| 藤島弘純[著] 2,400円+税 四六判並製 280頁 2017年10月刊行 ISBN978-4-8067-1546-7 オオバコはなぜ農地に侵入しないのか。 ツユクサは雑草になるためにどんな戦略をとっているか。 雑草たちはそれぞれ個性的な種分化(進化)の歴史を抱え、 大地を支えて生きている。 人がつくり出す空間で生きることを選択した雑草たちの生存戦略は? 花・葉・種子などの形態的変化や染色体数の変異をたんねんに読み解き、 地理的・生態的分布から、雑草たちの進化の謎に迫る。 |
藤島弘純(ふじしま ひろすみ)
1933年 愛媛県松山市生まれ。
1962年 愛媛大学教育学部卒業。理学博士。
高校教諭を経て、鳥取大学教授、1999年定年退官。
本書は、中国や韓国の研究者と共同で取り組んできた雑草の種分化の機構を遺伝学的・生態学的に解明する研究の成果をまとめた『雑草の自然史―染色体から読み解く雑草の秘密』(2010年、築地書館)の続編にあたる。
よく目にする雑草が、日本の風土にどのように適応して生きてきたのかを明らかにするとともに、雑草がもたらす豊かな自然を概観する。
はじめに
序章 雑草とはどんな草たち?
雑草の定義
タイプ1 農地から路傍に広く生える雑草
タイプ2 路傍に生える雑草
タイプ3 農地の作付け面に限定的に生える雑草
「雑草のようにたくましく」は、ほんとうか
雑草とは野草との生存競争に負けた草本たち
オオバコたちが消えた
植物たちの生存競争は熾烈(しれつ)
生きることは、安穏ではない
雑草の起源は
荒地植物の起源
農地と荒地の共通性
狭義の“雑草”の特徴
(1)農地に生える
(2)雑草には光発芽種子のものが多い
(3)短期間に開花し結実する
(4)自家受粉で種子をつける
(5)種子は、いっせいには発芽しない
(6)不定芽を出し、すばやく結実
雑草は地球の救世主
第1章 日本の自然が育てた雑草ツユクサ
――花の形から進化を読み解く ツユクサの花の形を見る
ツユクサの花の形を見る
ツユクサとはどんな雑草?
花の各部の名称
ツユクサの花の変異
花序の観察
花軸の分化
第1花軸はほんとうに花軸なのか
第1花軸に花を見た
なぜ、大切だと考えるのか
第1花軸に苞葉をもった花序を発見
雑草になるための変化を種子に見る
雑草として生きるメリットとデメリット
ツユクサが選択した道
ツユクサたちの生態学――ツユクサたちの種の分化を見る
苞葉に毛をもつツユクサともたないツユクサ
愛媛県産ツユクサの染色体数はプロの研究者の研究結果と一致しない
松山平野のツユクサたち
ヒメオニツユクサという原始的なツユクサ
ほかと異なる2n=44ツユクサを発見
2n=44ツユクサには野草型と雑草型がある
朝鮮半島(韓国)のツユクサ
日本列島で放散的種分化をしたツユクサたち
日本列島での2n=50ツユクサの履歴書
北海道のツユクサの起源
コラム 種子を実らせたい
第2章 オオバコは踏まれて生きる――農道に並んで生える
オオバコは道路わきに並んで生える?
踏みあと群落の構成員
農道の踏みあと群落
オオバコはなぜ農地へ侵入しないのか
在来種オオバコには四倍体(2n=24)と六倍体(2n=36)がある
伯方島(瀬戸内海)のオオバコ
四倍体と六倍体とでは生態的分布が異なる?
