![]() | デイビッド・ホワイトハウス[著]江口あとか[訳] 2,700円+税 四六判上製 264頁 2015年12月刊行 ISBN978-4-8067-1505-4 人類は地球の内部をどのように捉えてきたのか――― 中世から最先端の科学仮説まで、地球と宇宙、生命進化の謎が詰まった地表から地球内核まで6000qの探求の旅へと、私たちを誘う。 ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』から150年。地球内部への旅は日々進んでいる。 漢王朝時代の地震監視装置、ソ連時代に計画されたロシアの超深度掘削坑プロジェクト、地球深部の圧力を再現する高圧発生装置の発明から、 地震・津波観測の世界的ネットワーク構築秘話まで、天文学者でもある著者が新たな地底探査の旅へと漕ぎだし、 最前線で活躍する研究者たちの最新知見を紹介しながら、地球内部の真の姿に迫る。 |
デイビッド・ホワイトハウス(David Whitehouse)
イギリスの科学ライター。かつてはジョドレルバンク電波天文台およびロンドン大学マラード宇宙科学研究所の天文学者で、
NASAのミッションにも参加経験がある。その後、BBC放送の科学担当記者となり、テレビ番組やラジオ番組に出演するかたわら、
イギリスの雑誌や新聞に定期的に寄稿。王立天文学会会員。2006 年には科学とメディアへの貢献をたたえて、
小惑星(4036)が「ホワイトハウス」と名付けられた。著書に、“The Moon: A Biography”(2002)、“The Sun: A Biography”(2005)、“One Small Step”(2009)、“Renaissance Genius”(2009)などがある。
江口あとか(えぐち・あとか)
翻訳家。カリフォルニア大学ロサンゼルス校地球宇宙科学部地質学科卒業。訳書に、
リチャード・ノートン『隕石コレクター』(築地書館、2007)、
ヤン・ザラシーヴィッチ『小石、地球の来歴を語る』(みすず書房、2012)がある。
まえがき
第1章 『地底旅行』への誘い
第2章 地球の中心へ
地底旅行の入り口
地球内部と宇宙のつながり
地底高熱生物圏
地球の中心を目指す男たち
第3章 多様な地下世界
第4章 地球内部の過去と未来
原始太陽系星雲
原始地球の姿
迫りくる惑星
第5章 四〇億年前の粒子
サンプルW
冥王代の地球
深い根
第6章 深部からのメッセンジャー
地震は天の裁きか
地震計の完成
近代地震学の誕生
第7章 テンハムの隕石
第8章 広がる地震観測網
地震コレクター、ミルン
退室時刻と地震計
三種の波
深発地震はあるか
第9章 ウェゲナーの大陸移動説
第10章 コラ半島超深度掘削坑プロジェクト
計画の終焉と再開
マントルの岩石
第11章 地表と深部をつなぐもの
マントルの謎
沈み込みの「個性」
冷えていく地球
遷移層の発見
第12章 圧力とマントル
高圧と格闘する科学者
ダイヤモンドアンビルセル
マントルを構成するもの
第13章 星の破片、ダイヤモンド
第14章 マントルの底で起きていること
ポストペロブスカイトの発見
核実験と地震学
第15章 暗黒物資
第16章 巨大地震の活動期
地震波トモグラフィー
第17章 岩石の循環
ホットスポットの役割
二億年後に大絶滅か
第18章 地球探査とニュートリノ
第19章 地球の核についての論争
固体か液体か
鍵となる液体鉄
第20章 磁気に引きつけられて
方位磁針の歴史
真北を指さない磁気偏角
第21章 磁性の探求
ハレーと広域磁気図
地球磁場発生の仕組み
未完成のダイナモ理論
第22章 地球の過去と実験室
レンガと磁気
地球磁気の逆転
外核と内核のせめぎあい
ダイナモの発生に迫る
神の御業を知るために
第23章 内核の発見者
微かなちらつき
地球の新しい領域の発見
