| 愛甲哲也+庄子康+栗山浩一[編] 久保雄広+寺崎竜雄+柘植隆宏+岡野隆宏[著] 3,400円+税 A5判上製 328頁 2016年6月刊行 ISBN978-4-8067-1516-0 自然保護や観光・レクリエーションの現場で、社会調査に関心をもち、実際に取り組み、結果を活用する研究者・実務者・学生の方々に必要な知識と手法が満載。 アンケート調査の計画から、調査票の作成、調査の実施、データ解析までを、造園学、環境経済学、野生動物管理学、観光学など多様な分野の研究者が解説。 満足度と混雑感、支払意志額、野生動物のリスク認識、観光の統計値、国立公園の外国人利用者、奄美の観光文化調査などの調査・研究事例を収録する。 |
愛甲哲也(あいこう・てつや)
北海道大学 大学院農学研究院 准教授
博士(農学/北海道大学)
専門:公園計画・ランドスケープ計画
自然保護地域におけるレクリエーション利用のモニタリングとその管理、地域や市民との協働による自然公園、都市公園の管理のあり方について研究を行っている。
受賞:日本造園学会田村剛賞(2014年)
庄子康(しょうじ・やすし)
北海道大学 大学院農学研究院 准教授
博士(農学/北海道大学)
専門:森林政策学・自然資源管理
経済学的なアプローチから、森林や自然保護地域、野生動物などの自然資源の管理に関する研究を行っている。
栗山浩一(くりやま・こういち)
京都大学 大学院農学研究科 教授
博士(農学/京都大学)
専門:環境経済学
価格の存在しない環境の価値を金銭単位で評価する手法の開発および政策への適用可能性についての研究を行っている。
受賞:日本林学会賞(2001年)
久保雄広(くぼ・たかひろ)
国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 研究員
博士( 農学/京都大学)
専門:野生動物管理・自然公園管理
環境経済学を中心とした社会科学的アプローチを用いて、野生動物や自然公園の管理、生物多様性の保全に関する実証研究に取り組んでいる。
受賞:日本学術振興会育志賞(2015年)・日本森林学会学生奨励賞(2016年)
寺崎竜雄(てらさき・たつお)
公益財団法人日本交通公社
理事・観光地域研究部長
専門:観光学
観光地域づくりの実践に関わりながら、持続可能な観光地の管理運営について研究を行っている。
柘植隆宏(つげ・たかひろ)
甲南大学 経済学部 教授
博士(経済学/神戸大学)
専門:環境経済学
経済学の方法を用いて、環境や健康に関わる政策の評価・分析を行っている。
岡野隆宏(おかの・たかひろ)
環境省自然環境局 自然環境計画課 保全再生調整官
(元鹿児島大学 教育センター 特任准教授)
専門:保護地域政策
環境省のレンジャー(自然保護官)として、阿蘇くじゅう国立公園や西表石垣国立公園などで公園計画の策定や管理運営に従事。鹿児島大学では「自然環境の保全と活用による地域づくり」をテーマに、主に政策的手法について研究。
【第1部】基本編
第1章 自然環境の保全と観光・レクリエーション利用のための社会調査とは 愛甲哲也
1.本書の目的
社会調査がなぜ必要か
社会調査の対象者
2.国立公園における社会調査の現状
利用者数調査の現状
意識調査の現状
社会的モニタリングの必要性
3.海外の先進事例
統一的なアンケート調査の実施
モニタリングの仕組み・マニュアルの必要性
4.アンケート調査の計画と実践――本書の構成
アンケート調査の進め方
各分野におけるアンケート調査
第2章 アンケート調査の企画――実施する前に 庄子康
1.アンケート調査に対する人々の見方
簡単にできそうなアンケート調査
信頼できないアンケート調査
2.調査の枠組み作り
ゴールや将来像を確認する
トピックの選択
先行研究のレビュー
概念枠組みの構築
リサーチ・クエスチョンの設定
3.アンケート調査票を作る前に
アンケート調査は必要なのか
想定される統計分析の把握
4.調査スケジュールの立案
様々なアンケート調査
現実的な調査スケジュール
第3章 アンケート調査票の設計 庄子康・栗山浩一
1.変数の設定
単一の質問と複数の質問
変数の信頼性と妥当性
2.変数の計測方法
質問形式と評価尺度
リッカート尺度による評価
3.アンケート調査票作成のガイドライン
