| エミリー・モノッソン[著] 小山重郎[訳] 2,200円+税 四六判上製 232頁 2018年3月刊行 ISBN978-4-8067-1553-5 人体で我々の健康を守っている微生物と、土壌で農作物の健康を守る微生物。 抗生物質と農薬で、人体と土壌の微生物に無差別攻撃をつづけた結果、 アレルギー病、アトピー、うつ病から肥満まで、 人体と農作物に多くの病気を生んできた。 本書は、この無差別攻撃に終止符を打ち、 人体と土壌の微生物たちとの共生がもたらす福音を描く。 |
エミリー・モノッソン(Emily Monosson)
環境毒物学者、ライター、編集者。ローニン・インスティテュートの独立研究者。
マサチューセッツ大学アマースト校、非常勤教授。
著書に、"Unnatural Selection: How We Are Changing Life, Gene by Gene"
"Evolution in a Toxic World: How Life Responds to Chemical Threats"がある。
小山重郎(こやま・じゅうろう)
1933 年生まれ。
東北大学大学院理学研究科で「コブアシヒメイエバエの群飛に関する生態学的研究」を行い、
1972 年に理学博士の学位を取得。
1961 年より秋田県農業試験場、沖縄県農業試験場、農林水産省九州農業試験場、
同省四国農業試験場、同省蚕糸・昆虫農業技術研究所を歴任し、
アワヨトウ、ニカメイガ、ウリミバエなどの害虫防除研究に従事し、1991 年に退職。
主な著訳書に『よみがえれ黄金(クガニー)の島─ミカンコミバエ根絶の記録』(筑摩書房)、
『530 億匹の闘い─ウリミバエ根絶の歴史』、『昆虫飛翔のメカニズムと進化』、
『IPM 総論─有害生物の総合的管理』、『昆虫と害虫─害虫防除の歴史と社会』、
『母なる自然があなたを殺そうとしている』、『野生ミツバチとの遊び方』(以上、築地書館)、
『害虫はなぜ生まれたのか─農薬以前から有機農業まで』(東海大学出版会)がある。
まえがき
第T部 自然の味方
第1章 私たちを守る細菌
抗生物質が効かない/微生物遺伝学の進化/DNAの暗号を読む/抗生物質の光と影/
失われる微生物たち/プロバイオティクスへの過信/自然と手を組む
第2章 畑で働く微生物
にぎやかな微生物群/病原体との闘い/生きている「土」/イチゴ農家の悩み/
持続的農業と土壌微生物
第U部 敵の敵は友
第3章 感染者に感染するもの
新しい薬、バクテリオファージ/迷走するファージ治療/扉は開くか/
バクテリオシンの長い歴史/牛乳、尿路感染、MRSA/頼りになる仲間
第4章 農薬に代わる天然化学物質
瓶詰めの細菌/大企業が動き出す/リンゴを救うフェロモン/ピンポイントで効くフェロモン/
植物を使った害虫・雑草対策/待ったなしの農業拡大
第V部 遺伝子が世界を変える
第5章 病気に強い遺伝子組み換え作物
深刻な疫病被害/遺伝子組み換えの議論はつづく/突然変異からイオン化放射線、遺伝子組み換えへ/
新たな旗手、シスゲネシス/自然に近づく技術革新
第6章 次世代のワクチン
髄膜炎の脅威/我々の免疫システムは最強である/多くの命を救ってきたワクチン/
ワクチンへの不安と期待/進化をつづけるワクチン開発/ワクチンをデザインする
第W部 敵を知る
第7章 新たな農業革命
疫病の惨劇/微生物学の夜明け/廃れていく植物病理学/農業知識の普及はスマホから
戦争と高速計算
第8章 診断の未来
まず出される抗生物質/迅速な検査/DNA検査の進歩と弱点/診断は暗号で/道半ば
エピローグ
註
索引
訳者あとがき