アラスカ地震と内核
第24章 謎めく鉄の球
奇妙な内核
最内核はあるか
回転する内核
第25章 結晶の森
生命の起源と磁気
内部探査の可能性
第26章 惑星の地底世界
異彩を放つ木星
アイス・ジャイアントとスーパー・アース
第27章 旅の終わり
太陽の寿命
地球の最期
第28章 ヴェルヌと私たちの『地底旅行』
新しい発見がもたらすもの
索引
訳者あとがき
地球が層状であることは誰もが知っている。だが、タマネギの皮をむくように、一枚一枚めくると、それぞれの層がどのような状態にあるのか、
はっきり思い浮かべられる人は少ないのではないだろうか。そもそも一枚一枚、きれいにむくことなどできないのかもしれない。
地表から地球の中心までの旅を鮮明に思い浮かべるのは難しい。
本書はデイビッド・ホワイトハウス著
“Journey to the Centre of the Earth: The Remarkable Voyage of Scientific Discovery into the Heart of Our World”(Weidenfeld & Nicolson, 2015)
の全訳である。フランスの作家ジュール・ヴェルヌによる同名小説『地底旅行』(1864年)が150周年を迎えることを知り、
天文学者のホワイトハウス博士が企てた150年後の地底旅行だ。
ご存じのとおりヴェルヌの『地底旅行』は、地球の内部を探検する壮大な旅物語である。
鉱物学の権威オットー・リンデンブロック教授が、16世紀の錬金術師アルネ・サクヌッセンムが残した暗号を解読し、
アイスランドの火山の噴火口から、地球の中心を目指す旅行に出発する。嫌がる甥のアクセルを連れ、現地で雇ったガイドのハンスとともに地底を探検し、
地下に広がる海を渡って、生い茂るキノコの森を通り、絶滅したはずの古生物と出会う。前人未踏の地下世界
(サクヌッセンムがすでに中心に至ったということなので実際は前人未踏ではないのだが)には地球の歴史がつまっていた。
ヴェルヌの『地底旅行』から150年、地球観は大きく変化し、今でも変化し続けている。
科学者によって解き明かされてきた地球の内部に関する知識を踏まえた旅は、どんな驚異に満ちているのだろうか。
現在は主に科学ライターとして活動する本書の著者、デイビッド・ホワイトハウス博士は、
以前はジョドレルバンク電波天文台とロンドン大学マラード宇宙科学研究所の天文学者で、NASAのいくつかのミッションにも参加した。
その後、BBC放送の科学担当記者となり、テレビ番組やラジオ番組に出演するかたわら、
イギリスの科学雑誌『ニュー・サイエンティスト』や新聞『インディペンデント』紙に定期的に寄稿している。また、王立天文学会の会員であり、
過去にはソサエティー・フォー・ポピュラー・アストロノミーの会長も務めた。このイギリスの団体は星の愛好家のための会で、
研究者とアマチュアが活発に交流する場だそうだ。ホワイトハウス博士は科学啓蒙に熱心で、2006年には、彼の科学とメディアへの貢献をたたえて、
小惑星(4036)に「ホワイトハウス」という名前がつけられた。著書には、月と太陽に関する古今東西の伝承や歴史、科学を網羅した
“The Moon: A Biography”(2002年)と“The Sun: A Biography”(2005年)、宇宙飛行士のインタビューを交えながら宇宙飛行の歴史をひもとく
“One Small Step”(2009年)、ガリレオ・ガリレイがはじめて望遠鏡で宇宙を観測してから400年になることを記念して書かれたガリレオの伝記
“Renaissance Genius”(2009年)などがある。
本書では、想像上のカプセルに乗って、固体の地表から出発し、地球の中心まで約6370キロメートルの旅をする。
