| デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー [著] 片岡 夏実 [訳] 2,700円+税 四六判上製 392頁 2016年11月刊行 ISBN978-4-8067-1524-5 肥満、アレルギー、コメ、ジャガイモ―― みんな微生物が作り出していた! 植物の根と、人の内臓は、豊かな微生物生態圏の中で、 同じ働き方をしている。 マイクロバイオーム研究で解き明かされた人体での驚くべき微生物の働きと、 土壌根圏での微生物相の働きによる豊かな農業とガーデニング。 農地と私たちの内臓にすむ微生物への、医学、農学による無差別攻撃の正当性を疑い、 地質学者と生物学者が微生物研究と人間の歴史を振り返る。 微生物理解によって、たべもの、医療、私達自身の体への見方が変わる本。 ●2019/7/6(土)朝日新聞読書欄「売れてる本」で紹介されました。 筆者は黒沢大陸氏(朝日新聞社大阪科学医療部長)です。 ●2021/4/3(土)朝日新聞読書欄で紹介されました。 筆者は藤原辰史氏です。 |
デイビッド モントゴメリー(David R. Montgomery)
ワシントン大学地形学教授。
地形の発達、および地質学的プロセスが生態系と人間社会に及ぼす影響の研究で、
国際的に認められた地質学者である。
天才賞と呼ばれるマッカーサーフェローに2008 年に選ばれる。
ポピュラーサイエンス関連でKing of Fish: The Thousand ─ year Run of Salmon(未訳2003 年)、
『土の文明史─ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』(築地書館 2010 年)、
『岩は嘘をつかない─地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史』(白揚社 2015 年)の3冊の著作がある。
また、ダム撤去を追った『ダムネーション』(2014 年)などのドキュメンタリー映画ほか、
テレビ、ラジオ番組にも出演している。
執筆と研究以外の時間は、バンド「ビッグ・ダート」でギターを担当する。
アン・ビクレー(Anne Bikle)
流域再生、環境計画、公衆衛生などに幅広く関心を持つ生物学者。
公衆衛生と都市環境および自然環境について魅力的に語る一方、
環境スチュワードシップや都市の住環境向上事業に取り組むさまざまな住民団体、非営利団体と共同している。
本書は初の著書になる。余暇は庭で土と植物をいじって過ごす。
モントゴメリーとビクレー夫妻は、盲導犬になれなかった黒いラブラドールレトリーバー、ロキと共に
ワシントン州シアトル在住。
はじめに――農地と土壌と私たちのからだに棲む微生物への無差別攻撃の正当性が疑われている
第1章 庭から見えた、生命の車輪を回す小宇宙
死んだ土
堆肥を集める
夢にみた庭づくり
夏の日照りと冬の大雨
スターバックスのコーヒーかすと動物園の糞
手品のように消える有機物
花開く土壌生物の世界
5年間でできた沃野
庭から見えた「自然の隠れた半分」旅する胞子
第2章 高層大気から胃の中まで どこにでもいる微生物
どこにでもいる微生物
生き続ける原始生物
遺伝子の水平伝播もしくはセックスによらない遺伝的乱交
牛力発電度
第3章 生命の探究―生物のほとんどは微生物
自然の名前――リンネの分類法
ちっぽけな動物たち――顕微鏡の発見
発酵する才能――パスツールが開いた扉
生命の木を揺さぶる手――ウーズの発見
ウイルスの分類
第4章 協力しあう微生物――なぜ「種」という概念が疑わしくなるのか
微生物の共生
細胞の一部でありながら一部ではない――ミトコンドリアと葉緑体
マーギュリスとグールド
シンビオジェネシス――別個の微生物が合体する
生命の組み立て
第5章 土との戦争
氷期のあとで
光合成の発見
最少律
小さな魔法使い
還元の原則――ハーバーボッシュ法とハワードの実践的実験
化学肥料はステロイド剤
触媒としての微生物
「農業聖典」とアジアの小規模農業
土壌の肥沃度についてのパラダイムシフト
第二次大戦と化学肥料工場
第6章 地下の協力者の複雑なはたらき
土中の犬といそがしい細菌
