田村雄一（たむら・ゆういち）

1967年、高知県生まれ。
愛媛大学工学部電気工学科卒業後、株式会社西日本科学技術研究所入所。
1995年、高知県くらしと農業懸賞論文金賞受賞。
翌年、父親の跡を継ぎ、農業を始める。
2006年、佐川町農村環境計画策定委員長に就任。
2008年に、近自然農業の実践を目指して、さかわオーガニック&エコロジーラボラトリー（SOEL）発足。
同年、佐川町有機農業推進事業を受託。2016年に土壌医の資格を取得。TAMファーム合同会社代表。

はじめに

序章
ポジとネガ／近自然河川工法とは／近自然農業について／
景観生態学的視点から見た牧場／自然農への憧れ／近自然農業とＮＮＦ／
本当に大事なものは見えにくい

第１章  見える世界に目を向ける
１　いい土を探す
いい土とは／土ができるまで／土の肥沃度と雑草／土を触ってみる
２　いい風を探す
風の通り道を見る／強風への備え／標高と風
３　いい光を探す
日照の過不足に気を配る／平面受光か立体受光か／光と同じくらい陰も必要
４　いい水を探す
どこから来た水か／灌水と排水／十分な湿度はあるか
５　いい動植物を探す
どんな草が生えているか／害虫以外にも目を向ける／希少な生物を守る
６　作物を観察する
作物データを取る／生理障害を見る／葉の大きさ、匂いに注目
７　ネットワークを作る
地域独自の農法はあるか／産地を支える組織／異業種との連携

第２章  見えない世界を見る
１　系を意識する
地因子を考える／夏に冬を見る、冬に夏を見る／見えない種の役割／なぜ虫が集まるか
２　土の物理性
際と中央の違い／化学性・生物性と物理性のバランス／地力（ぢりき）／農機と肥料
３　土の化学分析値の活用
無機質と有機質の相互変化／土の肥満／施肥の見直し／土壌分析値の信ぴょう性／理想は天然林の林床
４　流れと淀み
農地と川の共通点／溶ける土／農地に淀み空間を作る／鉱物（砂・粘土）と糊（有機物）
５　自然に近い農空間
慣行農業と有機農業／無難に作る農業へ／自然により近づく

第３章  ＮＮＦの実践
１　強い繊維を作る
害虫・病原菌に克つ／繊維の厚みと匂い／繊維の味／太陽エネルギーを摂取する
２　炭素と窒素の比率と土
土は安定を求める／有機農業に適した堆肥／肥料の濃度／施肥のバランスをとる
３　土の許容量を見る
ＣＥＣ（塩基置換容量）とＰＨの関係／露地とハウスの土の太さ／自然の復元力を利用／
好適ＰＨ範囲に応じた作付け
４　農地生態系を複相化する
鉛直方向の親和性の向上／水平方向の親和性の向上／森の生態システムを農地に活かす／
分解者不在の圃場／雑食性の土づくり／微生物の衣食住

第４章  自然により近づく農空間づくり
１　自然の成り立ちにならえ
地質と植生の密な関係／深層へのアプローチ／地中の酸素を増やす／地下貯蔵アルコール／
脆弱な表土の改善／馴染みの良い有機物マルチ／堆肥マルチと有機物マルチ
２　菌の住処を第一に考える
堆肥の醸成／暴走菌を利用したぼかし／エレベーター理論
３　一に水分、二に水分
熱帯雨林農法／表土を常に湿潤に／太陽熱養生処理
４　肥料の作用スピード
肥料の減少スピード／減肥の難しさ／肥料のアクセル系、ブレーキ系、クラッチ系／
糖蜜と酢、にがりなどの活用／瞬発的な肥料と持続的な肥料／施用回数と順序
５　土壌構造を整える
土を外科的に治す、三つのメス／後は自然に任せる／深根性緑肥
６　自然のものを有効活用
大雨と水やり／資源となるゴミを探す／農場周辺の落葉樹を活かす／堆肥舎の有用性

おわりに
参考図書

  　夫婦で農業を営み、20年が経った。これまで酪農と園芸、米といった異なる部門を農場内で連携させ、農薬や化学肥料をなるべく用いない農法を実践してきた（主力品目のニラをはじめ、全ての野菜は無農薬無化学肥料である）。
  　長い間田舎に住み、日々飼育や栽培をする中、動物や植物そして土や水、風。こうしたものを眺めていて、「美しいなあ」とふと感じる時がある。
  　その感覚は、それらが存在する空間を含めたトータル的な美しさだと考える。野菜品評会や家畜共進会のような、見た目重視の形態的な美しさではない。
  　平成の初めより長い間、近自然河川工法を提唱してこられた福留脩文氏が、2013年のお正月にわが家の圃場を訪れた時、こう言われた。

