後藤三千代(ごとう・みちよ) 1967年、東北大学農学部卒業。農学博士。元山形大学農学部教授。 現在、山形大学農学部客員教授。専門は昆虫環境生理学、カラスの生態学。 約30年にわたって山形県でカラスの問題に取り組み、徹底的に生態を研究。 繰り返される電柱営巣は、人間の対処法に原因があることを突き止める。 著書に『ヒエという植物』(分担執筆、2001年、全国農村教育協会)、 『休眠の昆虫学』(分担執筆、2004年、東海大学出版会)、 『耐性の昆虫学』(分担執筆、2008年、東海大学出版会)、 『ニカメイガ』(分担執筆、2009年、東京大学出版会)、 『昆虫の低温耐性』(共編著、2010年、岡山大学出版会)、 『地球温暖化と南方性害虫』(分担執筆、2012年、北隆館)がある。
はじめに 第1章 カラスの巣づくり騒動 第2章 電柱に巣を作るのはどのカラス? カラスの一生 春に日本にいるカラス DNAでわかった巣の住人 丸見えの巣 世界地図でみる生息地 第3章 撤去しても減らない営巣数のからくり なわばりの中の巣づくり 営巣活動を動かす環境シグナル 第4章 巣の構造と営巣数増減のからくり 四部構造の巣 巣材からみえるカラスの暮らし 巣材の中の農業廃棄物 第5章 新しい営巣対策 人工巣 営巣対策の出発点 人工巣へのカラスの反応 人工巣利用の手応え 第6章 カラスの置き土産 謎に包まれたアカマダラハナムグリ なぜアカマダラハナムグリはカラスの巣を利用するのか 第7章 カラスと人の新しい関係 撤去を減らして高まる経済的効果 再営巣をなくす道 農業廃棄物で地域活性化 撤去しない巣から始まる生物多様性への道 あとがき 参考文献
カラスが登場する童謡は多いが、特に知られる「七つの子」は春の繁殖期をテーマにしている。 歌詞は「烏(からす)なぜ啼(な)くの」という、疑問のフレーズで始まる。 この歌を作詞した野口雨情は、その答えとして、「カアー」と鳴く言葉の意味は以下のようだと伝えている。 烏は山に 可愛七つの 子があるからよ 可愛(カアー)可愛(カアー)と 烏は啼くの 可愛(カアー)可愛(カアー)と 啼くんだよ つまり「カアー」というのは、カラス語で「可愛い」ということらしい。 この歌は1921(大正10)年に発表され、ヒット曲となったが、それは、この歌に出合った当時の人々が、カラスの親の幼子に対する「可愛い」という情感に共感し、カラスに特別の親しみを覚えたからに違いない。 しかし、今カラスの鳴く声を聞いて、大正時代のように親しみを覚える人はどのくらいいるだろうか。最近では、春という季節は、カラスが電柱に巣を作る警戒時期、ということになっている。この時期、人々は電柱に作られた巣を探しまわり、巣の撤去に明け暮れる。また、営巣により起きた電気トラブルに対し、住民の怒りや苦情もこの時期に殺到する。このようにカラスは厄介者になり、むしろ憎悪の対象になってしまった。 童謡「七つの子」が発表されてから100年近くが過ぎたが、なぜ、カラスと人間は、このような最悪の関係になったのだろうか。 この間の環境の変化はいろいろあるが、カラスが営巣する電柱の本数の増加もその一つだろう。日本全国の電柱数は、この歌が作られた1920(大正9)年頃は約100万本であったが、今や3500万本となり(北原、2010)、約35倍に増えて日本中が電柱だらけと化した。 寺田(1938)は「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増す」と指摘し、人間が推し進めている文明が自然災害を大きくする原因になっていると警告している。 天然の暴威をカラス問題に置き換えて考えてみれば、今日の急激な電気偏重の生活が、電柱数の増大を招くなど、営巣問題を大きくしている背景といえそうだ。このことは、現在起きているカラス問題の解決には、カラスばかりでなく、文明を推進している人間の関わりについても把握し、そのうえで、根本的な対策を立てることが重要であることを示唆している。 私がカラス問題に関わるようになったのは、1990年に鶴岡市の中心市街地でカラスの「集団ねぐら問題」が発生し、住民の方々とその解決に向けて取り組んだのが最初である。その後も山形県各地で途切れることなくさまざまのカラス問題が発生し、カラスの追っかけをしている間にいつの間にか四半世紀が過ぎてしまった。この間、自然と人間社会に両足を置いて生きるカラスの世界をいろいろ見せてもらい、多くのことを考えさせられた。カラスと人間の関係が悪化の一途を辿っている今日、カラスの世界から学んだことを伝え、知ってもらえれば、カラス問題は必ず解決に向かって進むと信じるのは楽天的すぎるだろうか。 本書は、さまざまあるカラス問題の中で、「カラスはなぜ電柱にたくさんの巣をつくるのか」という問いに対して、カラスを追いかけて聞きとった返事を彼らに代わって述べたもの、といえるかも知れない。視点を変えることで長年の営巣問題の解決の糸口になれば幸いである。
「私の研究の指針としている、『基礎的なことが最も応用的である』がまさに具体的に示された内容だと思います」 という桐谷先生のメッセージとともに届いたのが、本書の原稿でした。 2年ほど前から、日本を代表する昆虫学者の桐谷圭治先生から、かつて自分が指導した研究者の面白い論文があるから、出来上がったら読んでください、と言われていたのです。 電柱を管理する電力会社や行政が、膨大なコストとエネルギーを費やして取り組んできたカラスの営巣問題が、著者の30年がかりの研究を凝縮した本書によって解決に向かうかもしれない。 そう考えると、ワクワクした気持ちが止まりません。