質問形式に関するもの
質問文に関するもの
回答形式や選択肢,評価尺度に関するもの
日本語に関するもの
全体構成や配置に関するもの
デザインに関するもの
4.ガイドラインのまとめとしての原則
5.作業をどこで終わりにするか
6.アンケート調査票の表紙と裏表紙
第4章 アンケート調査の実施 愛甲哲也・庄子康
1.サンプリング
サンプリングの基礎
オンサイトサンプリングとオフサイトサンプリング
発地型のアンケート調査と着地型のアンケート調査
オンサイトサンプリングの実際
2.調査手法の選択
訪問者を対象とした現地実施・現地記入のアンケート調査
訪問者を対象とした現地実施・郵送のアンケート調査
地域住民を対象としたアンケート調査
一般市民を対象としたWEBアンケート調査
3.調査の準備
アンケート調査実施に向けた関係機関との調整
人員の確保と下準備
アンケート調査票の準備・管理
下見と予行演習
4.調査の実施
現地での対応
回収率について
5.調査倫理
調査倫理とは?
調査対象者への対応
現場の関係者に対する対応
アンケート調査で問題は解決できるか?
参考資料:知床世界自然遺産地域適正利用・エコツーリズム検討会議 適正利用・エコツーリズム関連調査(マーケティングとモニタリング)の方針
第5章 データ分析と成果の取りまとめ 庄子康
1.本章の内容を理解するタイミング
2.データ分析の下準備
データの入力フォーマットの準備
データの種類と質問形式の確認
データの入力
欠損値の取り扱い
入力ミスを確認する技術的方策
3.データ分析(単純集計とクロス集計)
ピボットテーブルによる整理
変数の名義と想定される集計の形
変数の変換
クロス集計
4.データ分析
統計的検定の基礎
度数の比較(独立性のカイ二乗検定)
平均値の比較
順序尺度による回答の取り扱い
統計分析の注意
より進んだ統計分析
5.成果の取りまとめ
報告書の作成
論文の作成
【第2部】応用編
第6章 レクリエーション研究からのアプローチ 愛甲哲也
1.観光・レクリエーションと満足度
満足度と適正収容力
適正収容力はマジック・ナンバー
満足度の特性と問題点
満足度の質問の改善方法
2.観光・レクリエーション利用と混雑感
混雑感の特性
コーピングと潜在的利用者
3.知床五湖における満足度と混雑感の調査
知床半島の概況
知床五湖利用調整地区
利用適正化計画とモニタリング
利用調整地区導入前のアンケート調査
利用調整地区制度導入前後の比較
4.調査結果のフィードバックとモニタリングの継続
第7章 環境経済学からのアプローチ――貨幣評価 庄子康・柘植隆宏
1.環境の持つ価値とその貨幣評価
環境の価値
経済学的な価値の分類
タダと見なされる環境の価値
2.仮想評価法
手法の概要
エクソン・バルディーズ号事件
NOAAのガイドライン
バイアスとその対応――質問形式を例に
実際に仮想評価法を適用するには
3.仮想評価法による評価事例
観光客の認識や要望の把握の必要性
仮想評価法による評価
4.その他の手法
顕示選好法
表明選好法
5.まとめ
第8章 野生動物管理学からのアプローチ――政策評価・リスク認識 久保雄広・庄子康
1.野生動物管理と社会科学的な調査研究の必要性
2.知床半島におけるヒグマ
3.知床半島ヒグマ保護管理方針
4.地域住民に対するアンケート調査の実施について
5.ゾーニング管理に対する地域住民の評価
選択型実験の調査設計
選択型実験の推定結果
6.地域住民のリスク認識の評価
リスク認識に関する先行研究
アンケート調査の概要
アンケート調査結果と考察
7.ヒグマとの遭遇距離を考える新しい評価尺度
8.まとめ
第9章 観光学からのアプローチ――市場調査 寺崎竜雄
1.旅行市場の基礎的な統計を把握するための継続的な大規模調査
大規模市場調査の概況
「全国旅行動態調査」
「観光白書」と「旅行・観光消費動向調査」
「観光の実態と志向」
「JTBF旅行者動向調査」
「訪日外国人消費動向調査」
2.来訪者の観光地やサービスに対する評価等を把握するための市場調査
来訪者調査の概況
経済産業省「全国観光客意識調査」
観光庁「観光地の魅力向上に向けた評価手法調査」
「JTBF自然公園来訪者調査」
コラム インバウンド観光の動向をとらえる 愛甲哲也
国立公園の外国人利用者数は?
