| デイビッド・モントゴメリー[著] 片岡 夏実 [訳] 2,700円+税 四六判上製 352頁 2018年8月刊行 ISBN978-4-8067-1567-2 土は微生物と植物の根が耕していた―― 文明の象徴である犂やトラクターを手放し、微生物とともに世界を耕す、 土の健康と新しい農業をめぐる物語。 足元の土と微生物をどのように扱えば、 世界中の農業が持続可能で、農民が富み、温暖化対策になるのか。 アフリカやアメリカで行なわれている不耕起栽培や輪作・混作、有畜農業から、 アジアの保全型農業、日本のボカシまで、 篤農家や研究者の先進的な取り組みを世界各地で取材。 古代ローマに始まる農耕の歴史をひもときながら、 世界から飢饉をなくせる、輝かしい未来を語る。 深刻な食糧問題、環境問題を正面から扱いながら、希望に満ちた展望を持てる希有な本。 ベストセラー『土と内臓』『土の文明史』に続く、土の再生論。 ●毎日新聞書評中村桂子氏評 ●HONZ「解説」から読む本: http://honz.jp/articles/-/44887 ●農業新聞書評 特別編集委員山田優氏評(2019/1/6) |
デイビッド モントゴメリー(David R. Montgomery)
ワシントン大学地形学教授。
地形の発達、および地質学的プロセスが生態系と人間社会に及ぼす影響の研究で、
国際的に認められた地質学者である。
天才賞と呼ばれるマッカーサーフェローに2008 年に選ばれる。
ポピュラーサイエンス関連でKing of Fish: The Thousand ─ year Run of Salmon(未訳2003 年)、
『土の文明史─ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』(築地書館 2010 年)、
『土と内臓─微生物がつくる世界』(アン・ビクレーと共著 築地書館 2016 年)、
『岩は嘘をつかない─地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史』(白揚社 2015 年)の3冊の著作がある。
また、ダム撤去を追った『ダムネーション』(2014 年)などのドキュメンタリー映画ほか、
テレビ、ラジオ番組にも出演している。
執筆と研究以外の時間は、バンド「ビッグ・ダート」でギターを担当する。
序章
第1章 肥沃な廃墟――人はいかにして土を失ったのか?
人類最悪の発明――犂
自然と働く道
新たな革命――土壌の健康を求める農法
第2章 現代農業の神話――有機物と微生物から考える
神話の真実――化学製品は世界を養うか?
遺伝子組み換え作物が招いたいたちごっこ
第3章 地下経済の根っこ――腐植と微生物が植物を育てる
回帰の原則――菌根菌の役割に気づいた農学者
土の中の生命――根の回りで起きていること
微生物がにぎわう健康な土
第4章 最古の問題――土壌侵食との戦い
高いコストと衰えゆく土
土壌有機物はなぜ半減したのか?
くり返す土壌喪失――古代ギリシャと新大陸
土が文明を左右する
第5章 文明の象徴を手放すとき――不耕起と有機の融合
新たな道――環境保全型農業の三原則
ダスト・ボウルへの道――犂がもたらした大砂嵐
誰もが無料で採用できる解決策
零細農家を救った被覆植物
普遍的で単純な土壌管理の原則
深く根を張る作物を求めて
新しい多年生作物
第6章 緑の肥料――被覆作物で土壌回復
実物大の実験農場
雑草が生える余地をなくす方法
自給自足の肥料
輪作で害虫管理
ハイテク不耕起農業
農業システムを改善するための単純な原則
第7章 解決策の構築――アフリカの不耕起伝道師
自給農家向け不耕起センター
ミスター・マルチ
農民たちの日曜学校
渇水から作物を守る
森の土壌を再現する
食糧ジャングルの生産力
金は食べられない
土地の特徴を生かす研究
第8章 有機農業のジレンマ――何が普及を阻むのか?
有機不耕起農法は可能か?
