![]() | 西野順也[著] 2,400円+税 四六判上製 256頁 2017年2月刊行 ISBN978-4-8067-1534-4 人類の発展は、火とともにあった。 古来、山火事や天災により起こった火は採暖や調理に利用され、 いつしか人の力の及ばない神に重なり、 土器や鉄など暮らしに欠かせない道具を生み出す糧となった。 なかでも鉱物資源の利用は、農業やエネルギー生産など多方面での発展を促進した。 しかし現代において、人口の増加やそれに伴う莫大なエネルギー需要が、 地球環境の悪化を招いている。 先史時代から現代まで、文明を支えた火の恩恵に触れ、未来を見据えた利用を考える。 |
西野 順也(にしの・じゅんや)
1954年宮城県生まれ。
東北大学工学部工学研究科応用化学科博士課程後期修了。工学博士。
石川島播磨重工業(株)(現在〔株〕IHI)に勤務後、宇部工業高等専門学校物質工学科教授を経て、
現在、帝京平成大学健康メディカル学部医療科学科教授。専門は環境化学、環境プロセス工学。
著書に『やさしい環境問題読本――地球の環境についてまず知ってほしいこと』(東京図書出版、2015年)がある。
序章
第1部 暮らしと火
第1章 生活の中の火
火の使い方と炉の発達
日本の炉
灯火
採暖
……暖房器具/住宅
発火法
……古代の発火法/マッチ/ライター
第2章 火と神様
火の神格化
火の神
……日本の神様/囲炉裏と竈
世界の竈の話
……ギリシア/ドイツ/中国/モンゴル/竈の改良
火と宗教
火の儀礼
……火祭り/死と霊/火の習俗
第3章 戦いの火
神災人火
火の武器
……銃器/大砲/火薬爆弾、そして原子爆弾
第4章 ものづくりの火
木炭
土器、陶磁器とガラス
……土器と陶磁器/ガラス
銅と鉄
……銅の製錬/鉄の製錬/古代中国の鉄と製鉄/古代朝鮮の鉄と製鉄/石炭の使用と産業革命
錬金術
第5章 日本の鉄文化
中世以前の鉄文化
……大陸からの伝播/伝説に見る鍛冶/民衆と鉄/鋳物技術/武力への利用
江戸時代の鉄と蹈鞴製鉄
近代製鉄の幕開けと鉄文化
戦争による鉄需要
第6章 エネルギーの火
動力への変換
……産業革命以前の動力/蒸気機関/内燃機関/ガスタービン
原子の火
……放射線の発見/発電
電気への変換
第7章 現代の火と未来の火
現代の火と環境問題
……火の社会的依存/火の利用と環境問題
未来の火
第2部 人類と火
第8章 火の使用と文明化
火の使用の考古学的証拠
……火の痕跡/火を使用した遺跡の広がり/炉の出現/寒冷地への適応/土器の発達
火を使用する前の人類の足どり
……二足歩行を会得した時代/道具の発明と狩猟採集生活の始まり/生活史の改善/脳の発達
火を囲む生活
調理の恩恵
象徴的表現能力の開花
集団の組織化と文明化
火の使用と森林破壊
……都市の発達と森林破壊/中世ヨーロッパの大開墾時代
第9章 日本の先史時代
縄文時代以前の足どり
縄文時代
……食糧/生活様式/住居
弥生時代
……集落/鉄器/墓と葬送/統治の手段としての信仰
古墳時代
……国家の成立/古墳/製鉄/大陸文化の受容
中世以降と森林の利用
終章
あとがき
参考文献
索引
蝋燭の火を見ていると不思議と心が和らいで穏やかな気持ちになる。キャンプファイヤーなどで火を囲んでいると見知らぬ人にも親近感を覚え一体感が生まれる。このような火に対する感覚は、人類が火を獲得してから数十万年という時を重ねる中で私たちの身体の奥底に刻まれたものかもしれない。
人類が住み慣れた森を追われ洞窟生活を始めたのはおよそ300万年前といわれている。それまで祖先は樹上生活をし、雑食だが果実を主食としていた。しかし、ほかの霊長類の進出で次第に森を追われ、草原で木の実や草の実を採集する生活を余儀なくされた。安全な木の上の生活と主食の果実を失った祖先の生活は非常に厳しかったと想像される。地上での生活は肉食獣の襲撃を受けやすい。真っ暗な夜は洞窟の中で肉食獣の襲撃におびえながら暮らしていたことだろう。初めて火を焚いたときの感激はどれほどだっただろう。炎は明るく周囲を照らし、忍び寄る野獣の姿をはっきりと映し出す。火の周りは暖かく身体を温めてくれる。火は私たちの祖先に生きる希望をもたらしたことだろう。
一方、火はすべてのものを焼き払う凶暴さも持っている。狩猟採集生活をする私たちの祖先は山火事に言い知れぬ恐れを抱いたに違いない。しかし、山火事がおさまったあとには思いもよらない恩恵をもたらしてくれた。焼け跡を探索すると、ほどよく焼けた、いつも採集している木の実や草の実を見つけただろうし、逃げ遅れた森の小動物の死骸を目にしたことだろう。焼けた木の実、草の実や肉は生で食べるよりよほどおいしいことに気づいたはずである。また、山火事のあとは草原になり、イネ科の植物がよく生育する。草食の動物はイネ科の植物を好んで食べるので焼け跡には草食動物が集まってくる。祖先は集まってくる動物を狙って狩りをしたに違いない。