富士山には,どのくらいの登山者が?
外国人利用者の行動,意識は?
第10章 質的調査による地域資源評価の事例 岡野隆宏
1.環境文化を把握する
背景
目的
2.奄美大島の自然と文化
3.屋久島などを例とした世界遺産の効果と課題
4.集落における環境文化把握調査
調査の目的と方針
調査地
調査方法
調査結果
5.調査から見えてきたもの
「シマ」という空間
シマからの学び
祭りの意味
6.環境文化型国立公園の提案
保護計画の策定
利用計画の策定
利用施設の整備
実現に向けた課題
7.まとめ
あとがき
付録
知床五湖利用のあり方に関するアンケート
知床の環境保全と利用に関するアンケート
ヒグマに関する町民アンケート
国立公園利用者意識調査
さらに学びたい人のための文献リスト
索引
人々の自然環境に対する意識がますます高まる中,世界的な気候変動や生態系保全から,地域的な里山管理や鳥獣被害などまで,様々な課題が生じている。風力発電施設の増加とそこで発生する野鳥(特に絶滅危惧種)の衝突死の増加や,公共事業におけるグレーインフラからグリーンインフラへの転換など,保護か利用かという対立を超えた,新しい課題も生じている。従来の自然環境の保護と開発の対立から,保護と利用のバランスの取れた観光・レクリエーションのあり方の模索,増加する外国人観光客への対応も課題である。このような自然環境あるいは社会情勢の変化に伴い,自然環境の保護と利用に対する人々の関心や態度,評価を聴取することを目的として,アンケート調査を実施する機会が増えてきている。
これまで社会調査を実施してきた社会科学者だけではなく,生態学や工学,農学分野の研究者,行政機関や技術系コンサルタント会社,自然保護団体,NPOなどの実務担当者など様々な人々が,自然環境の保全や観光・レクリエーション利用におけるアンケート調査に取り組み始めている。しかし,参照できる教科書・参考書は少なく,手探りで取り組まれているのが実情だ。筆者らは,思い付きで内容が構成され,既存の体系的な知見が反映されておらず,将来の比較検討を念頭に置いた設計もされていないアンケート調査を目にするたびに,残念な思いを抱いてきた。明らかに間違ったやり方を採用している場合も少なくなく,質の高くない調査結果は関係者に軽視されてしまう。多くの研究者や実務担当者が,アンケート調査票の作成とアンケート調査の実施において,頭を悩ませているのではないだろうか。
欧米では,そういった自然環境の保全や観光・レクリエーション利用の社会調査に関わる概念や手法が体系的に整理され,教科書・参考書が出版されているが,これまで日本語で書かれた適当なものがなかった。本書は,このような状況を踏まえて,研究者や実務担当者が,実際に現場で活用できる書籍を目指している。そのために,自然環境の保全や観光・レクリエーション利用に焦点を当てること,アンケート調査の計画から結果の取りまとめに至るまでのプロセスを解説すること,現場で実務者に必要となる広範な知識や手法について情報提供することを重視した。
社会学や心理学の分野では調査手法の本が多く出版されているが,自然環境の保全や観光・レクリエーション利用におけるアンケート調査にはさらに踏み込んだ内容が求められる。例えば,仮想評価法(CVM)の適用が求められるような場合,調査票は環境経済評価の知見に基づき,ある種の流儀に則らなければならない。自然公園や都市公園での満足度・混雑感を評価する際には,回答者が不快感を無意識に合理化しようとするコーピングに配慮した調査設計が必要となる。
