| スティーブン・バックマン[著] 片岡夏実[訳] 2,200円+税 四六判上製 232頁 2017年8月刊行 ISBN978-4-8067-1542-9 子孫を残すため、花が昆虫に花粉を運ばせる秘策とは? 人は花本来の姿をどのように操作してきたのか? 植物の生殖器としての花がたどった進化や花粉媒介者とのかかわりから、 多様な花の栽培技術やグローバルな流通・貿易事情の歴史まで、 花をめぐる科学と文化のすべてがわかる。 姉妹本『感じる花』も同時刊行。 |
スティーブン・バックマン(Stephen Buchmann)
アメリカ、アリゾナ州在住。アリゾナ大学生命科学学部昆虫学・生態学・進化生物学の兼任教授で、
ミツバチを専門とする受粉生態学者。ロンドン・リンネ協会フェロー。
著書に『The Forgotten Pollinators(忘れられた受粉媒介者)』『Honey Bees(ミツバチ)』など多数。
片岡夏実(かたおか・なつみ)
1964 年神奈川県生まれ。
主な訳書に、デイビッド・モントゴメリー『土の文明史』、トーマス・D・シーリー『ミツバチの会議』、デイビッド・ウォルトナー= テーブズ『排泄物と文明』、スティーブン・R・パルンビ+アンソニー・R・パルンビ『海の極限生物』(以上、築地書館)、ジュリアン・クリブ『90 億人の食糧問題』、セス・フレッチャー『瓶詰めのエネルギー』(以上、シーエムシー出版)など。
まれに見る良書だ。本書は綿密さと科学的な正確さをもって対象を取りあげ、歴史と文化とを織りまぜ、詩的な感受性で描かれている。
──エドワード・O・ウィルソン、ハーバード大学名誉教授
多作で情熱的な送粉生態学者であるバックマンは、花びらをはがして花栽培の魅惑的な側面をあらわにする……。私たちの五感を楽しませる多種多様な花について、徹底的な調査とよどみのない筆致で、微に入り細にわたって描いた面白くわかりやすいバックマンの著書は、花の愛好家すべてにとって恵みである。
──『ブックリスト』
花に理由があるのだろうか? 本書で、スティーブン・バックマンは、花は美しさと香りのためだけにあるのではないことを私たちに気づかせる。花は小さな化学工場であり、無線信号所であり、芸術家のインスピレーションの源であり、そしてもちろん、地球上に生息するもっとも重要な生き物たちの餌でもある。ひと言で言えば、花は世界を動かしているのだ。スティーブン・バックマンは、まばゆくも複雑な花の世界に魅せられた、天才的なストーリーテラーであり、好奇心旺盛な科学者だ。この素晴らしい本を読めば、あなたもそうなる。
──エイミー・スチュワート、『ニューヨークタイムズ』ベストセラー Flower Confidential 著者
今、この魅力的なガイドブックによって、古代の埋葬に始まり現代の生け花、シェフと食用花、モネの藤と花園、定番の香水に入ったジャスミンとバラの香油、シェークスピアのソネットとローリングストーンズまで、花と人がいかに頼り合っているかを私は知った。本書は、花が与えるインスピレーションを魅力的に織りなした本だ。バックマンは、私たちの食卓に並ぶものの3口に1口を作り出すミツバチなどの花粉媒介者から着想を得て、その野外での性生活に関する物語を紡いだのだ。
──マーク・W・モフェット、『アリたちとの大冒険』著者
美的には、花は私たちの生活を豊かにし、感情を象徴する。しかしそれが自然界で果たす機能は、人類にとってさらに重要だ。この魅力的な本書でスティーブン・バックマンは、花が存在することの多様な側面と昆虫などとの相互関係を、読者の前に生き生きと描き出し、花がどのように進化し、この世界でどのような役割を果たしているかを教えてくれる。
──ピーター・H・レイブン、ミズーリ植物園名誉園長
訳者まえがき
序章
第1部 生殖と起源
第1章 気を引くための技法
私は誰でしょう?/花の進化/花の秘密/重複受精という戦略/花の報酬――鳥やハチに何を与える?/花の香り――野外の香水/触覚のメッセージ――微小な点字を読む花粉媒介者/ハチは止まった花から充電されるか?/色彩の誘惑――色素と光の絵画/虹よりもカラフル――見えない色の隠れた世界/ライト、カメラ、(すばやい)アクション
第2章 花とその祖先