ヨーロッパ大陸のオオバコ
ヨーロッパオオバコとセイヨウオオバコ
ヨーロッパオオバコは後発の倍数体(四倍体)が優勢
ヨーロッパでは二倍体が局所分布で四倍体は広域分布
花粉分析から見えてくるヨーロッパオオバコの進化
オオバコの新天地が開けた
日本産オオバコの地理的分布は、四倍体が六倍体よりも優位
在来種オオバコの形態的変異
オオバコの葉の大きさや形を調べてみよう
神社仏閣に生えるオオバコは葉が小さい
矮性オオバコは多種存在するのか?――神社仏閣と屋久島のオオバコ
神社仏閣の矮性オオバコをDNA解析する
矮性オオバコは人家の庭にも生きていた
屋久島の山岳に生きる矮性オオバコ――ヤクシマオオバコ
屋久島固有種の分化は、どのようにして起こったのか?
セイヨウオオバコ(2n=12)が日本列島へやって来た
在来種オオバコは、なぜ外来種のセイヨウオオバコに似ているのか
失敗は成功のもと 異質倍数体(AABB)
同質倍数体(AAAA)
オオバコの遺伝子解析
コラム オオバコの花は雌性先熟
コラム 日本の植物によく似たハイカラさんたちがやって来た
第3章 スイバには雄株と雌株がある――日本の学術研究に貢献した雑草
スイバという雑草――その地理的分布
日本列島での分布
スイバの生活史
スイバ群落の消長
スイバの近縁種
ままごと遊びの材料に
スイバには雌株と雄株がある
花びらを散らさない雌花
雌雄異株の植物
スイバの染色体
染色体の数は種ごとに決まっている
スイバの性染色体の発見
性染色体が見つからない
大正末期から昭和初期頃の染色体観察の技術
現在の観察技術でスイバの性染色体を見てみよう
核型とは
スイバの染色体数は雄株が2n=15、雌株は2n=14
初期の核型研究
中期の核型研究
韓国産スイバの染色体
ヨーロッパのスイバの染色体――イギリス・スコマー島のスイバ
スイバの性染色体
スイバにはY染色体が二個ある
Y染色体とY染色体の判別(1)
Y染色体とY染色体の判別(2)
Y染色体の異常凝縮
Y染色体の形態的多様性
Y染色体の一部がX染色体へ転座
生化学的識別
分子生物学的識別(1)
分子生物学的識別(2)
植物の性――スイバを例にして
スイバは雌株が多い
スイバの性比を調べる――松山(愛媛県)・高知(高知県)・鳥取(鳥取県)
調査地での性比は安定しているか
ヨーロッパでもスイバ集団は雌株が多い
コレンスの仮説――競争受精
コレンスの仮説とは
コレンスの行った検証実験
コレンスの実験を追試する――少量受粉と大量受粉
追試の結果
スイバの生育環境で集団内の性比は変わる
農道法面での調査
草地、農地、海岸砂丘の三集団間で性比を比較
スイバの性表現は、性染色体と常染色体との共同作業
染色体から見たスイバの性決定
野外で見る間性個体
田舎のあぜ道でスイバを見る――種分化的な見方
コラム 種子を花びらで包んで見守るスイバ
コラム スイバの性染色体発見の裏話
コラム 「科学的」という言葉の魔術――染色体の観察技術を例にして
コラム スイバの穂や葉を観察しよう
第4章 ニガナは草原の植物――氷河期を生きた
ニガナと呼ばれる植物
ニガナの分布
ニガナの仲間たち
太古の自然が日常性の中にある日本の自然
ニガナやハナニガナを探す
イソニガナの自生地は限定的
形態分化のあいまいさ
形態が変わるニガナたち
花弁数の変異
染色体数の変異
染色体数は2n=14、21,28
三倍体ニガナの不思議
三倍体植物の特徴
ニガナとハナニガナは別系統の植物か?
形態分類学上の位置づけ
"ニガナとハナニガナの関係を再考する"という歴史的な話
核型のデータ解析を省略できないか?
花粉粒の大きさを調べる
花粉粒の倍数体調査でわかったこと
ニガナやハナニガナで明らかになったこと
(1)外部形態からは種を分別できない
(2)茎葉の形態がニガナとハナニガナとは異なる
(3)人工雑種の作出実験でわかったこと
ニガナ類では三倍体(2n=21) が最多なのはなぜ?