これは、1つの解決策についての本である。2年前、私は現代農業と医学の問題点について、ある講演を行った。この講演では、病害虫と病原体が、農薬と抗生物質に対する抵抗性を発達させることによって、薬がしだいに効かなくなっていることについて述べた。講演後、1人の聴衆が「それでは、どうしたら良いのでしょうか?」と尋ねた。私は肩をすくめて、「あまり使わないことです」と答えた。聴衆の中に小さな笑いと、私が次に何を言うかを待つひと時があったが、私は、それ以上何も言うことが出来なかった。私たちは薬効範囲の広い抗生物質なしに、いかにして病気を治すことが出来るだろうか? あるいは、出来るだけ農薬を使わずに作物をいかに守ったら良いのだろうか? この本は、私がこうした質問に答えようとするものである。
前世紀に、化学物質が食料の増産と病気の防御に大きな役割を果たしてきたことはほとんど疑いがない。農薬と肥料は(その他の農業慣行と共に)農業生産者が生産量を莫大に増やすのを助けてきた。一方で、アメリカでは、生産されたすべての食料の約40パーセントが捨てられている。また、私たちは美しい、傷のない果物が1年中、手に入ることを期待する。同様に、私たちは抗生物質の奇跡に慣れて育ってきた。抗生物質が現れる以前には感染症――髄膜炎からレンサ球菌とブドウ球菌に至るまで――が、しばしば死に至る病であった。しかし、ペニシリンは数えきれない命を救った。そしてそれが失敗した時には、もう1つの抗生物質がこれにとって代わった。今、私たちは、ちょっと咳が出ただけでも医師に抗生物質を処方してもらおうとする。
私たちの大部分が今日生きているのは、これらの化学物質が病害虫と病原体に対して闘ってくれたおかげである。それは、一時的には働く。そのあと、薬剤への抵抗性と、病害虫と病原体がいなくなったことによって発生する日和見的な[条件によって発病したり、しなかったりする]病気と、思いもかけない副作用が現れる。ある若者は、彼の正常な腸内微生物相を打ち負かす薬剤抵抗性病原菌の感染に悩まされつづけている。また、最近では、アイルランドの飢饉の原因となったジャガイモ疫病菌の殺菌剤への抵抗性が増している。競争力の強い雑草が作物を閉め出している。そしてよく使われている農薬が有益な昆虫までも殺している。このように信用を失った20世紀の農薬をいかに取り替えるべきか。あるいは、私たちの大部分が必要な時に、抗生物質がいつでもあるようにするには、どうしたら良いだろうか。
幸いなことに、独創的な戦略が生まれつつある。遺伝子操作のような21世紀の科学はもちろん、便の移植のような古代の習慣が、必要性と技術の進歩によって新たに導入されている。多くの戦略は、古い時代の敵に対する私たちの最良の味方として自然から借りてくることが出来る。細菌に感染して、これを殺すウイルスがある。ある作物は植物病原体を防ぐ健康な微生物群を作り出す。私たちが持っている自然の防御システムを、より良く刺激するように遺伝子組み換えされたワクチンがあり、近縁の植物から借りてきた遺伝子で病気に抵抗性のあるように遺伝子組み換えされた作物がある。昆虫フェロモン――自然にある極めて特異的な化学物質――を放出することによって、幼虫が果物や木の実を害する蛾の、成虫の性的行動を誤らせることが出来る。そして、ある細菌は新しい種類の選択性の高い抗微生物剤――病原体を殺すが私たちの腸内の微生物群は損なわない――を提供する。数千ではないにしても、数百の楽観的な戦略がある。私は、そのうちから一握りを選んでここに紹介したい。