太古のルーツ
根圏と微生物
食べ物の力
植物と根圏微生物の多彩な相互作用
菌類を呼ぶ――植物と菌類のコミュニケーション
沈黙のパートナー――土壌生態学が解明する地下の共生・共進化
第7章 ヒトの大腸――微生物と免疫系の中心地
がんが見つかる
手術後に考えたこと――がんと食生活
サケの遡上と川の環境
コーヒーとスコーンの朝食
がん予防の食事――ハイジの皿
美食の海で溺れる
食事をラディカルに見直す
食べる薬を栽培する菜園
ヒトマイクロバイオーム・プロジェクト
人体の中の微生物
大腸はなぜ免疫系の中心なのか
第8章 体内の自然
減った病気と増えた病気
免疫の二面性
過ぎたるはなお
二つの免疫
恐れ知らずの探検家
抗原という言語
炎症のバランス
微生物の協力者
共生生物の種
バクテロイデス・フラギリスの奇妙な事例
ちょうどよい炎症
太古からの味方
第9章 見えない敵――細菌、ウイルス、原生生物と伝染病然
ポリオ
天然痘
センメルワイス反射
第10章 反目する救世主――コッホとパスツール
シルクとパスツール
顕微鏡とコッホ
細菌の分離
細菌論のルーツ――培養できる微生物に限定される
奇跡の薬
奇跡の値段
第11章 大腸の微生物相を変える実験
内側からの毒――腸内微生物と肥満
脂肪の二つの役割
腸内細菌相の移植
消化経路――胃・小腸・大腸の役割
ゴミを黄金に――大腸での発酵細菌の活躍
第12章 体内の庭
プレバイオティクス
婦人科医療と細菌のはたらき
糞便微生物移植の効果
穀物の問題――完全だった栄養パッケージをばらばらにする
内なる雑食動物躍
食生活を変えて腸内の微生物ガーデニングを意識する
第13章 ヒトの消化管をひっくり返すと植物の根と同じ働き
自然の預言者
減った栄養素
諸刃の遺産
ミクロの肥料
見えない境界線――根と大腸は同じはたらき
第14章 土壌の健康と人間の健康――おわりにかえて
謝辞
訳者あとがき
キーワード解説
原註
参考文献
索引
農地と土壌と私たちのからだに棲む微生物への無差別攻撃の正当性が疑われている
地球が太陽のまわりを回っていることを発見したときと同じくらい輝かしい科学革命の時代を、私たちは生きている。けれども現在進行中の革命は、巨大な天体ではなく、小さすぎて肉眼では見えない生物が中心だ。相次ぐ新たな発見によって、地下の、私たちの体内の、そして文字通り地球上至るところの生命について、急速に明らかになっている。科学者たちが見つけているのは、私たちの知る世界が、これまでほとんど見過ごされてきた世界の上に築かれているということだ。
歴史を通じて、ナチュラリストは自然の秘密を解き明かすために、生身の目と耳と手に頼っていた。だが自然の隠れた半分に関しては、私たちの感覚が足かせとなって、極微の世界は秘密のベールに包まれていた。最近になってようやく、新しい遺伝子配シークェンシング列解析技術と、より高倍率の顕微鏡が、この世界への窓を開いた。現在科学者たちは、土壌の生産力から免疫系まで私たちが頼っているさまざまなものを、複雑な微生物の群集が動かしていることを認識しつつあるところだ。
微生物の生態の根本的重要性に対する私たちの興味は、まったく思いがけないところから起きた――家にいながらにしての旅から。妻のアンも私も、自然を観察し見きわめるための訓練を受けていた。私は、地球の地形を遠大な年月のうちに形作った地質学的作用の研究を通じて、アンは公衆衛生分野で生物学者と環境プランナーとして働くうちに。
だから家を買い、新居の裏庭を掘り起こして土壌改良の必要があることを知ったとき、私たちの専門知識がフル回転を始めた。まず考えたのが、この最悪の土で庭づくりができるようにするためにはどうすればいいかだ。最初にアンが動き、直感に従って死んだ土に有機物を与えた。たっぷりと。大量のコーヒーかす、木くず、自家製の堆コンポストティー肥茶が次々と地中に姿を消した。するとどうだ、たちまち新しい庭に植物が茂り、すさまじい勢いで成長しだした。
