| 相良直彦[著] 2,400円+税 四六判 280頁+カラー口絵4頁 2021年5月刊行 ISBN978-4-8067-1615-0 動物と菌類の食う・食われる、 動物の尿や肉のきのこへの変身、 きのこから探るモグラの生態、 鑑識菌学への先駆け、 地べたを這う研究の意外性、 菌類のおもしろさを生命連鎖と物質循環から描き、 共生観の変革を説く。 けものや昆虫と菌類、菌食と虫食 菌漬けの状態で育つハキリアリ ヒトの放尿もきのこにとっては大事件 きのこの長い地中柄(ちちゅうへい)の秘密 動物・植物・菌類三者の共生 ようこそ森の循環の深相を探る旅へ 放尿跡、モグラのトイレ、死体や巣の分解跡に好んで生えるアンモニア菌を、 地道な実験と観察によって、世界で初めて発見した菌類学者が、 地中で繰り広げられる動物と菌類のドラマを描いた幻の名著を改訂復刊する。 [カバー写真] 著者が研究したきのこの中から、 上:ナガエノスギタケダマシ。著者らにより新種として記載された。 下:ナガエノスギタケ。著者によりモグラの排泄所の跡に生えることがわかった。 |
相良直彦(さがら・なおひこ)
[略歴]
1938年、大分県に生まれる
1960年、京都大学農学部卒業
1962年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了
1966年、京都大学大学院農学研究科博士課程退学、京都大学教養部助手
1975年、京都大学教養部助教授、1989年、同教授
1992年、京都大学大学院人間・環境学研究科教授(改組、配置換え)
2001年、定年退職(63歳)
2001〜2003年、京都工芸繊維大学非常勤講師
2001〜2008年、龍谷大学非常勤講師
農学博士、京都大学名誉教授
尿、糞、死体などが朽ち果てた後(跡)に生える一群の菌類を発見し、生態群「アンモニア菌」「腐敗跡菌」を確立した。
また、モグラの生態研究にも独自の道を開いた。
[定年後の活動]
2000〜2008年、京都に半年(研究継続、非常勤講師)、郷里大分県の山間地に半年(百姓)。「百姓ハ百生ナリ、何でもやる」。
2009年以降、郷里に独居、百姓継続。
2011年以降、「やまくに山村塾」(成人向き勉強会)主宰。
2014 年、わな猟狩猟免許取得。
2016年、伐木等(チェインソー)業務資格取得。
2018年、車両系建設機械(油圧ショベル、ブルドーザーなど)運転免許取得。
山林を(個人で)所有することを勧めている。
はじめに
1章 けものときのこ
1──けものがきのこを食う
(1) リスの菌食
(2) モモンガの菌食
(3) ネズミの菌食
(4) その他のけものの菌食
(5) きのこ食の栄養学
2──きのこがけものを食う
(1) 真菌症
2章 昆虫ときのこ
1──昆虫がきのこを食う
(1) スズメバチとシラタマタケ
(2) 菌食の展望
(3) きのこむしとファーブル
(4) シロアリのきのこ栽培
(5) アリのきのこ栽培
(6) トビムシの菌食
(7) その他の「むし」の菌食
2──きのこが昆虫を食う
(1) 冬虫夏草
3章 線虫ときのこ
1──線虫がきのこを食う
(1) 菌食性線虫
2──きのこが線虫を食う
(1) 「肉食性きのこ類」
(2) 線虫を破壊するかび
4章 排泄物ときのこ
1──糞そのものに生える菌
(1) 糞生菌
(2) 土壌小動物の糞と菌
2──尿・糞の分解跡に生える菌
(1) 「アンモニア菌」
(2) キャンプ地の野外便所跡ときのこ
(3) タヌキの糞場ときのこ
(4) モグラの排泄所ときのこ
補記
5章 死体ときのこ
1──死肉が朽ちたあと
(1) トムライカビ、そして再びアンモニア菌
(2) 「死体探知茸」
2──硬組織の腐り
(1) 「毛生菌」「骨生菌」
3──虫たちの死体は
(1) 易分解部分
(2) 難分解部分
補記
6章 廃巣ときのこ
1──昆虫の生活の後始末
(1) クロスズメバチの巣跡とアンモニア菌
(2) ヤマアリの廃巣とカラカサタケモドキ
2──坑道ときのこ
(1) 「トンネル効果」
7章 生態系における動物ときのこ
1──生きとし生けるもの
(1) 生態学の基礎としての菌根学
(2) 木・きのこ・けもの+細菌の四者関係
(3) 倒木もまた森林の一要素
2──「菌態蛋白質」
(1) 菌食と「獲得消化酵素」
(2) 「木」を食うのか「朽木」を食うのか
3──「糞化」と「糞菌食」
(1) 破砕と化学変化
(2) 糞はめぐる
補記
8章 雑感
1──菌類生態学考
(1) 菌類との向き合い方
(2) 菌類ハ菌類デアル
(3) きのこを語るコトバ
(4) 実験精神
(5) 菌根観察のすすめ
(6) 実践篇・実戦論
2──ヒトと発酵──「ジュースパン」
3──上田俊穂さんから寄せられたナガエノスギタケ情報とヒミズ標本
4──モグラは森の生物だ
(1) 巣、坑道、個体の実在から──山地個体群は小さいか?
(2) 混棲的生息の実態から──山林は住みにくい場所か?
(3) 巣のつくりは広葉樹林起源?
(4) 「定住可能」は幸せでは?
