![]() | デイビッド・ホワイトハウス[著] 西田美緒子[訳] 3,200円+税 四六判 344頁+カラー口絵16頁 2022年3月刊行 ISBN978-4-8067-1632-7 太陽のちょっとした挙動の変化で大飢饉が起こり、人類史が書き換えられてきた。 人びとが崇め、畏れ、探求してきた太陽とは、どういう星なのか。 太陽の誕生から、古代の人々の太陽崇拝と暦の作成、 観測技術の飛躍的な発達により明らかにされていく太陽の組成や活動、 太陽フレアの恐るべき威力、太陽の観測を続ける人工衛星、75億年後の太陽消滅まで。 NASAで任務に就いたこともある、小惑星ホワイトハウスにその名をつけられた英国を代表する科学ライターである著者が、 神話、民俗信仰から最先端の天文学まで網羅して、人類を支配してきた太陽を余す所なく描く。 『月の科学と人間の歴史』の姉妹本。 |
デイビッド・ホワイトハウス(David Whitehouse)
イギリスの科学ライター。
かつてはジョドレルバンク天文台およびロンドン大学マラード宇宙科学研究所に在籍し、NASA のミッションにも参加経験がある。
その後、BBC放送の科学担当記者となり、テレビ番組やラジオ番組に出演するかたわら、イギリスの雑誌や新聞に定期的に寄稿。
王立天文学会会員。2006 年には科学とメディアへの貢献をたたえて、小惑星(4036)が「ホワイトハウス」と名付けられた。
著書に『地底 地球深部探求の歴史』『月の科学と人間の歴史』(以上、築地書館)などがある。
西田美緒子(にしだ・みおこ)
翻訳家。津田塾大学英文学科卒業。
訳書に、『FBI 捜査官が教える「しぐさ」の心理学』『世界一素朴な質問、宇宙一美しい答え』『動物になって生きてみた』
(以上、河出書房新社)、『細菌が世界を支配する』『プリンストン大学教授が教える"数字"に強くなるレッスン14』(以上、白揚社)、
『心を操る寄生生物』『猫はこうして地球を征服した』(以上、インターシフト)、『第6の大絶滅は起こるのか』『月の科学と人間の歴史』
(以上、築地書館)ほか多数。
はじめに 星のかけら
1 おあつらえ向きの星
あらゆる場所で太陽観測
太陽に似た星たち
2 通常物質と暗黒物質が混じり合った世界
恒星が生まれる前
初期の恒星の強烈なエネルギー
3 さまざまな太陽崇拝
太陽と古代の人々
世界各地の太陽神
4 ずれていく暦
太陽とうるう年
5 アナクサゴラスと日食
墓所の太陽
権力者と太陽
天動説の誕生
6 太陽による神の追放
天動説を打ち崩したコペルニクス
禁書『天球の回転について』
7 星の誕生
ラプラスの仮説
太陽の年齢
8 17世紀の太陽観測
ニュートンとプリズム
観測技術の進歩
太陽に生物は存在するか
9 マンハイムの火事とレンズ
太陽をとらえるレンズ
太陽の組成の解明
10 太陽光と人体
太陽と季節性感情障害
日光と睡眠サイクル、くる病
ビタミンDと肌の色
太陽光の恵みと危険性
11 重要書『ローザ・ウルシナ』
黒点の記録
4人の天文学者と黒点
ガリレオvsシャイナー
へヴェリウスの『天文機械』
進む黒点観測
12 2人の黒点観測者
太陽天文学者、キャリントン
太陽の写真を撮る
13 消えた黒点
太陽王、ルイ14世
黒点周期の発見
黒点と磁気嵐と年輪年代学
14 太陽研究の大変革
黒点の磁場
15 太陽の中心で起きていること
相対性理論を立証したエディントン
太陽の総エネルギー出力
太陽の年齢は46億歳
恒星の大気の解明
恒星のエネルギー生成
16 太陽風とオーロラ
オーロラにまつわる伝承
荷電粒子が降り注ぐ
17 太陽活動極大期と太陽嵐
磁気嵐が破壊したパイプラインと電力設備
太陽周期がもたらす脅威
18 究極のエネルギー
光合成の仕組み
太陽の子
人工の葉、太陽電池
石油時代の終焉
核融合の利用へ
国際熱核融合実験炉の実現
19 太陽エネルギーの衰え
冷たい地球
太陽研究と気象予報
太陽は完璧ではなかった
これから太陽に起こること
20 太陽が放出しているもの
とらえられたニュートリノ
太陽の放射線と宇宙探査
21 太陽を目指す人工衛星
米ソ、人工衛星打ち上げ競争
宇宙ステーションから太陽観測
探査機はどこまで太陽に接近できるか
太陽観測探査機のミッションは続く
22 宇宙の大海へ漕ぎ出す
太陽風をとらえる
太陽帆で進む宇宙船
23 太陽の中心を探る
太陽の内部へ
太陽の表面と波動
太陽の細部に迫る
謎に満ちたコロナ
捨てられる磁場
24 太陽ダイナモ
歪む磁場
さそり座18番星
25 太陽の隣人
赤色矮星、バーナード星
星の寿命とスペクトル分類
超巨星から超新星へ
26 地球以外の星で生存する方法
地球の行く末
地球脱出
27 さまよい続ける探査機
人類の痕跡
おわりに 神の目
訳者あとがき
索引
星のかけら