アンが土に入れた、つまらない出しがらのような有機物が、どのようにしてこんなにも早く生命を花開かせることができたのか、私にはわからなかった。この単純な謎こそが、私たち2人を探究の任務へと後押ししたのだ。ほどなくしてわかったのは、微小な土壌生物が有機物をかみ砕いて、新しく成長する植物のためのさまざまな栄養へと変えていたということだ。小さな、目に見えない、ほとんど未知の生物が動かすもう1つの世界があるという考えに、私たちは引き込まれた。しかもその否定しようのない効果は、われわれの足元から上へと拡がってきた。10年も経たないうちに我が家の裏庭は、不毛の荒れ地から生命あふれる庭園へと変わった。
よみがえった土壌の目覚ましい効果を観察していると、人類を悩ませているもっとも古い問題の1つ、つまり土壌の枯渇や破壊を防ぎながらどのように食料を生産するかへの解決策が見えてくる。我が家の裏庭で展開された実験は、初期の有機農家や園芸家の先駆的な洞察を裏付けた。地下の微生物を育てることで、古代の耕作慣行や現代の農薬と化学肥料の使いすぎが引き起こした問題は、多くが解消されるのだ。しかし私たちの旅はそこで終わらなかった。土壌生物は隠された自然の半分の、ごく一部にすぎないことを私たちは知ったのだ。
アンががんと診断されたとき、私たちは健康それ自体への認識に疑問を抱くようになった。それは何に由来するのか? まさにこのときから、人間の体内の微生物を見る私たちの目が変わり始めた。初め私たちは共に、微生物を主に病原体として見る旧来の医学的観点を持っていた。私たちは二人とも、感染症と闘う現代医学の力を経験し、抗生物質によって命を救われたことをありがたく思っている。しかし人間の健康に影響を及ぼしているのは、微生物界の悪者ばかりではない。
微生物に関する最新の発見は、私たちが自分で思っているようなものとは違うことを教えている。このことは数年前、『サイエンス』誌や『ネイチャー』誌で大規模な科学者集団が報告した研究結果により、はっきりと浮き彫りになった。数え切れないほど多種多様な目に見えない生物――細菌、原生生物、古細菌、菌類――が、人間の表面と体内で繁栄しているのだ。そして無数のウイルス(これは生物だとは考えられていない)も。これらの細胞の数は、私たち自身の細胞の数を少なくとも3対1(10対1だと言う者も多いが)で上回り、こうした生物が私たちに何をしているのかは、わかり始めたばかりだ。そして地球は――植物、動物、人間の身体と同様――外側も内側も微生物に文字通り覆われている。数が多いだけでなく、微生物はたくましく、地球上でもっとも過酷な条件にも耐えられる。読者が微生物の刺激的な世界を旅する助けになるように、本書には用語集と註釈、またさらに深く掘り下げようとする読者のために網羅的な文献リストを付録した。
近年の発見を見れば見るほど、微生物が植物と人間の健康維持に果たす共通した役割に、私たちは興味をそそられた。そして私たちは、人間の体表面と体内に住む微生物を指す新しい呼び名――ヒトマイクロバイオーム――を知った。地力を回復させ慢性的な現代病の流行に対抗するのに微生物が役立つことを、私たちは知り始めた。自然のまったく新しい見方を、私たちは偶然発見したのだ。
本書で私たちが話すのは、自然の隠れた半分をめぐって起こりつつある革命についての知識と洞察を明らかにし、両者を結びつけていく過程だ。私たちは多くの科学者、農家、園芸家、医師、ジャーナリスト、作家の仕事に依拠し、そこから引用し、それらを支持している。それは人類と微生物との関係を探究するものがたりだ。目に見えない厄介物と長い間考えられていた微生物が、人間が現在直面するもっとも差し迫った問題のいくつかに取り組む手助けをしてくれることを、今私たちは認識している。
この微生物に対する新しい見方は衝撃的だ――微生物は人間と植物の欠くことのできない一部分であり、そうあり続けていたのだ。こうした見方をすると、農業と医学の新しいやり方を約束する驚くべき可能性が生まれる。顕微鏡規模での畜産や造園を考えてみよう。有益な土壌微生物を農場や庭で培養すれば、病害虫を防除して収穫を高めることができる。医学分野では、人体の微生物生態の研究が、新しい治療法を推し進めている。2、30年前であれば、このような考えは荒唐無稽なものに思われただろう。目に見えない生命自体が何世紀か前にはそうであったように。微生物が健康の基礎であるという科学的知識が明らかになってきたことで、農地の土壌と私たち自身の身体に棲む微生物への、無差別攻撃
