださった方々や、すでに各地で森の恵みを利用されている方々と情報を共有したいと考え、つくりました。また以前の私のように、身近な森の恵みにまだ気づいていない方々に手に取っていただき、森の可能性に気づいていただく機会となれば言うことはありません。
本書は、癒しの森についての歴史と概説をまとめた第1部と、癒しの森でできる実践例を紹介する第2部の、大きく二つに分けました。富士癒しの森研究所では、教員、技術職員、研究員、事務員などのメンバーが協力して大学の森を管理しながら教育研究を行っています。本書は各メンバーの持つ専門性や技術、経験を持ち寄って構成しました。各章の主な著者とプロフィールは巻末を見てください。
第1部では、第1章で富士癒しの森研究所のある富士山麓・山中湖周辺地域の歴史をたどり、東京大学富士癒しの森研究所の歩みと、「癒しの森プロジェクト」を立ち上げた経緯を説明します。この章を読んでいただければ、人が森と関わり利用するうえで鍵になると私たちが考える新たな指標「癒し」と「癒しの森」について理解していただけると思います。
第2章では、これまで行われてきた地域や森林に関わる一連の研究のなかでの癒しの森の位置づけを示し、癒しの森の普遍性について説明します。この章は少し専門的になりますが、癒しの森という考え方が、地域の森を持続的に利用しながら生活を豊かにするうえで有効であること、富士山麓のみならずほかの地域にもあてはめられる考え方であることがわかっていただけるでしょう。
第3章では、実際に癒しの森をつくる場面で必要な安全管理や技術について、技術職員が実体験にもとづいて紹介します。また、身近にある木材を生かす具体的なアイデアや、プロの林業従事者でなくても使える便利な道具を紹介します。いざ森に入り、森の恵みを利用する際に参考になるはずです。
第4章では、森の恵みの最たるものである薪の上手な使い方について紹介します。ただ単に薪をどう使うかだけではなく、薪が燃える仕組み、煙とは何かまで解説しています。基本的な考え方を知ることで、より薪と上手につきあうことができるようになるでしょう。
第2部では、地域での活動のヒントになるような癒しの森の生かし方・使い方の具体例を紹介します。場面にあわせてアレンジし、身近な森を楽しむ活動に役立てていただければ幸いです。
第5章では、大学や大学院の講義として行った活動のなかから、森での体験プログラムや教育プログラムなどとして広く応用できる活動を選りすぐり、具体的な方法や工夫、注意点をまとめました。このようなプログラムを通じて若人の創造力が発揮されると癒しの森の生かし方が大きく広がることを知っていただけるでしょう。
第6章では、山しごとの楽しみを地域の人々に知ってもらうために私たちが開催し、好評だった企画の実施手順や楽しみ方を、実例をもとに紹介します。このような企画によって地域の可能性を知ることができます。
第7章では、森林散策カウンセリングの専門家が、癒しの森はこころの健康を保つのに有効であることを紹介し、カウンセリングに適した森について説明します。また、森をこころのために使う手軽な方法を紹介します。癒しの森の生かし方・使い方はさまざまであることを知っていただけると思います。