日本のヒガンバナは99%が三倍体
ニガナの三倍体が種子をつけるのはなぜか
無配生殖をする
ニガナ類の核型は、種間でたがいに類似している
ニガナ類の共通祖先は、どんな核型をしていたのか
ハナニガナの2n=21および28の核型
ニガナ類(ニガナ属ニガナ群) の種分化
日本の高山に隔離分布するニガナ類
倍数体の派生
外部形態の分化
ハナニガナと呼ばれるニガナ植物
イソニガナとハナニガナの進化
イソニガナとハナニガナの関係を分子生物学的手法で解析
コラム イソニガナの他家受粉のメカニズム
第5章 日本のキツネノボタンの祖先植物がジャワ島に生きる
――氷河期に大陸から日本列島へやって来た雑草
日本列島での地理的分布
ジャワ島で発見された日本と同種のキツネノボタン
日本列島でのキツネノボタン四サイトタイプの地理的分布
キツネノボタンは松山型が祖先型?
キツネノボタンの核型、ユーラシア大陸と台湾では異なるか?
朝鮮半島産キツネノボタンは唐津型
中国本土や台湾のキツネノボタン
中国本土産キツネノボタンの核型は牟岐型と小樽C型 スンダイカス(ジャワ島産)という雑草がやって来た
ジャワ島に生えるキツネノボタン(牟岐型)――スンダイカス(キンポウゲ科) の染色体を見た
ジャワ島に生えているスンダイカスと呼ばれる雑草
冬の雑草キツネノボタンが赤道直下ジャワ島に生きていた
キツネノボタンとスンダイカスとの関係――細胞遺伝学的検証
スンダイカスの染色体はキツネノボタン牟岐型と等質
日本列島でのキツネノボタンの種分化を再考する
キツネノボタンは日本列島で跳躍的に種分化し、そして適応放散した
海洋島的な大陸島、日本列島の自然
日本列島へ人類がやって来た
ヤマキツネノボタン(有毛型キツネノボタン)からキツネノボタン(無毛型)への変身
第6章 雑草から野草に帰り咲いた植物
――屋久島の矮性植物ヒメウマノアシガタ
固有種の種分化
屋久島の固有種は母種との間に生殖的隔離が成立していない
ヒメウマノアシガタの誕生
ヒメウマノアシガタの種分化
ヒメウマノアシガタとウマノアシガタ
外部形態の比較
葉形にネオテニーを見た
花期を比較する
細胞遺伝学的な視点から
体細胞で染色体を見る
染色体の遺伝学的相同性
ウマノアシガタとヒメウマノアシガタの関係――屋久島での種分化
第7章 踏みあと群落の代表種、スズメノカタビラ
スズメノカタビラとはどんな植物か
どこにでも見られる雑草、スズメノカタビラ
よく似ているツクシスズメノカタビラ
両種の分布
外来種のツルスズメノカタビラが生える
多年草のスズメノカタビラ
ツルスズメノカタビラが生える場所
砂丘の大地の救世主だった外来種
第8章 雑草を考える――田んぼの自然が変わった
森林の思考と砂漠の思考
日本人の思考
合理の思考は田んぼを変えた
小さい農業と大きい農業
小さい農業が内包する農地の永続性
小さい農業の消滅
農業の機械化と圃場整備
労働時間の短縮
農地の構造的変化
動物相や植物相の変化
田んぼの小動物や雑草が消えた
外来種がやって来た
消えた赤トンボ――植物相の変化が与える動物相への影響
失われた田んぼのさまざまな機能
田んぼ植生の単調化は危険
おわりに
引用・参考文献
田んぼや畑、道ばた、公園などに、さまざまな雑草が生える。こうした雑草たちは、人にとっては不快だし、農作物には有害だとして抜き去られ、除草剤で排除される。雑草を防除する話は多いが、雑草を育てるとか保護するといった話はあまり聞かない。人の生活圏に生える雑草たちは、ほんとうに、この世には不要な、人の生活環境から排除してしまってよい草本たちなのだろうか。