有機農法のメリット――経済・環境・土の健康
「有機っぽい」農業のススメ
「農業はなくてはならない」
菌根菌と土壌団粒――グロマリンのはたらき
再生可能な農法へ
第9章 過放牧神話の真実――ウシと土壌の健康
4種の畑
よりよいやり方
低コストの再生可能農業
雑草をベーコンに――有畜農業
水の浸透と混作の関係
過放牧の効果
ウシが温暖化を食い止める
第10章 見えない家畜の群れ――土壌微生物を利用する
微生物を生かすバイオ炭
コンポストティー
コーヒー農家を変えた微生物接種
さび病と土壌微生物
食べ物の森――経済と生物への恩恵
バイオ炭に棲む地下の家畜
希望の光
第11章 炭素を増やす農業――表土を「作る」
炭素を土中へ
根菜が高める土壌栄養素
農場破産の原因
成功の鍵は多様性
世界が注目する農場
庭に見る土壌の回復
第12章 閉じられる円環――アジアの農業に学ぶ
排泄物を肥料に
バイオソリッド――現代の栄養循環
都市農業を活性化させる
終わりのない再生
第13章 第五の革命
生物多様性と持続可能な農業
農法転換の鍵
土を取り戻す新しい哲学
謝辞/訳者あとがき/参考文献/索引
はじめに
この本を読む前に、「土とはなにか」について説明しておかなければならない。多くの人は「土」とは足元にある黒褐色のもので、その上に植物が育つものと答えるであろう。それは正しいが、もう一歩踏み込んで土がどのようにしてでき、植物はなぜ土の上で育つのかまで考える人は少ないと思う。それを知るには森に行けばよい。木々の下には落ち葉が厚く降り積もっている。その落ち葉をかき分けて見ると、その下に黒い湿り気を帯びた粒子からなる「土」がある。さらに深く掘っていくと、白っぽい粘土や砂、岩石に達する。
このように、岩石が細かく砕かれたものに落葉のような生物の遺骸がまざり、ミミズのような土壌動物や菌や細菌のような微生物によって作られたものが土=土壌である。植物は、根から吸い上げた水と空気中の二酸化炭素から日光と葉緑素の働きによって有機物(糖のような炭素を含む黒い化合物。有機物の多い土は黒い。)をつくるが(光合成)、植物の発育のためには、それだけでは足りない。窒素、リン、カリなど必要な栄養素は植物の根のまわりにいる微生物の働きによって植物に与えられる。そのかわり、これらの微生物は植物の根から放出される有機物を受け取る。
土は、こうして植物と微生物のはたらきで岩石からつくりだされたものである。地球上で自然に土がつくられる速さは100年間で数ミリという遅いものである。しかし、人類がムギ、トウモロコシ、大豆などの食料を生産することによって土を消費してきた。その結果、ローマやマヤのよう古代文明は滅び、アメリカやアフリカの農業は衰退しつつある。この本では、このように衰退した土を、どのようにして蘇らせるべきかを説いているのである。
以下、各章ごとに内容をかいつまんで述べ、難しい単語の説明をおこなうことによって、読者の理解を少しでも助けようとするのが、この解説の目的である。最後に、この本では扱われていない水田土壌についても少し述べておきたい。
第1章 肥沃な廃墟-人はいかにして土を失ったのか?
森林や草原で長い時間をかけてつくられた土壌は、人間が地球上にあらわれてから4度の農業大革命をへて衰弱してきた。
第1は農耕の始まりで、牛のような畜力によって引かれる鋤(すき)によって、肥沃な表土をはぎとって栽培することであった。これによって一時的に作物の生産力があがり、人口がふえ、村が都市に、そして大帝国が生まれたが、その結果、肥沃な土壌は失われ不毛の沙漠が残った。
第2は、マメのような窒素を供給する作物の間作や堆肥の施用によって土壌を管理することで、これによって作物の収量は増えたが、土地を失った農民が都市に追い立てられ、安い労働力となり産業革命をうながした。
第3は、農業の機械化と大規模化である。衰えた土は農業機械と化学肥料によって生産力をとりもどし、収穫量はあがったが、より費用がかかるようになった結果、多くの農民が土から離れていった。これは今、日本の農業が抱えている問題である。
第4は、緑の大革命とよばれるもので、バイオテクノロジーによって生み出された高生産性種子や農薬などの化学工業製品が流通し、企業支配によって「売るために作る」という食料システムが強化された。アメリカは今、この段階にあり、衰弱した土壌は、化学肥料と除草剤によって辛うじて生産力が保たれている。この本では、このような栽培法を「慣行栽培」と読んでいる。
きたるべき第5の農業革命においては、「環境保全型農業」が土壌の肥沃度を回復するであろう。すでに、このような農業は世界各地で始まっており、著者はアメリカ国内からアフリカ、東洋におよぶ取材旅行によってそれを明らかにしている。
25頁 化学肥料=化学者は、植物の三大栄養成分として窒素、リン、カリを与えれば、植物は生育することを認めた。
これは肥沃な土壌から自然に与えられるものであるが、化学肥料はそれを化学的に合成したものである。
現在のような衰弱した土壌においては、この化学肥料をつかわなければ、農業生産をあげることができない。
25頁 間作・輪作=作物生産力を維持するために、土に栄養素を供給する植物を作物の畝の間に植えることを間作、時間的に
