| 大森信[著] 2,000円+税 A5判 オールカラー208頁 2021年6月刊行 ISBN978-4-8067-1622-8 オスからメスへと性転換するタラバエビ、 ウツボの掃除屋アカシマシラヒゲエビ、 イソギンチャクを連れ歩く甲殻類、 満月の夜に旅立つオカガニの幼生たち、 シオマネキが招くのは潮ではなくメス…… 原始の時代から海や川や陸上にまで生息し、 生業や食料として人びとの暮らしと密接に関わってきたエビやカニなどの甲殻類は、 その身近さから世界中で郵便切手に描かれて親しまれてきた。 その生態や文化との関わりを、 60年にわたって海洋生物研究を続ける著者が豊富な知識と経験をもとに紹介する。 |
大森 信(おおもり・まこと)
水産学博士、東京海洋大学名誉教授。
1937 年大阪府生まれ。北海道大学水産学部卒、米国ウッズホール海洋研究所とワシントン大学大学院で学んだ後、
東京大学海洋研究所、カリフォルニア大学スクリップス海洋研究所、ユネスコ自然科学局海洋科学部門に勤務、
東京水産大学教授を経て、(一財)熱帯海洋生態研究振興財団の阿嘉島臨海研究所所長を務めた。
日本プランクトン学会会長やいくつもの国際学術誌の編集委員を歴任。
2002年にはNHK 総合テレビより8回にわたって放送された「海・青き大自然」の総監修を、
また2004 年には映画「ディープブルー」の監修を行った。
1970年、日本海洋学会岡田賞受賞。2011年、日本サンゴ礁学会学会賞受賞。
著書・共著書に『動物プランクトン生態研究法』(共立出版)、
"Methods in Marine ZooplanktonEcology"(Wiley Interscience, New York)、『蝦と蟹』(恒星社厚生閣)、
『さくらえび:漁業百年史』(静岡新聞社)、『サンゴ礁修復に関する技術手法』(環境省)、『海の生物多様性』(築地書館)などがある。
はじめに
1 甲殻類の郵便切手と分類学
2 アルテミア ホウネンエビモドキ科
3 ゾウミジンコ ゾウミジンコ科
4 コペポーダ(カイアシ類) カラヌス科、ユウキータ科、ポンテラ科
a. 海のコメ、カラヌス目 b. 海は未来への遺産
5 カメノテとエボシガイ ミョウガガイ科、エボシガイ科
[コラム1]切手を集める
6 フジツボ フジツボ科、オニフジツボ科
a. タテジマフジツボ b. フジツボを食べる c. クジラに付くフジツボ
7 シャコの仲間 シャコ科、トラフシャコ科
8 アミの仲間 アミ科
9 クーマの仲間 ナナスタシア科
10 等脚類 オカダンゴムシ科、ミズムシ科、トガリヘラムシ科、コツブムシ科
11 端脚類 ヨコエビ科、アマリリス科、ハマトビムシ科、ヒヤレラ科、フクロウミノミ科、クラゲノミ科
a. ハマトビムシとフクロウミノミとクラゲノミ
b. 温泉に棲むヨコエビ、アチチ君
12 オキアミの仲間 オキアミ科
a. ナンキョクオキアミ b. 北の海のオキアミ
13 カニのゾエア幼生とカルロス1世
[コラム2]甲殻類の発生と脱皮
14 深海を泳ぐエビ チヒロエビ科
15 クルマエビの仲間 クルマエビ科
a. インド・西太平洋のクルマエビ類 b. 東太平洋のクルマエビ類
c. 大西洋のクルマエビ類 d. エビの背わた
16 タラバエビの仲間 タラバエビ科
a. 大きい個体はすべてメス b. 泉のジンケンエビ
17 切手になっていないシラエビとサクラエビ オキエビ科、サクラエビ科
18 テッポウエビの仲間 テッポウエビ科
a. テッポウエビとハゼの共棲 b. 衝撃波で棲みかを守る
19 さんご礁の外科医 オトヒメエビ科
20 さんご礁の色鮮やかな忍者たち(1) ヒゲナガモエビ科、ヒメサンゴモエビ科、リュウグウモエビ科
a. ウツボの掃除屋の変わったカップル生活 b. サンゴの上のシャチホコ
c. ヴァツレレ島の赤いエビ
21 さんご礁の色鮮やかな忍者たち(2) サラサエビ科、テナガエビ科