このような山火事がもたらす恩恵を知りながらも、祖先が火を手にするまでには洞窟生活を始めてから100万年以上の時間がかかっている。山火事がおいしい食糧を提供してくれることはほかの動物も知っていた。ハヤブサやトビなどの猛禽類は火事の間、逃げようと飛び回る昆虫や小鳥たちを狙って上空で待ち伏せているし、火がおさまればシカやウシなどの草食動物は塩分を含んだ灰をなめようと集まってくる。肉食獣もこれらの動物や焼死した動物の肉を目当てに集まってくる。しかし、火を手にしたのは人類だけである。人類と他の動物の進化を分けたのはなんだったのだろう。
火を手にしても、それを燃やし続けるには、燃料となる木を集めて保存しておくという、将来の火のための迂回的行動が必要になるし、雨や風で火が消えないように、また周りに飛び火しないように、慎重に、用心深く管理しなければならない。一人が昼夜つきっきりで火の番をするわけにはいかないので、火の番をする者、燃料となる木を集める者、食糧を採集する者と集団の中で分担して仕事をすることが必要になる。火が利用されるようになると、火を扱う技術的な進歩だけでなく、物事の認知、判断、予測能力や精神的、社会的な進化を人類にもたらした。
火は食べ物にも大革命をもたらした。加熱した食べ物は消化吸収がよく、身体と脳の発達を促した。さらに、調理した食べ物は軟らかく、咀嚼に時間がかからないので、大型類人猿のように起きている時間の多くを咀嚼に費やすことがなくなり、余った時間を食糧の採集と料理や道具づくりに使うことができた。
やがて、人類は意図的に土地に火を放つようになる。焼畑農業の原始的形態である。森林を計画的に焼き払って草地を広げることで、草食動物を集めて狩りをし、また、新たに育つ植物を食糧とした。土地に火を放つことは、自然に対する人間の使用権の行使であり、投資である。同時に、そこには、土地の使用者と労働者という人間集団の新たな社会関係が生まれてくる。土地の所有をめぐって集団同士の争いも起こってきた。
火を使うことで生活水準の向上と人口の増大が緩やかに進行してきた人類は、1万3000年前、氷河期の終わりとともに定住生活を始め、同時に農耕を始めた。集落はやがて都市へと発展し、文明が発祥した。錫を含んだ銅鉱石の採掘によって青銅の製錬が始まると、犂や車の農耕器具がつくられ、農業生産が飛躍的に向上する。ここにきて火は、照明や暖房、調理といった使い方に加えて、鉱石を金属という別の物質に変換するエネルギーとして用いられるようになる。エネルギーとしての火の利用は科学技術の発展を促し、人の社会を大きく、そして豊かにし、人類の生存の機会を拡大した。
200年前、それまで木材を主力とした燃料は石炭に置き換わり、さらに、火のエネルギーは蒸気機関によって動力に変換された。産業革命である。その結果、大量のエネルギーを投入して物を生産し、輸送することができるようになった。石炭に代わって石油がエネルギーの主力になるとその動きは一層加速され、さらに、石油からさまざまな物質がつくられるようになった。火のエネルギーは電気にも変換され、各家庭に供給されるようになった。街には街灯がともり、夜でも明るく足元を照らす。周りにはものがあふれ、私たちの物質的欲求を満たしてくれる。
生産活動への大量のエネルギー投入は、農業生産にも向けられた。灌漑を整備し、エネルギーを投入して農薬や肥料を生産し、それらを使って食糧が増産された。おかげで多くの人口を養えるようになった。
火を使いこなす過程は、人類の進化と社会の発展の重要な部分を担ってきたし、文化の一要素であることは間違いない。しかし、火と人間とのかかわりはその時代ごとに変化してきた。人類が火を手にした初期、まだ発火法を知らなかった時代、火は苦心して得た貴重なものであった。決して絶やしてはならないものであり、集団で大切に管理された。火は周囲の闇の世界に人間の存在を示し、野獣や悪霊などの危険から守ってくれるものであり、照明、採暖、調理の場であった。火は集団で共用され、集団生活の必要性が増し、火が置かれた場所は集団の結束を固める場であり、団欒の場でもあった。定住生活をはじめ住居を構えるようになると、火は用途によってさまざまに分かれ始めた。同時に、それぞれの火には管理するための社会的な規範やルールが与えられた。さらに、火が土器の製作や金属の製錬、動力、電気に変換するために使われるようになると、社会は一層生産的なものになり、かつ肥大化、複雑化していった。その結果、私たちの生活がより安全で、快適になった半面、火に触れる機会が少なくなってしまった。火は個人が扱い、管理する必要がなくなり、社会の裏舞台で、より高度な技術によって使用、管理されている。