(5) 浄化装置つき居住地
(6) 農耕地が開かれたのは最近のこと
5──鑑識菌学への試み──チベットかぶれのなれの果て
おわりに
引用文献
学名・欧語索引
索引
本書は1989年に出版された「きのこの生物学シリーズ」のひとつ『きのこと動物──ひとつの地下生物学』に新規の章を加えた新訂版である。
この本はどこから読んでいただいてもよいが、構成は次のようになっている。
1〜3章では、動物ときのことの関係を〈食う・食われる〉の観点からみる。菌食の意味やきのこの見方について議論を深めたい。その中の2章では昆虫と菌類の共生もあつかう。ここであつかうほかにも共生現象は存在するけれども、その菌類は「きのこ」の範囲をはずれるのでふれない。同じ理由で、水生動物と菌類との関係にもふれない。かといって、「きのこ」の範囲をはずれることをすべて排除したわけではない(4〜8章についても同じ)。この、本書の前半部分は、元来私の関心外だったので、消化不良のところがあると思う。
4〜6章では、動物の生活の後始末、すなわち排泄物や死体の分解と菌類との関係をみる。4章2節以降6章の終わりまでは、ほとんど私自身の研究紹介のようになる。その部分は、1965年以降に見出されたことで、私の研究以前にはほとんど知られざる世界であった。素朴で、19世紀までにわかっていてしかるべき話ばかりだと思われるかもしれないが、これが菌類をめぐる学問ないし地下生物学の現実である。ひとつの菌類生態学的研究がどのように行なわれたかもみていただけるのではないかと思う。
7章では、複雑にからみ合う自然を、共生、菌食、窒素などの面から再度のぞいてみる。力不足ではあるけれども、生きものはいうにおよばず倒木や糞にいたるまでの、すべての存在の尊さを感じとっていただけるのではないかと思う。ヒトの影響についてはふれないけれども、ヨーロッパではそれによって絶滅に瀕している菌類があるという議論が起こっている。
7章までのごくおおまかな輪郭は「きのこの生物学シリーズ」の監修者小川真氏によって示唆された。章の見出しのうち、「けものときのこ」と「昆虫ときのこ」は同氏の言葉そのままである。ほかの章は氏に示唆されたものよりふくらんだり、新設されたりしている。
登場する生物のうち、重要なものやまぎらわしいものには学名を添えた。索引の便のためでもある。和名は、使用例が見つかり次第それを用いた。とりあえず仮称をつくった場合もある。
文献は原典に当たってそれを引用すべきであるが、総説や解説をみることですませたところがある。「文献は原典に当たれ」と自らも言っておきながら面目ない。
間違いや誤解があると思う。御指摘いただければ幸いである。
新訂版刊行にあたっては、旧版の明らかな間違い、文章のぎこちないところ、誤解をまねきやすいところなどを直した。学名は基本的になるべく現行のものに変えた。ただし、「接合菌」「不完全菌」というまとめは残した。1〜3章については、その後の研究の進展を追跡していなかったので、改訂はできなかった。4章以降の、自分の専門のところは補足したいことがたくさん生じていて、それらは「補記」として各章末にまとめた。それでも、すべての展開を紹介できたわけではない。登場者の所属などは当時のままにしてある。
8章として、旧版刊行後に発表した短篇のいくつかを加筆・修正のうえ収載し、また新稿一篇を加えた。「菌類生態学 考」は、当時の雑誌の編集者から「菌類生態学とは何か」という理解しがたい課題を与えられ、苦しまぎれに書いたものである。「ヒトと発酵──『ジュースパン』」は私と酵母との淡いかかわりである。「きのこと動物」という主題の中では取りあつかわなかったけれども、ヒトは菌類を利用する。そして発酵に出会ったときに、不思議な力が生ずる。そのことにふれたかった。故上田俊穂氏追悼記事は、本書の相当部分を占めるナガエノスギタケ研究が、いかに他人(ひと)様の支援を受けたか、また難所でも行なわれたかを知っていただきたくて収載した。「モグラは森の生物だ」は、きのこ─モグラ学(きのこを手がかりにしたモグラ研究)から生まれた私のモグラ観である。新稿「鑑識菌学への試み──チベットかぶれのなれの果て」は、新訂版のあとがきのつもりで書いたものである。
引用文献の追加分は巻末にまとめ、旧版につづけて通し番号をつけた。したがって、著者名のアルファベット順は追加分で独立している。
『菌根の世界』に続いて本書の編集・製作担当したのだが、
菌類と植物のきってもきれない関係どころか、
菌類と動物と植物のきってもきれない関係が、
足もとの土の下で繰り広げられていることの驚き、わくわく感。
そこにはもちろん人間の営みも入っている。
なんだか土を踏みつけてはいけないような気分になってくる。
以前担当した『虫から死亡推定時刻はわかるのか?』は、
死体につく虫から死亡推定時刻を鑑識するものだったが、
この本では菌類による鑑識(死体のありかをさぐる)についても語られている。
そして、地道な実験・観察によって面白い発見していく、
ある事象から次々と発想を展開し、仮説を立て、さらに実験・観察を行うという、
研究の楽しさ、フィールドサイエンスの面白さを、本を読みながら存分に味わえる。
次に森に行くときには、いや都会の公園でもいい、
そこで絶妙な生命のやりとりが行われていること、
自分もその大きな自然の循環のなかの一部であることを感じつつ歩くと、
きっと自然がより興味深く、深遠なものに思えてくるのではないだろうか。