米国大統領、行方不明事件──1984年4月24日の午前、ロナルド・レーガンは大統領専用機エアフォースワンで太平洋上を飛んでいた。ホノルルのヒッカム空軍基地を離陸したのち、グアム経由で趙紫陽首相と会談を行なう中国に向かうところだ。だが機上の執務室でワシントンにいる補佐官と話している最中に、突然、回線が途切れた。エアフォースワンと外界との通信チャネルはすべて遮断されたと、パイロットが言った。世界最強の人物が1時間以上にわたって音信不通に陥った。
ソ連を責めてはいけない。彼らも同じく通信障害に手こずっていたのだから。だが大統領専用機のパイロットは十分に経験豊かで、何が起きているかをしっかり把握できていた。責められるべきは1億5000万キロメートル離れた太陽だった。太陽の表面で黒点が帯状に連なり、その長さは28万キロメートル以上、なんと地球の直径の20倍以上にもなっていた。活動領域4474に指定されたその発光領域は、すでに何日も前から天文学者たちの詳しい観測対象だった。観測する目は数多く、カリフォルニア州のウィルソン山天文台にある太陽塔望遠鏡、アリゾナ州のキットピーク国立天文台にある太陽観測塔、ニューメキシコ州のサクラメントピークにある太陽観測施設、世界中のいたるところに設置された電波望遠鏡、地球周回軌道を巡る衛星、数千人もの裏庭アマチュア天文家、といった具合だ。その太陽活動領域には電気エネルギーと磁気エネルギーが蓄積されて、フレアと呼ばれる巨大爆発現象が起きており、強力な電磁波の放射、非常に稀な白色光フレア、そして観測史上最強のX線放射が見られた。11年という通常の太陽活動周期に沿って、それまでの数年は太陽表面の活動が弱まったのだが、再び劇的に活動を活発化させていたのだ。
天文学者たちの観測によれば、活動領域4474は数十億メガトンの水素爆弾に相当する爆発によって太陽大気を摂氏数千万度の高温に熱し、1兆キログラムものガスを宇宙に放出していた。放出されたガス雲がそこに封じ込められた磁気エネルギーとともに地球に達し、その磁場が地球の磁場を攪乱して、いわゆる磁気嵐を引き起こしたために、無線通信のブラックアウトが発生したというわけだ。
だがその程度のエネルギーは、人間の尺度で考えれば巨大なものであっても、太陽が放出しているエネルギー全体から見ればほんの小さなゆらぎで、太陽がたった100分の1秒間に放出する量にすぎない。それでも、そのエネルギーのすべてを地球上でとらえることができたなら、人類が必要とするエネルギー1万年分を確保できてしまう。太陽のことを知ると、私たち人間が求めているエネルギー、そして手にしているエネルギーの量など、どれだけちっぽけなものかと思い知らされるばかりだ。
活動領域4474のフレアは、太陽活動周期のピークだった1980年から地球を周回していた人工衛星ソーラーマックス(SMM)によって観測された。SMMには最先端の太陽観測機器が搭載され、なかでもフレアとその放射総量の観測に重点が置かれていた。興味深いことに、最初の5年間のデータによれば太陽はゆっくりと暗くなりつつあり、わずかではあるが1年ごとにはっきりした割合(0.02パーセント)で明るさを失っている。これについては頭を悩ます天文学者もいて、太陽はずっと暗くなり続けるのか、あるいは周期的な現象にすぎず、また少しずつ明るくなるのか、疑問の余地があると考えている。ロケットと気球による観測結果も活動の衰えを示し、さらに謎が深まっている。
通信障害が起きた4月のはじめには、スペースシャトル・ミッション41−CがSMMに到達し、修理を済ませていた。SMMはミッション開始後まもなく故障していたので、宇宙飛行士たちは史上はじめて宇宙空間で衛星を捕獲し、シャトルの貨物室に引き入れ、修理を完了させてから再び軌道に戻したのだ。さいわい、シャトルは4月13日に地球に帰還したため、太陽表面の巨大爆発によって乗組員が危険にさらされるという問題は回避することができた。ただ──その当時は重要性がはっきりわからなかったのだが──帰還後の検査で、そのスペースシャトルには「右側ノズル接合部でのプライマリOリングの摩耗」とされる現象が起きていた。2年後、そのシャトル「チャレンジャー号」は、右側固体燃料補助ロケットのOリングの破損によって爆発を起こし、乗組員の命が奪われることになった。そのミッションの機長ディック・スコビーは、SMMを修理したミッションにも乗組員として搭乗していた。
人類は太陽の気まぐれによって生まれた。大統領も太陽の前では力をもたず、地球周回軌道を巡る宇宙飛行士は太陽に比べていかにも弱々しく、つねになすがままだ。太陽が放つ力に応えて地球は震え、揺れる。太陽活動のわずかな変化が地球を温めたり冷やしたりし、気候帯を動かし、緑豊かな大地を砂漠に変え、文明の運命を、おそらく私たち人類の運命も含めて、変えてしまう。
では、太陽はいったいどこからやってきたのだろうか。そして、どれくらい長く燃え続けるのだろうか。