![]() | デニス・リトキー[著] 杉本智昭+谷田美尾+吉田新一郎[訳] 2,400円+税 四六判 296頁 2022年8月刊行 ISBN978-4-8067-1639-6 これまでの学校で「勉強が苦手」だと思われていたり、 「落ちこぼれ」というレッテルを貼られてきた生徒が、 自ら学び、卒業後も成長し続けられるようになる学校の理念とはどのようなものなのか? アメリカの小規模公立学校でありながら、 全米および世界の100校ものモデルとなったMETの共同創設者がその理念と実践を語る。 [METの特徴] ・生徒の一人ひとりの興味関心をもとに個別化されたカリキュラムづくり ・保護者や地域も巻き込んだ教育環境 ・生徒は「リアル」な社会に出て、学びを深めていく ・生徒が、学校で家族の一員と思える「アドバイザリー」の導入 大阪教育大学 水野治久教授評 「一人ひとりを大切にする学校−生徒・教師・保護者・地域がつくる学びの場(デニス・リトキー著)」を読んで |
デニス・リトキー(Dennis Littky)
The Met School の共同創設者であり、共同理事。50年間にわたり中等教育に携わり、その業績は全米に知られている。
2000 年から2010 年にかけてビル&メリンダゲイツ財団より2000万ドルの寄付を受け、アメリカ国内外に新たなThe Met School を創設。
現在、その数は国内に52 校、オーストラリアに40 校、オランダに21校など海外にまで広がっている。
25歳で博士号をとったのち、27歳から6年間ニューヨーク郊外にあるShoreham-Wading River 中学校の校長を務める
(この学校は極めてイノベーティブな実践で今でも有名)。
その後、1981〜1993年は、ニューハンプシャー州の小さな町であるWinchester のThayer 高校の校長を務める
(このときの経験は映画化され、「Video Gallery Town Torn Apart」で検索すると動画で見られる)。
The Met School はこれまで長年にわたって取り組んできた「一人ひとりの生徒を大切にする」学校づくりの総決算である。
杉本智昭(すぎもと・ともあき)
大阪府出身。兵庫県の私立中高一貫校の英語科教諭。中高の生徒指導を担当している。
生徒の発達を踏まえた、一人ひとりを大切にする生徒指導を模索しており、
現在は大阪教育大学大学院連合教職実践研究科で援助ニーズについて学んでいる。
MET のような学校づくりに興味がある方はbplearning.japan@gmail.com までぜひご連絡ください。
谷田美尾(たにだ・みお)
広島県出身。公立高校の外国語科(英語)教諭。
言語学を学び、ことばを通じて「わかる」とはどういうことかに興味をもち続けている。
現在、生徒全員をフルネームで呼ぶことができ、
一人ひとりの生徒が好きなことを知っていると言えるくらいの小さな高校に勤務しており、
一人ひとりを大切にする小さな学校のもつ温かさと可能性を実感している。
吉田新一郎(よしだ・しんいちろう)
本書の中心的な取り組みのエキシビション、インターンシップ、アドバイザリー、保護者の子どもの学びへの参加などは、
バラバラにして『シンプルな方法で学校は変わる』(みくに出版)ですでに紹介しましたが、
今回「一人ひとりの生徒を大切にする」学校づくりの全体像が見える形でお届けできるのがとてもうれしいです。
その大切さを日本の読者に伝えたいと思ってくれた共訳者二人に感謝です。
「PLC 便り」「WW/RW 便り」「ギヴァーの会」という3つのブログを通して
「一人ひとりの生徒を大切にする学び方・教え方(+生き方?)」の情報を発信中。
問い合わせは、pro.workshop@gmail.com にお願いします。
訳者まえがき
用語の解説
「何の期待もせずに高校に入学しました」METの卒業生、マレオンのエッセイ
まえがき
第1章 教育の本当の目的
学ぶとはどういうことか?
教えるとはどういうことか?