a. 水族館の人気者 b. ヒトデを食べるエビ
22 テナガエビの仲間 テナガエビ科
a. 青いアオザイ b. 大きい卵と小さい卵 c. エビの聴覚
d. 多様な共生生活 e. 海のマルハナバチ
23 川のイエローノーズ キホカリス科
24 ザリガニの仲間 ザリガニ科、アメリカザリガニ科、アジアザリガニ科、ミナミザリガニ科
a. アメリカザリガニとチョウセンザリガニ
b. ヨーロッパアカアシザリガニとシロアシザリガニ
c. 世界最初のザリガニの切手 d. ミナミザリガニ
25 ロブスター アカザエビ科
a. ウッズホールのロブスター b. クラムベイク
26 ヨーロッパアカザエビ アカザエビ科
27 水族館の人気者 ショウグンエビ科
28 釣りの餌 カリキリ科
29 化石のエビと生きた化石のエビ エリオン科、センジュエビ科
30 王者の貫禄、イセエビ類 イセエビ科
a. 海の翁 b. 海流の道 c. 赤いせえび、青いせえび
d. カリブイセエビの行進 e. ブルターニュ地方のラングスト
f. 南の冷たい海の美果
[コラム3]混ぜて減らす
31 泥底に潜む異相のエビたち セミエビ科
32 ヤドカリの仲間 ヤドカリ科、ホンヤドカリ科、オカヤドカリ科
a. 磯の人気者たち b. ヤシガニ
33 タラバガニの仲間 タラバガニ科
a. タラバガニを釣った b. 全身とげだらけ
c. パタゴニアのミナミタラバガニ
34 コシオリエビの仲間 コシオリエビ科、チュウコシオリエビ科、シンカイコシオリエビ科、カニダマシ科
a. 海上を赤く染める大群 b. 切手になった新種 c. カニだまし
35 カイメンを背負って カイカムリ科
36 アサヒガニ アサヒガニ科
37 カラッパの仲間 カラッパ科、キンセンガニ科
a. 恥ずかしがり屋のカニ b. キンセンガニを食べる?
38 クモガニの仲間 ケアシガニ科、クモガニ科、ケセンガニ科、モガニ科、ミトラクス科、イッカククモガニ科
a. ズワイガニ b. 殻も役に立つ c. タカアシガニ
d. 雄大なオスのハサミ e. アシダカグモのようなカニ
39 ヒシガニの巨大なクレーン ヒシガニ科
40 ケガニ クリガニ科
41 イチョウガニの仲間 イチョウガニ科
a. ヨーロッパイチョウガニ b. ヨナクラブとダンジネスクラブ
42 ガザミの仲間 ガザミ科、ヒラツメガニ科、シワガザミ科、ミドリガニ科、オオエンコウガニ科
a. 江戸前の味 b. アミメノコギリガザミとヒラツメガニ
c. 脱皮と自割とクッキング d. アンコーナのブイヤベース
e. わたりがに4 種 f. オオエンコウガニ
43 熱水噴出孔に棲むカニ ユノハナガニ科
44 サンゴガニの仲間 サンゴガニ科、ヒメサンゴガニ科
45 ユウモンガニの仲間 ユウモンガニ科
46 オウギガニの仲間 オウギガニ科、パノペウス科
a. 変化に富む甲の色と紋様 b. カニの毒
c. 両手にイソギンチャク d. 密かにやってきたミナトオウギガニ
47 イワオウギガニの仲間 イワオウギガニ科、イソオウギガニ科、スベスベオウギガニ科
a. 名画になったカニ b. フロリダイシガニのハサミ
c. 歌舞伎役者のようなクマドリオウギガニ
48 目立たないカニ ケブカガニ科
49 陸に上がったカニたち イワガニ科、オカガニ科、トゲアシガニ科
a. 土手くずし b. 岩場を走るカニ
c. アセンション島のイワガニとオカガニ d. 幼生の放出
e. クリスマス島の赤いオカガニ
50 マングローブに棲むカニ ベンケイガニ科、イワガニ科
51 チュウゴクモクズガニの明と暗 モクズガニ科
52 サワガニの仲間 サワガニ科、シウドテルフーサ科
53 スナガニの仲間 スナガニ科、ミナミコメツキガニ科
a. けわしい恋の道 b. がん漬け c. 幽霊ガニ d. ミナミコメツキガニ
54 カニ座の切手