花の登場以前/裸子植物――裸の種を持つ植物/地球最初の花粉媒介者/ダーウィンの「忌まわしき謎」/粘土に閉じ込められたもの、琥珀に埋まったもの/最初の花/大きいことはいいことか?──その他の進化論的疑問/初期の花の訪問者たち――甲虫、ハエ、ハナバチ、そしてあれこれ/最初のハチ/現代──どこにでもある花
第3章 花粉媒介者たち
ランとそれに関わるハチ/花粉媒介者としての甲虫/ハエの魅力/罠を仕掛ける花とその獲物/ボルネオの腐肉花/狩りバチ/美しき不器用者/闇夜の翼/ダーウィンの予言/触手を持つガ/でもやはりハナバチが世界の花粉を運ぶ/ハナバチの経済──3口に1口/うなる翼/蜜食コウモリ、フクロミツスイ、ハネジネズミ/ベゴニアの中のトカゲ/花粉媒介者としての人間
第2部 花を育てる、品種改良する、売る
第4章 趣味の庭園今昔
アフリカを出て/世界最古の庭/古代中国の庭/庭園の神と女神/灰に埋もれた花──ポンペイとヘルクラネウムのローマ庭園/アステカのマリーゴールド/メキシコシティの浮かぶ庭園/天国の庭園/日本庭園/ローマ滅亡以降のヨーロッパ庭園/アメリカの愛国庭園/飽きっぽい庭師
第5章 永遠の花
花と埋葬/死者への敬意か神の鎮撫か/花束、ミイラの花輪、花の首飾り/ハスへの情熱/バリ島の花/花の「改宗」/道ばたの記念碑の花/ビクトリア朝の葬儀の習慣/現代アメリカ人の死に方──花と死にゆく人々
第6章 人が創った花
植物の性の発見/罪深き雑種──Xの烙印/人気投票/世界一高価な花/長寿と繁栄を──切り花の命/花持ちのいい花を作る/ロサンゼルス・フラワーマーケット訪問記/現代の品種改良/観賞用植物の品種改良の現在/瓶の中の遺伝子は解き放たれるか?/小さな黒い花/聖杯探求──世界で最初の青いバラ/園芸家と花粉媒介者への警告/最高のイリュージョンに勝利あれ
第7章 ジャンボジェットで届く花
赤道へと移る花の栽培/ジャンボジェットで到着/春の花を求めて/ダッチ・コネクション――世界の花競り/二億本の赤いバラ/環境に優しい花/花栽培の未来
付録1 花に関する統計
付録2 切り花の世話のしかた
付録3 野草と花粉媒介動物保護団体のオンライン情報源
註・参考文献
写真クレジット
事項・生物名索引
多くは夜明けの曙光とともに開き、あるいは日が高くなるにつれその美しさをあらわにする。またあるものは暗くなってから、あえかな花びらを高価なプレゼントのように広げ、煌々たる月光の下、愛する客の到来を待つ。
私たちはそれを、花という名で知っている。それは自然の広告であり、その美と報酬で通りすがりの昆虫、鳥、コウモリ、人間を引き寄せ、繁殖を手伝わせる。庭で、家で、職場で、公園で、公共空間で、原野で、その姿、色、香りのすばらしさに親しんで、私たちは変わる。さらに重要なのは、花は私たちに食べ物と服を与えてくれることだ。その実と種は世界の72億人を飢えから救う。花は、私たちの過去を、明るい未来への希望とともに象徴する。
有史以前、すべての文化は花を集め、利用し、賞賛した。それは実利的な目的だけでなく、花のとらえどころのない香りと、はかない姿のためでもあった。それは、逆説的に生命力の再生と、そして永遠性すらも象徴したのだ。
繁殖行動を活発にし、種子をばらまくために、花は私たちの心を奪い、文明のすべてを利用してきた。私たちは贈り物として、さまざまな成功や日々の出来事を記念して、花を贈答する。花はゆりかごから墓場まで私たちに寄りそう。スパイスとして、飲食物に風味をつける。私たちはその繊細な香りを収穫して調合し、目玉が飛び出るほど高価な混合物に仕立て、身体を香らせて情熱と関心をかき立てる。なかにはあらゆる目的に使われる布地を生み出すものもある。たとえば、受粉した花の子房内から発達した、綿の実のまわりを覆う有益な繊維がそうだ。
花は、最初期の芸術家、作家、写真家、科学者を刺激し、今日なお、街角で、花屋で、農家の直売所で、書物、絵画、彫刻、商業広告の中で刺激し続けている。それはわけなくインターネットに移行した。私たちのヒト科の祖先の暮らしを支える役割を、花は間違いなく果たしていた。だから、もし花が、つまり愛が太古に生まれなかったとしたら、私たちはここにいないかもしれないと言っても、おそらく過言ではない。