私たちはまた、医学的解決と農業的解決を同じように理解することが出来る。それは、人と植物は実際に多くの共通点を持っているからである。私たちが食物、環境、あるいは人びとの健康のいずれについて語るにせよ、それらは共通の生物学的、環境的要素にもとづいている。人から人への便の移植は、畑の土壌微生物群の働きを助長することとほとんど違いがない。細菌に感染するウイルスは人においても畑においても有用であり、天敵を用いるという意味では同じである。そして、私たちが保護するのが子どもか作物かにかかわらず、1オンス[28.35グラム]の予防は1ポンド[453.6グラム]の治療よりも価値がある。多くの場合、病院での革新的な手段は畑においても革新的な手段となる。そこで、私はこの本の中で2章ずつをセットにした。すなわち、1つの章で病気の治療における解決法を探求したあと、次の章で農業における病害虫の解決法を述べた。私はそれらを並べて考えることが有効だと考えている。あまりにも長い間、私たちは自身を自然環境から切り離して考えてきた。私たちが私たちの食物と健康のために自然に対抗するのではなくて、自然と共に生きようとする時、私
たちは難問を解決することになるだろう。
この本を書く過程で、私は科学の最前線の研究を探し出した。それらは、生態学の複雑さについて理解が深まってきた証である。ウイルス学と細菌学における新しい進歩はもちろん、ゲノム学からコンピューター生物学まで、農薬と抗生物質を減らすことが期待できる研究がいくつも見つかった。そこで、この本は1つの警告に達する。これらの方法のあるものは、私たちの食物と薬を救うであろう。しかし他のものは失敗するであろう。この本の原稿を最初に読んだ1人の読者は、新しい技術はしばしば逆発[火器の暴発]し、科学に対する公衆の信用を寸断するだろう、と私に警告した。「それは、株式市場のようなものですよ。これは大変素晴らしいと、あなたは言うでしょう。それが、のちにはとんでもない失敗となるのです。1つの良いアイデアは畑や病院で行き詰まるか、市場に出すことは出来ないでしょう」。私が有望な研究開発について書くのは、それが最良のものであるというのではなく、科学的工夫の実例を提供しようとしているのである。これらの方法の中から、あるものを選り分けようとしているのではなく、あるワクチン、あるいは自然の農薬、あるいはプロバイオティクス[人体
に良い影響をあたえる微生物]が確かに効くことを示すものである。これが科学というものの性質であって、それは、うち立てられ、正され、そして前進する。私たちは要求が実現する世界に住んでおり、また私たちは常に新しい奇跡的な治療を求める。しかし、科学はそのようには働かない。1つの新しいワクチンだけが私たちを救うことはない。すべての新しい自然の農薬もそうである。この本はすべてを有機栽培にしようとするものではない。また、抗生物質による処置を否定するものでもない。そのかわりに、一歩一歩進み、私たちの化学物質漬けの過去から離れて、自然ともっと調和する未来へと進もうとするものである。
これらの自然の防御――微生物群を維持することから、ウイルスを役立てることへ、また昆虫の感覚を混乱させることまで――について私は楽天的であり、その考えを読者と分かち合いたい。私たちは、もはや、私たちに何が出来るか? という質問によって難しい立場に追い込まれることはないであろう。病原体と病害虫を処理する、より良い方法が確かに存在する。私たちの合成化学物質への依存を減らすために、そして健康を維持し、作物を育てるために、ある解決法は、現在、用いられつつある。その他のものは明日までは手に入らないかもしれない。しかし、より健康な未来への希望はここにあるのだ。
抗生物質耐性菌に冒された患者が、古代中国で行われていた便の移植で回復する。
昆虫の性フェロモンを使って交尾を妨げ、害虫となる幼虫の発生を食い止める。
これまで、自然と闘う一方だった私たちだが、最新科学を駆使して自然の持つ潜在能力を最大限活用すれば、抗生物質と農薬の使用は減り、人体にも土壌(つまり農作物)にも優しい生活ができる。
世界中の研究者たちによる最先端の取り組みに、希望を見いだす、ベストセラー『土と内臓』と同じテーマを追いかけた話題の本。