本書の第1章から第5章までは,基本編として,アンケート調査の企画,アンケート調査票の設計,アンケート調査の実施,データの分析と結果のまとめに及ぶ一連のプロセスを解説した。
第1章では,欧米と比較して,我が国の自然環境の保全や観光・レクリエーション利用の分野における社会調査の現状を紹介し,本書のねらいを述べている。第2章では,アンケート調査を実施するプロセスについて,課題の設定,先行研究や事例のレビュー,リサーチ・クエスチョンの立て方,調査手法の選択について解説する。信頼性が高く,汎用性のある結果を得るためには,自己流でアンケート調査票を設計することは避けたい。第3章では,具体的な実例を挙げながら,アンケート調査票の設計について詳細な解説を行う。第4章では,基本的なアンケート調査の実施のあり方,調査手法の選択,サンプリングについて紹介するとともに,自然環境の保全や観光・レクリエーション利用の調査に特有の配慮事項について解説する。アンケート調査の実施にあたっては,社会調査の基本を踏まえながら,実施環境や課題に合わせて様々な工夫をする必要がある。そして,アンケート調査の結果は,回答者および管理に携わる現場の人々,地域の関係者にわかりやすく伝える必要がある。第5章では,質問項目の入力,処理,統計的分析の基本的考え方と手法について,できるだけわかりやすくまとめて紹介している。この基本編を一通り読むことで,アンケート調査の企画と調査票の設計の基礎について習得していただけるだろう。
また,自然環境の保全や観光・レクリエーション利用におけるアンケート調査には,心理学,観光学,野生動物管理,環境経済学といった多様な知見が求められる。実務の場面では総合的な調査が求められ,課題の設定とアンケート調査票の設計はまるで総合格闘技である。
第6章以降の応用編では,それぞれの分野の実例を取り上げた。第6章では,自然観光地の適正収容力を算定する際に調査される満足度と混雑感について,その概念や具体的な手法について紹介する。支払意志額や消費額,収入などといった経済面に関する調査,環境経済学における概念や留意事項については,第7章で詳しく述べる。我が国でも,野生動物と観光客,地域住民との関係についての研究の必要性が高まっており,第8章で国際的な動向とともに,国内での調査事例について紹介する。第9章では,経済波及効果も大きく,早くから観光客の動向や意識に関する調査が行われてきた観光分野における意識調査の現状と実例について詳しく取り上げている。さらに,近年,注目を集めている外国人旅行者の動向や意識調査の現状についてのコラムも追加した。また,今後の自然保護地域の管理や運営には,住民や利用者の声を聞き,計画や施策に反映させていくことが求められている。第10章では,国立公園指定と世界自然遺産地域への推薦が検討されている奄美大島で聞き書きという手法により行われた質的調査の実例を紹介している。量が問題となるならばアンケート調査は力を発揮するが,現実社会では質が問題となることも多い。アンケート調査を実施することが本当に適切なのか,あるいは限界がどこにあるのかを知るためにもあえて質的調査の事例を紹介している。
巻末には,アンケート調査票の作成例として,文中でも紹介された事例で使用された実際のアンケート調査票も付録として掲載した。これらの実例の紹介を通して,無駄のないアンケート調査の実施や適正なアンケート調査票の設計,効果的な調査結果の活用が実現され,自然環境の保全や観光・レクリエーション利用の推進に寄与できれば幸いである。(後略)