真っ直ぐ核を目指すのだが、地球内部の構造がただ直線的に語られるわけではない。構造、歴史、極限の圧力を再現できる装置、
秘密に迫る数々の計器や実験、発見に関わった人々や契機となったできごとなどが立体的に織りなされ、壮大なドラマが展開する。
それは地球の内側のドライな説明というよりも、誰がどのように発見したのかという人々の物語だ。そのため、
現在研究に関わっている科学者をインタビューし、彼らの生の言葉が引用されている。外側から見ると地球は静かな世界だ。
だが、火山や地震、オーロラなどが、地下で起こっている大規模な現象を表している。地底には温度や圧力、結晶や鉱物に刻み込まれた地球の歴史があり、
地震学の発展によって、その姿がじょじょに浮かび上がってきた。鉱山に潜り、地球で最も深い穴を訪れ、内側に存在する火星サイズの世界を探訪し、
何ものとも結びついていない固体の内核の結晶を調べる。特に内核に関する最新の発見は興味深い。そして、他の惑星の「地底旅行」、
地球外生命体、地球の未来へと想像は果てしなく広がっていく。また、語り口が個性的で、話題が転々と移ろい、畳み掛けるように説明が続き、
話が完全に逸れるかと思うと元に戻るというような絶妙さが特徴的だ。多少読みにくいかもしれないが、原著の持つ雰囲気を味わっていただきたいと思い、
かみ砕いて訳すことは極力避けた。あちらこちらに思いを馳せながら、博士の随想を楽しんでいただければと思う。
だが、地質学的な地底旅行だと思って読み進めたら、いささか違和感を感じるかもしれない。地球の内部と聞いて思い浮かべるような話題、
岩石や鉱物の名前、同位体、地質年代などにあまり触れられていないからだ。それには理由がある。
ヴェルヌの旅が想像力の豊かな作家による地底旅行であったように、今回のそれは天文学者による地底旅行であるからだ。
ホワイトハウス博士の視点はあくまでも外側、つまり宇宙にあり、親しみをこめて地球を「私たちの惑星」と呼ぶ。
地球という惑星と人間との結びつきに着目し、「私たちの地底旅行では、生命がいかに地球と密接に関係しているかを知った」という。
「そして今では、夜空を見上げるたびに、私の心の一部は取り残される──私の住むこの惑星、そして決して訪れることができない場所に」というが、
この地球内部への旅の中ではむしろ、「心の一部は宇宙に取り残される」といったほうがいいかもしれない。この視点こそが、本書の魅力ではないかと思う。
ホワイトハウス博士は本書を執筆する中で、自分に足りなかったものを知ったという。それは、宇宙にばかり目を向けていたが、
自分の足下にこそ驚きの世界があったということである。以前に翻訳した『隕石コレクター』(築地書館、2007年)の著者も天文学者で、
地球に目を向けるのが遅かったとなげいておられた。少し引用すると、「惑星学者や天文学者は満たされない人種だ。
月や惑星を研究する科学者は永遠に手に触れられないものを追い求める運命にある[・・・・・・]宇宙探査機によって月や惑星や小惑星の画像が得られたが、
もし準備が万端に整って、いざほかの世界へ出かけてサンプルを採取するという段になれば、天文学者は引っ込んで、
化学者や地質学者、鉱物学者に場所を明け渡さなければならないだろう。つまり、手で触れられるものは天文学者の領分ではないのである」。
地球の中心への旅は、あれこれ想像することはできても、実際に敢行することはできない。少なくとも現時点では。そうであれば、
自分が住む星でありながらも決して訪れることのできない、手で触れることのできない地下世界の案内役として、
天文学者ほどの適任者はいないのではないだろうか。
私たちの地底旅行は書きかけの物語だ。永遠に書き換えられる果てしない物語である。本書を通じて地球内部を旅し、追体験することで、
今後、新しい発見のニュースがあるたびに、地下世界をますます身近に、鮮やかに感じることができるだろう。