すっかり花の虜(とりこ)になった私は、庭の花々や、少年時代を過ごした家に近い、藪に覆われた渓谷に咲くカリフォルニアの野草のような、自然の無限のパレットを観察した。私が飼っていたミツバチは、花蜜と花粉という報酬を求めて花々を訪れた。ミツバチは花粉を餌とし、花蜜を黄金色の濃厚でおいしい蜂蜜に変え、それを私は朝食の熱々トーストにかけた。子どもの頃の私は、野の花に来るさまざまな種類のハチを見つけて観察することに熱中し、カリフォルニアの原野を探しまわった。私はハチに導かれ、花の咲く植物に生涯を捧げることになった。
送粉生態学者として、昆虫学者として、私の研究キャリアは花と花を訪れる動物を対象にしている。35ミリフィルムを使って花の銀塩プリントを作ることには、10代の頃から興味を持ち続けてきた。今では35ミリのデジタルカメラとクローズアップレンズを抱えて花と花粉媒介者の写真を撮っている(その中から気に入った花の肖像を選んで、本書に掲載した)。
ハチの本を書いたとき、次は違う種類の本を出す必要があることに気づいた。有史以前からすべての大陸と文化にわたって、人類が花に夢中になり、思いつくあらゆる目的と楽しみのために花を利用してきた歴史をたどる本だ。花については、私たちが理解できていないことがたくさんある。人間の営みに果たす役割については特にそうだ。なぜ花は人を幸せにし、元気づけるのか。多くの人々が、花は私たちの身体と心を癒すと主張している。
花、動物、人類の隠された世界に、あなたは旅立とうとしている。空腹のハチやハチドリのように、そしてまた育種家、花農家、切り花輸入業者、花生態学者のように見て、匂いを嗅いでほしい。鉢植えと切り花の世界的な生産、流通、販売の産業と経済を、私たちはともに探索することになるだろう。
本書を読むときには、一輪の花を、あるいは色とりどりの花束をそばに置いてみるといいだろう。私たちがともに歩む発見への道に同行する植物の美の女神として。
本書の著者、スティーブン・バックマンは送粉生態学者、つまり花と花粉媒介者(ハチ、チョウなど花粉を花から花へと運ぶ動物)の研究者で、アリゾナ大学の昆虫学科と、生態学・進化生物学科で兼任教授を務めている。本書第一部では、花が花粉媒介者を呼び寄せ、効率よく花粉を運ばせるための戦略、また花粉媒介者と花が互いに影響し、共進化を遂げてきた歴史が、興味深く描かれている。
しかし、私たちがほぼ毎日、何気なく見ている花には、それ以外にさまざまな側面がある。自然界での重要な役割の一方で、人類の歴史とも深い関わりを持ち、それはやはり時代により、地域により、多様な変化を遂げた。ほとんどの文明は、太古から葬儀、祭儀に花を使い、庭園を作って花を植えてきた。花は医薬品や香水、料理などに利用され、商品として取引されて経済に影響を与える。そうした幅広く、奥深い要素を、バックマンは一冊に網羅した。
本書はバックマン著『The Reason for Flowers』の前半部分にあたる。原著は一巻だが、邦訳出版にあたり上下巻に分冊し、上巻を『考える花』、下巻を『感じる花』と題して、独立した本として読める体裁に編集した。
本書では、著者の専門である花と花粉媒介者の生態学、庭園や儀式の人類史、花の品種改良、国際取引について扱っている。『感じる花』では食材としての花、香水、花が持つ文化的メッセージ、文学・芸術の題材としての花、花と科学、花の医療への応用をテーマとしている。関心のあるほうから、あるいは片方だけ読んでも結構だが、できれば本書のあとで『感じる花』を読むと、花の世界をさらに深く理解できるだろう。
植物が花を咲かせる目的は、後世に子孫を残すこと。しかし彼らは一度芽生えた場所から動けません。
それではどのようにして繁殖するのか――花を使って、花粉媒介者を呼ぶのです。
そのために植物は、色や形、香りや蜜の有無など、さまざまな技巧をこらして花を作ります。
花に惹かれるのは昆虫だけではありません。
我々人間も、綿花から取れる綿で糸を紡ぎ衣服を作り、珍しい味のする食品としても扱うなど利用は多岐にわたります。その美しさに魅了され、絵画や文学で描くのみならず、17世紀にオランダで発生した世界初のバブル経済である「チューリップバブル」や、現在の栽培から物流までの巨大ビジネスである生花産業の実態まで、詳しく描いています。
本書では美しく、したたかな花の生態と、それを利用して暮らしを豊かにしてきた人類の文明の発展を、花粉媒介者を専門とする著者ならではの視点で描いたユニークな本になっています。