おわりに
引用文献
生物名索引
事項索引
甲殻類(甲殻亜門)は動物の世界で最も繁栄している節足動物門の中で、昆虫類に次いで重要な一群である。水生動物としては貝類の次に種類が多く、現在までに7綱7万種以上が知られている。大型のエビやカニは原始の時代から食料源として、ヒトの生活と密接なかかわりをもってきた。おいしくて経済価値が高い水産物だけでなく、美しい色彩や面白い習性をもつものや、海岸でのレジャーで親しまれている種類が多いから、しばしば郵便切手の図柄として使われている。殊に1960 年代後半から印刷技術の進歩と相まって、新たに独立した旧植民地や遠隔の大洋島で、切手収集家のためともみられるような多色刷りの切手が次々に発行されるようになって、甲殻類の切手は数を増した。
パリやアムステルダムでは、日曜日になると街の公園で朝から切手市が開かれる。同好のひとたちが木陰のベンチで話したり、露店に並べられた切手帳を開いたりして静かな休日を過ごしている様子は、人間の歴史のある日常生活だけが醸し出す和やかな風景である。残念ながら、この趣味の文化を見るような雰囲気は日本のどこにもないようだ。オランダのライデンにあるオランダ国立自然史博物館(現、ナチュラリス生物多様性センター)におられた甲殻類分類学の碩学(せきがく)、リプケ・ホルトハウス博士(L. Holthuis, 1921-2008)のコレクションに触発されて甲殻類の切手集めを始めた私は、外国に滞在しているときには、ときどきそんな切手市に出かけて、くつろいだ一時を過ごした。会議で疲れた頭の休養になったし、ちょっぴり土地っ子になったような気分も味わえて楽しかった。
トピカル(動物や乗り物など図案別の)切手収集の楽しさは図柄の美しさだけでなく、その切手が発行された理由や図柄の背景調べにあるというひとが多い。しかし近年、各国の郵便制度が変わって、切手の発行が公社や民間に委ねられるようになり、そうした国からは、残念ながらその地域とは何の関係もない図柄の切手がしばしば発行されるようになって、郵便切手の品格が下がり、切手が必ずしもその国の生きものや地理や文化を世界に伝えるものではなくなった。それでも集まった切手をあらためて眺めてみると、一枚一枚にその切手を見つけたときの軽い興奮が頭をよぎるし、時にはエビやカニが棲むはるかな 海の風や小島に躍る陽光を感じたり、その料理を味わったときをなつかしむことがある。
ホルトハウス博士や各国で活躍する甲殻類の研究者と一緒に切手の図柄から種類を判じて書き留めておいたメモを整理して、その中のいくつかの種類について、その生態や私たちの生活とのつながりやそれらに出会ったときの想い出を甲殻類の博物誌というかたちにまとめたのがこの本である。一辺数センチメートルに過ぎない郵便切手が、波立つ大海原や静かな内海や小さなせせらぎに棲む多様ないのちの世界へのいざないとなれば大変うれしい。本書を、長年、一緒に切手集めを楽しんだ亡きホルトハウス博士に捧げる。
海に棲むもの陸に棲むもの、クジラや魚の餌になるもの、ウツボやイソギンチャクと共生するもの、無性生殖で増えるものから性転換をするものまで、一口に甲殻類といってもその生態はさまざまです。そんな不思議な生物を、人間は150年にわたって切手に描いてきました。
本書では、日本や世界で切手になった253種の甲殻類を、半世紀以上にわたって海洋生物研究を続け、何種もの甲殻類の命名者になっている著者が解説します。
本書の魅力は甲殻類を説明するだけにとどまりません。
世界各地で起こる環境悪化や生態系の撹乱、漁獲量の減少についてデータを用いて言及し、身近なエビ・カニを入口に環境や漁業、海洋資源の持続可能な利用を考えるきっかけとしての役割も果たします。
外出が難しい今だからこそ、世界の海でのびのびと生きる甲殻類と、さまざまな国や地域で食されるおいしいエビ・カニ料理に思いを馳せてみませんか。