学びを深めるための問い
第2章 生徒と学校、より大きな枠組み
生徒を知ること
学校の役割
もっと大きく捉えよう
学びを深めるための問い
第3章 雰囲気と学校文化
学びを支える雰囲気をつくる
ポジティブな学校文化を築き耕す
ストーリーの重要性
アドバイザリー制度
小さな学校の利点
学びを深めるための問い
第4章 一人ひとりを大切にする教育
カリキュラム開発の3つのポイント
生徒指導
学びを深めるための問い
第5章 生徒の興味関心から学び、情熱を追い求める
やる気、情熱、学ぶことを愛する態度を育てる
一人ひとりの興味と共有された文化
学びを深めるための問い
第6章 実社会での「リアル」な課題
3つのR
つながりをつくる
インターンシップで学ぶ
メンターが生徒を「リアル」につなぐ
学びを深めるための問い
第7章 家庭の教育力を取り戻す
家族も「入学」する
保護者が学校に尋ねるべき質問
学びを深めるための問い
第8章 大切なことを大切な方法で評価する
成績 対 ナラティブ(物語)
テスト 対 エキシビション
学びを深めるための問い
第8.5章 タンダード(到達目標)を測るためのテストは存在しない
スタンダードと標準学力テストについてのおすすめ本
一人ひとりの生徒を評価する
学びを深めるための問い
第9章 実現する
変化し続けること
変化の味方
言い訳だらけの現状を変える
あなたが実現する
学びを深めるための問い
デニスの本棚
訳者の本棚
あなたはどんな教師になりたいですか?
先日、このような質問に答える機会がありました。「子どもの力を信じる教師」「授業の中身が記憶に残る教師」「生徒の心に火をつける教師」などと答える人がいる中で、私の答えは「一人ひとりを大切にする教師」でした。
私たちは、生徒一人ひとりを大切にできているでしょうか? 生徒には無限の可能性があると伝えつつも、いまだにテストで生徒を順位付けし、生徒のやる気を奪っていないでしょうか? 生徒の個性を大切にすると言いつつも、存在するはずのない標準的な生徒を想定して教え、生徒のやる気を奪っていないでしょうか? 生徒一人ひとりの資質や能力は違う。私たちはそんな当たり前のことに知らないふりをしていないでしょうか? 一人ひとりの生徒の声に耳を傾け、生徒一人ひとりがいきいきと過ごせる学校をつくりたい。
生徒一人ひとりの個性を認めることで、その天賦の才を伸ばしたい。そんな思いは年を追うごとに、ますます強くなるばかりです。
「一人ひとりを大切にする(one student at a time)」というフレーズが頻繁に出てくることからわかるように、本書はまさに、著者であるデニス・リトキーがプロビデンス都市圏キャリア・テクニカル・センター(the Metropolitan Regional Career and Technical Center、以下MET)で行っている、一人ひとりを大切にする教育の実践が書かれた本です。METはデニス・リトキーが友人のエリオット・ウォッシャーとつくった、アメリカ北東部のロードアイランド州にある小規模な公立高校のことですが、今では6つの公立高校のネットワークとなっており、全米および世界にある100校もの学校のモデルとなったビッグ・ピクチャー・ラーニングの基幹校でもあります。
METの特徴を挙げるとすれば、生徒の一人ひとりの興味・関心をもとに個別化されたカリキュラムがつくられていること(だから、学校の規模は小さい必要があります!)、保護者も子どもの教育に関わること(生徒のことを一番よく知っているのは、他でもない保護者です!)、生徒は「リアル」な社会に出て、学びを深めていくこと(学んだ知識やスキルを実際に使うことで、生徒はよりよく学びます!)などがあります。
METを一言で表すなら、「学校」という箱から出て、原書のサブタイトル(Education Is Everyone's Business)にあるように「すべての人が関わって生徒を育てていく」大きな枠組みをもった、小さな学校と言えます。
「学ぶ」ということに関して、本書の中でウォッシャーは「多くの学校は知識が力だと思っている。私たちは、知識を活用できることが力だと思っている」と述べています。リトキーも「生徒に知識を提示して、彼らが事実をしっかり覚えて、答えを当てることができるかをチェックすることよりも、生徒が知識を活用することを学ぶのを手助けすることの方がずっと重要」だとし、ほとんどの学校では「知識を与え、それを覚えているかどうかをテストしているだけ」だと指摘しています。本書は今から約20年前に出版されたものですが、今でも同じことが多くの学校で行われているのではないでしょうか?
本書の素晴らしい点は、教育における問題点を指摘するだけではなく、その問題点を改善するための方法が明確に示されている点です。例えば、生徒の学びを評価するためのテストに代わる方法の一つとして、生徒が学んだことを公の場で発表する「エキシビション」、(METのような小さな学校でもさらに)一人ひとりの生徒と教師のつながりをつくり、大切にするための「アドバイザリー制度」、知識やスキルを活用する機会として、「リアル」な社会に出て学びを深める「インターンシップ」などが紹介されています。これらの実践からも、リトキーが一人ひとりの生徒をいかに大切にしているかをうかがい知ることができます。これらの実践は本文の中で詳しく紹介されていますが、すべてではなくとも、どれか一つだけでもできることから取り組み始めることで、今の日本の学校を変えるきっかけになると思います。
あなたはどんな教師になりたいですか?