今から50年ばかり昔の話になる。はじめて、道ばたや田畑の雑草たちが、除草剤で壊滅的に枯死している姿を見て、こんなことができるようになったのかと、驚いた。除草剤のおかげで農作業は除草という重労働から解放された。小川や水路がコンクリートで固められ、水草や雑草たちが排除された。その一方では、公園や道路の斜面に外来種の芝草が青々と茂った。
雑草たちの生きる姿を、細胞内にある染色体(遺伝子の集合体)と呼ばれる構造物を手がかりにして追いはじめた。1962(昭和37)年からであった。そして明らかにできたことの一つは、雑草たちも山野に生きる野草たちに劣らず、個性的な種分化(進化)の歴史を抱えて生きている、という現在から回顧すればいたってあたり前の、しかし普遍的な事実であった。その一部は『雑草の自然史―染色体から読み解く雑草の秘密』(築地書館)にまとめた。本書は、その続編である。
田んぼや畑、里山に目を転じると、この半世紀の間に日本の田んぼや周囲の景観は、すっかり様変わりした。日本在来の雑草たちや小動物たちの多くが、地域の日常的な自然から数を減らしたり、姿を消していった。アブノメ(ゴマノハグサ科)やサデクサ(タデ科)のように、地域によっては見ることのできなくなった雑草たちは数多い。田んぼの水路のどこにでもいたメダカが、いつの間に絶滅危惧種に指定されるほどに激減していた。田んぼでドジョウも見なくなった。その一方で、甲長が30センチメートルもある大きな外来種のカメが人里の小川や水路を遊泳闊歩し、ため池で甲羅干しをする姿を見るようにもなった。
地球が太陽系という小宇宙に誕生したのは45億年前、それから10億年という途方もなく長い時間を経てやっと、この地球に「生きもの」らしきものが芽生えたという。
生命の誕生後も地球環境は徐々に変化を重ね、生きものたちの栄枯盛衰がくりかえされた。原始の生命誕生から30数億年という悠久の時を経てやっと今、われわれが目にする多様な生きものたちが生きる地球ができあがったと、古生物学者たちはいう。しかし一方で、人類の過剰とも思える自然破壊で、多数の生物種が地球上から消えていく事実に対し、生物学の研究者たちの多くは愁眉の念を禁じ得ないでいる。
人類の農業?開発は、森林破壊の道でもあった。しかし一方で、農地という人的に造成された環境に生きるさまざまな動植物を誕生させた。
本書では、私たちの身近に生きるオオバコ、スイバ、ニガナ、そして屋久島の固有種ヒメウマノアシガタ、ジャワ島に生きるスンダイカス(キツネノボタン)など計7種をとりあげた。雑草たちの種分化という歴史性の中に、野草たちとは違った立場から地球の大自然を支えて生きようとする雑草たちの姿を、生態学と呼ばれる切り口とは少し異なる側面を話題の中心におきながら、彼らが生きていこうとする懸命な姿を紹介していきたい。雑草の一つ一つが、個性的で深淵な進化の歴史を内包して生きている。
スイバの章では、日本の自然科学の黎明期(大正から昭和初期)にあって、スイバを研究材料にして欧米の研究者たちを睥睨(へいげい)して生きた日本人研究者のエピソードを挿入した。
私たちは日常性のみでなく、科学研究の分野においても雑草たちから思いもかけない恩恵を受けている、と私は思っている。
本書はどの章からでも読むことができる。興味のあるところから、掲載された写真を眺めて読みすすめていただければ幸いである。なお、写真は一部を除き、著者のオリジナルである。
人間の生活や農業に寄りそって生きてきた雑草を研究して50年の著者が、ほ場整備事業を2010年に完遂した日本列島の風景から見たものは何か。
生物地理学、染色体、形態変化から、オオバコ、ツユクサ、スイバ、ニガナ、キツネノボタンといった身近な雑草たちの進化の道筋をたどり、日本列島に住む我々の自然観の源流にまで説きおよぶ全8章。
詳しい目次を別掲しているのでご覧ください。
各章が独立しているので、どこから読んでも雑草たちの生き様の深さが読み取れる構成です。