  「田村、有機農業は美しいぞ」

  　近自然河川工法から、持続発展可能な地域計画へと理論を派生させた人物である。福留氏の語る真意としては、有機農業という言葉が、単に農薬や化学肥料を3年間使用しない原則的な農産物（注：有機ＪＡＳでは種まきをする2年以上前から農薬や化学肥料を使わない圃場、多年生作物の場合、使用禁止資材を3年以上使用していない圃場で栽培）のことを指しているのではないと、すぐに理解できた。
  　北海道網走市での河川改修に関わるかたわら、流域での有機農業の取り組みを視察、助言してこられたようである。その網走市の話題に触れて、そこで営まれる有機農業を指し、こう言われたのだ。

  　では、この有機農業に隠された意味とは何か。本書をまとめていくうちに、この有機農業の意味が自分なりに理解できるようになってきた。
  　それは、良好な農空間を整備することである。では、良好な農空間とは何を指すのか。それは風土に馴染む空間であるということだ。風土に馴染むということは、周辺の自然により近づいているということでもある。そこには、原理的に完成された固有の景観が存在する。

  　一般の人は景観と聞くと、街並みや観光地を想像するかもしれない。だが、ここでいう景観とは、豊かな自然生態系と人間の利用が衝突もしくは共存した表象（表の顔）なのだ。日本の農村景観の多くは、人間の開発利用によって土台となる自然生態系が崩れた挙句の残念な姿となっている。それは、造林された四季を通して真っ暗な森林やコンクリート護岸で固められた河川だけでなく、農地においても近代農法による生態系の単相化・弱体化は同然である。森林、河川、農地これらを合わせた農村生態系が非常に脆弱になっている。

  　農地が悪化した理由は、画一的な農地整備や農薬化学肥料に偏った近代農業だ。だが、この流れを止めて、昔に戻せと主張したいのではない。現代の知見を寄せ集め、理想の農業像に近づけてはどうかと言いたいのだ。
  　理想の農業像とは、農薬や化学肥料を全く必要としない、自然を最大限に利用した自然農のようなものであり、なおかつ収量が安定的に確保できる技術力の高い農業ではなかろうか。これを「進化した自然農」と、自分は呼ぶ。
  　この進化した自然農に近づけるための方法が、本書で提唱したいＮＮＦ（Near to Nature Farming）である。

  　さて、本書は4つの章で構成される。

  　まずは「見える世界」について述べる。
  　従前の農家は、農業を営むかたわら、漁や猟、山菜取りなどにも勤しんできた。そしてそれらは食卓のごちそうとして家族の腹を満たしてきた。余剰分は換金するために市場などに出された。農家は自らの畑だけでなく、農村やその周りの山川海に目を向ける必要があった。結果として、自然に詳しくなり、種名を覚え、生態を理解していった。見える世界がきちんと見えていた。
  　ところが今の農家は、そうした生活の糧が必要ないことから、関心を持って覚えることもなくなり、次第に自然に対して畏敬の念を抱かなくなり、無知になってきたように思う。周辺の自然がどうあろうと、自分の畑には全く関係ないと思っているからだ。
  　まずは見える世界が見えるかどうかである。換言すれば、自らが住む農空間が描けるかどうかである。そこが描けないと、理想の姿へと展開させることができない。

  　そして次の章では、「見えない世界を見る」。完成された固有の景観の原理を理解することである。原理なしに、見えない世界を見ることはできない。むしろ農地を知るための唯一の手立てが、原理であると思ってもらえれば良い。その一つが川のダイナミズム（浸食運搬堆積）である。または、消費者、生産者、分解者という生態ピラミッドの序列。こうした基本的な原理が、見えなかった世界を見る一助となるはずだ。

  　3章では、農空間を整えるためのポイントを述べる。土のＣ／Ｎ比（注：炭素÷窒素の比：Ｃ／Ｎ率という言い方もあるので、以下、全て比を除きＣ／Ｎとする）に合わせた施肥技術や、ＰＨ（土壌酸度）とＣＥＣ（塩基置換容量：土の保肥力）の関係について、さらには農地生態系のどの部分に着目すべきかを述べる。

  　最終章では、具体的な手法を示し、農業現場でどのようなことに取り組めばいいかを書いている。自然の仕組みが、最も優れた教師である。だから自然の仕組みに習うようにしなければならない。また人や作物といった主体を優先するのではなく、作物を取り巻く環境を優先的に整えてやれば、作物は自然と作りやすくなるということをいくつか例に挙げまとめている。

農薬、除草剤、大量の肥料。これらの投入で、全国の農地で土壌の疲弊が進んでいる。
このままではいつか、限界を迎えてしまう。
そんな中、新しい手法で成功している農家がある。
高知県佐川町で、農薬や化学肥料をなるべく用いない農業を実践して２０年。
風土に馴染む空間、良好な農空間を整備し、自然の力を最大限利用する農業に取り組んできた著者が、
これから目指すべき農業について、土づくりをはじめ具体的な手法とともに述べる。