「探究し続ける教師」「変化を恐れず学び続ける教師」「失敗を恐れず挑戦する教師」と答えた方もいました。これらの答えには、日本の教育が抱えるさまざまな課題に対する教師の強い思いが込められていると思います。一人でも多くの方に本書をお読みいただき、情熱をもって学び続け、変化や失敗を恐れず、大きな枠組みの中でのよりよい教育に挑戦しようと思っていただければ幸いです。
(後略)
原著 "The Big Picture: Education Is Everyone's Business"をブッククラブ(グーグル・ドキュメントを用いたオンライン読書会)で読み始めたのは、2020年11月のことです。2019年4月に昼間定時制の高校に赴任し、それまでとは全く異なる学校でただただ一生懸命目の前のことに取り組んでいただけの時期を過ぎ、徐々にやりがいと課題を感じ始めていた時でした。
教育の真の目的とは何だろうか? 目の前の生徒たちにどんな大人へと成長して欲しいだろうか? 生徒たちが充実した幸せな人生を歩むことができるよう、必要なスキルを身につけるためには、どんな学校にしたらいいだろうか? 教師なら誰でも考えたことのあるこれらの問いを、デニス・リトキーという教師は誠実に問い続け、1996年にMET★と呼ばれる小規模な公立高校を(ロードアイランド州のプロビデンスで)立ち上げました。今では6つの公立高校のネットワークとなっており、全米および世界にある100校もの学校のモデルとなったビッグ・ピクチャー・ラーニング(https://www.bigpicture.org/)の基幹校でもあります。
METという学校がもっとも大切にしている「一人ひとりの生徒を大切にする(one student at a time)」という考え方が、教育そのもののはずだと、読み進めていくたびに強く感じるようになりました。学校教育の枠から多くの子どもたちがはみ出してしまっている状況に対して、子どもたちの学力がどんどん下がっているからだ、今の子どもたちはコミュニケーション能力が十分身についていないからだ……と以前の私は当然のように思っていたことに気づきました。不登校の生徒や退学を選んでしまう生徒を何とか学校に連れ戻し、他の生徒と同じように学校で過ごせるようになることが大事なことだと信じていました。この本を読んで、それは自分勝手な大人の(教師の)見方だと感じるようになりました。管理、統率、効率を重視した一斉授業が当たり前になっていた従来の教育の常識を脱ぎ捨てて、日本でも、もっと小規模で、生徒と教師、家庭と学校の距離が近い学校が必要です。
この本の中でもう一つ強く印象に残っている言葉は、「学びは個人的なことである(Learning is personal)」です。 外から押し付けられた目標に向かって、小さな教室の中で生徒同士が競いながら同じことをやっていく授業ではなく、一人ひとりの興味や関心を突きつめて、自分が設定した目標に向かってリアルな社会の中で自分だけのカリキュラムを学ぶ経験の方が重要です。生徒が自分の興味や関心を見つけることができるように、私自身は、「一人ひとりを見る」という人間的なやり方を取り戻したいと強く願っています。具体的には、METの実践の柱の一つであるアドバイザリー制度を日本の学校に取り入れることに今一番興味があります。生徒が一番であることはもちろんなのですが、METのやり方を見ていると、教師も保護者も地域の人々もみんながかけがえのない一人の人間として大事にされています。一人ひとりの教師を大事にするためにもアドバイザリーという方法は有効なのではないかと思います。
全体を通して、子どもに対する深い愛情と理解、そして、学びを第一に考える揺らぎのない姿勢を感じる本です。現状の学校に違和感や疑問、さらに、怒りや哀しみを感じている教師に寄り添ってくれるような著者デニス・リトキーの語り口も気に入りました。一方で、私自身、初読の際には、「じゃ、それって、今の学校で、どこから始めて、どうやってやったらいいの?」と途方に暮れたこともありました。だから、この本を手にとってくださる方々には、訳者の私たちがしたように、ぜひ、読書会(どんな形のものでも)を開いて、語り合える仲間を見つけていただきたいです。それが、大きな変化を生み出す初めの小さな一歩になると信じています。
★学校のフルネームは、The Metropolitan Regional Career and Technical Centerです。あえて、学校も、高校も使っていないのです! ここでも、時代を先取りしています。名前からは、職業訓練センター的なイメージをもつかもしれませんが、生徒の9割以上が4年制大学に進学しています(これは、アメリカの公立高校では、かなり突出した数字です!)。
★★この本には、「デニスの本棚」という著者が影響を受けた本の紹介が巻末についています。教育書でも、珍しいです。著者の本好きが表れています。これだけでも価値があります! それに上乗せして「訳者の本棚」で3人の訳者の影響を受けた本も紹介しています。
谷田美尾(広島県公立高校勤務、英語教諭)