の正当性が疑われている。土やからだの中には私たちの密かな物言わぬ仲間がいるのだ。
問題をきっちり区分して自然界を研究することで、そうでもしなければ理解できない複雑な全体像を把握できるのは間違いない。専門化することで科学者は、目覚ましい成功と発見を達成できるようになった。これが作物と人間の病の治療法を探す、普通のやり方だ。しかしここからの見通しは限られており、微生物界と私たちの世界の基礎となる幅広いつながりを隠してしまう。
科学者による科学的発見の書き方や伝え方が根本的に変わったのは、困ったものだ。1世紀前の『サイエンス』なり『ネイチャー』なりを手にした一般読者は、ほとんどの著者が言っていることを理解できる。今日ではそうはいかない。現代の科学業界用語は、大部分があきれるほど退屈きわまりない。特定の研究グループや雑誌をやり玉に挙げるわけではないが、本書執筆のあいだ、私たちはしょっちゅうこんな文章と格闘することになった。
IECにおけるNOD1によるペプチドグリカンの認識は、CCL20およびβ-ディフェンシン3の生産を誘発し、
それによりB細胞の漸増がクリプトパッチ中のLTi樹状細胞クラスターに導かれて、sIgAの発現が誘導される。
ほとんどの読者にはわけがわからないだろう。これは実際の簡潔な科学論文のお手本、指導教授や編集者が推奨し、ときには要求さえするものだ。この1文には1ページ分くらいの情報量がある。しかし、その分野の専門家を除いて、誰がその意味を理解できるだろう? もっと簡単な言葉にすれば、この文が言っているのは、ある種の腸の細胞は特定のタイプの細菌を認識し、この細菌を認識したことで免疫細胞が健康に欠かせない物質を放出するということだ。もちろんそれは、もっと細かいこと、例えば特定の分子や関係する免疫細胞の名前といったものも伝えている。しかしときに、細部を明確にすることで、全体として言いたいことがぼやけることもある。そしてマイクロバイオームを深く探究するほど、微生物の生態が人類の繁栄と環境にどれほど関わっているかを、私たちはみな、もっと知る必要があるということがわかってくる。
微生物学や医学の研究者は、人間と人体の内外に棲む微生物とのあいだに存在する複雑な共生関係を明らかにしつつある。細菌の細胞は、私たちの腸の内側を覆う細胞に沿って棲んでいる。そしてそこ、腸の奥深くで、免疫細胞が敵と味方を見分けられるように訓練しているのだ。同じように、土壌生態学者は、土壌生物が地球の健康におよぼす影響について驚くほどよく似た発見をしている。植物の根の内部や周囲にいる細菌群集は、病原体が植物の城門を襲ったとき、警報を発して守備を固めるのを助ける。
結論から言えば、土壌や人間の体内に棲む細菌の大多数は、私たちに有益である。そして陸上生物の歴史を通じて、微生物は木の葉、枝、骨など地球上のありとあらゆる有機物をくり返し分解し、死せるものから新しい生命を創りだしてきた。それでも隠された自然の半分との私たちの関わり方は、その有益な面を理解して伸ばすのではなく、殺すことを基準としたままだ。過去一世紀にわたる微生物との戦いの中で、私たちは知らず知らずのうちに自分たちの足元を大きく掘り崩してしまった。
そして、すばらしく革新的な新製品や微生物療法が、農業と医学の両分野に姿を現わそうとしていること以外にも、隠された自然の半分に関心を持つべき実に単純な理由がある。それは私たちの一部であって、別のものではないのだ。微生物は人体の内側から健康を引き出す。その代謝の副産物は私たちの生命現象に欠かせない歯車となる。地球上でもっとも小さな生物たちは、地質学的時間の進化の試練を経て、すべての多細胞生物と長期的な協力関係を築いた。微生物は植物に必要な栄養素を岩から引き出し、炭素と窒素が地球を循環して、生命の車輪を回す触媒となり、まわりじゅう至るところで文字通り世界を動かしている。
今こそ微生物が私たちの生命にとって欠かせない役割を果たしていることを、認識するときだ。微生物は人類の過去を形作った。そして微生物をどう扱うかで未来が決まり、それがどのような未来か私たちはわかり始めたばかりだ。なぜなら私たちは微生物というゆりかごから抜け出すことはないからだ。私たちは隠された自然の半分に深く埋め込まれており、同じくらい深くそれは私たちに埋め込まれている。