火が私たちの手元から遠ざかるに伴い神様がいなくなった。人類が初めて火を手にしたとき、火の猛威に畏怖の念を抱きながらも、火がもたらす恩恵に神性を感じ、古代世界では火を信仰の対象としてきた。火を用いた儀礼は宗教行事や各地の風習の中に今でも残っている。日本人は長らく人と自然と神は一つの世界で暮らしていると考えていた。火の神、水の神、山の神、竈神、厠神など、日本には八百万の神がいると考えられ、土着的、自然発生的な神が存在し、それらが否定されることなく生き続けてきた。なかでも火の神はその土地に土着し、土地を守り恵みと災いをもたらす土着神として民衆の中に存在し、信仰されてきた。神を迎えるさまざまな季節の祭りや出産、結婚、葬式などの儀礼のときには火が焚かれ、それらを通した信仰は家族や村など、集団の結束を強め、社会的な規範を司っていた。
火を焚く機会が減り、神様が私たちの周りからいなくなるにつれて、集団の結束が弱まり、個人と集団との結びつきが不明瞭になってきたように感じられる。しかし、実際には、私たちは自らの生存を社会に大きく依存している。地震などの巨大災害が起こると、電気やガス、水道、食料の供給が止まり、私たちはすぐに生活に窮してしまう。周りに多くをゆだねながら普段はそれを意識することなく、一人でも生きていけると錯覚してしまっている。個人の生活が優先され、周りへの関心や配慮が希薄になっているのだ。そしてそれは、老人の孤独死や若者の自殺など、社会的弱者の問題が生まれる要因の一つになっている。人は何百万年もの間、集団の中で生きてきた。一人では生きられない存在である。周りとのつながりが見えなくなると大きな不安感を覚え、孤立感を募らせてしまう。個が優先される時代の中で、LINEやFacebookなどのソーシャルネットワークサービスが盛んに利用されるのもそんな背景があるのかもしれない。
今、世界の人口は70億人を超えている。この60年で約3倍に増加した。日本の人口は2008年をピークに減少し、ヨーロッパなど先進国の人口もそれほど増えてはいないが、途上国の増加が著しい。とくにインドの人口増加はすさまじく、現在の12.5億人が2030年には14.7億人になり、中国の14.5億人(現在13.8億人)を抜いて世界一になると予想されている。そのほか、インドネシア、ナイジェリア、エチオピアなど、南・東南アジアとアフリカ地域の人口増加が著しい。
人類はこれからどこに向かっていくのだろう。70億を超える人口を抱えるまでになってしまった人類の活動は地球全体に及び、エネルギー資源だけでなく人類が産業革命以前から資源として利用してきた水、森林、土壌、水産物などの再生可能な資源がその再生能力を超えて消費されている。膨らみ続ける資源の消費と人口の増加は人間社会にとって生命維持の根幹である自然環境に明らかに変化をもたらしている。その変化は気候システムと生物多様性においてとくに顕著で、水や土壌、森林などの再生可能資源にも人間の活動の影響とみられる変化が表れている。地球規模に達してしまった人類の活動と資源の消費はついに空間的な限界に突き当たってしまった。同時に、その限界が人類の生存に影響を見せ始めるのも遠い将来ではなく次世代ほどの近未来である。人類は時間と空間の両面で生存の限界に直面している。
地球の限界という物理的な問題だけではない。火を焚いたときに生成する二酸化炭素によって地球の気温が上昇したり、フロン類など、火を使って人工的に合成した化学物質によって地球のオゾン層が破壊されるなど、その火が逆に人類の生存を危うくしている。ここにきて人類と火との関係が改めて問われている。
人類にとって火とは何だったのだろう。そして、これからどうなるのだろう。先史時代から現代に至るまでの人と火とのかかわりを通して、「人類にとって火とは何だったのか」を改めて問い直してみたい。火が人類にもたらしてくれた恩恵について、人類の進化、文化面、技術面から見つめてみる。さらに、それらを通して、これからの火と人との関係について考えてみたい。
第1部では人と火のかかわりについてまとめた。第1章では照明や暖房など、生活の中で火を直接利用する使い方をまとめた。第2章は火と結びつけられた信仰、第3章では戦いの火と題し、対獣、また対人間の戦いにおける火の使用を見ていく。第4、5章では土器や金属製錬など、物をつくる手段としての火を描く。第6、7章では現代の事情を中心に、エネルギー生産と火の利用をまとめた。
第2部では、そもそも人間がどのようにして火に馴染み、利用するようになったのかを遺跡に残る痕跡やこれまでの生物的な研究から考えていく。第8章では世界規模で、第9章では日本を軸に、火を獲得し、利用するに至った人類史をたどってみたい。