交互に植えることを輪作という。
25頁 化石燃料=石炭や石油のように土に埋まっている太古の植物の遺骸。かつて人類は地上に生えている植物を燃料としてきたが、
それらが枯渇した現在、現代生活は化石燃料なしには成り立たなくなっている。
25頁 バイオテクノロジー=生物工学ともよばれ、生物そのものや生物の成分を利用する技術。
最近では、遺伝子組み換え技術によって新しい作物品種が生み出されている。
第2章 現代農業の神話-有機物と微生物から考える
第3の農業革命以降の現代農業において、農業は石油、天然ガスによって作られる燃料、化学肥料、農薬、農業資材(ビニールなど)によって支えられている。しかし、石油、天然ガスはやがて枯渇する。また石油を燃やす結果生ずる二酸化炭素が空気中に増えることによって、太陽からくる熱の放出がおさえられて、地球の気温が上昇しはじめている。こういう状況の中で、次のような神話が語られているが、それは正しくない。
神話1「工業化され化学製品を多く使う大規模農業が世界を養っている」といわれるが、それは先進国の話で、世界の多くの農民は小規模で自分と家族を養うために耕作している。
神話2「工業化された化学製品を多くつかう農業の方が効率的である」といわれるが、それはアメリカのような単一作物の大規模栽培であって、多くの小規模農家は多様な作物を栽培しており、トータルでの生産量は大きい。
神話3「農業化学製品の使用が世界の農業を救うために必要だ」といわれるが、それはすでに肥沃度を失った土壌において言えることであって、肥沃な土壌に化学肥料を施しても、生産量はあまり上がらない。
そのほか、先進国においては農薬の大量使用にもかかわらず、生産された農産物の30〜40%が害虫と病気によって失われ、それに増加する食品廃棄を加えると、作物の半分は失われている。また、バイオテクノロジーによる遺伝子組み換え作物も問題をおこしている。
31頁 地球温暖化=石油燃料を燃やし続けたために、地球をとりまく空気中の二酸化炭素が増加し、
その結果太陽からくる熱が地球から適切に放出されなくなった結果、温度が上昇しつつあると考えられている。
32頁 マルサスの人口論=人口は幾何級数的に増加する(増加速度がしだいに大きくなる)が、
食料は一定の割合でしか増えないので、食料不足のために人口増加は頭打ちになるという学説。
34頁 代替農法=化学肥料と農薬にたよることのない農法。有機農法、自然農法などをさす。
37頁 遺伝子組み換え作物=遺伝子を人工的に入れ替えた作物。その代表例として、除草剤抵抗性作物とBt作物がある。
この方法でつくられた、除草剤グリホサートに抵抗性のあるムギ、トウモロコシ、大豆などを播いたあと、
この除草剤を撒くと、作物だけが残って雑草は枯れる。Btはバチルスチューリンギエンシスという
土壌中にある細菌のことで害虫を殺す。これを作物の遺伝子にくみこむと、これを食べた害虫が死ぬ。
これを開発したアメリカのモンサントという会社は、除草剤や害虫に抵抗性の作物種子を独占し、大きい利益をあげている。
しかし、その健康への危険性が危惧され、グリホサートやBtが効かない雑草や害虫が出現しはじめた。
第3章 地下経済の根っこ―腐植と微生物が植物を育てる
私達は、化学肥料を与えないと作物が稔らないと思いがちである。しかし、その考えは現代のように土壌有機物が衰退した土においては成り立つが、有機物の多い土壌においては成り立たない。植物は必要な栄養素のうち炭素だけは光合成によって空気中の炭酸ガスからとりいれるが、窒素やカリやリンのような栄養素は土壌中の微生物が供給しているのである。微生物の少ない土壌においてのみ、化学肥料が増収効果を持つ。
土壌中の微生物は空気中の窒素を固定して、植物に与える。マメの根粒菌はその例であるが、ほかにも窒素固定菌がある。岩石や砂の中にあるカリやリンはそのままでは植物が利用できないが微生物によって植物が利用できる形になる。一方、植物の根から土壌中に放出される糖やタンパク質のような炭素源が微生物の栄養源となる。土壌中ではこのような植物と微生物の間の共生関係が成り立っているのである。
植物の遺骸は別の微生物のはたらきで分解されて腐植となるが、この中には微生物がたくさんいて、化学肥料なしで植物が育つことができる。
43頁 菌根菌=植物の根のまわりにいる菌類で、長い糸状の菌糸を伸ばして、
植物の根が届かない広い範囲から栄養素を集めて植物に与える。
例えば、マツタケやショーロのようなキノコはマツの根につく菌根菌の一種である。
45頁 団粒=土壌中で岩石の細かい粒子が有機物によって小さい団子状に集まった状態。
団粒の間には空気と水があり、そこで微生物がよく活動できる。
土を水にいれてかきまわすと、団粒の多い土では土の粒子が沈殿して上澄みは澄んでくるが、
団粒の少ない土は沈殿せず、何時までも濁っているのでよくわかる。
(209頁参照)団粒の多い土には雨水がよく浸透し、それを保持するので干ばつになりにくい。
団粒の少ない土には雨水が浸透せず、地表を流れて、土が浸食されやすい。
第4章 最古の問題-土壌浸食との戦い
歴史的に人類はくりかえし土壌浸食によって悩まされて来た。それは中東でもローマでも中国でも起こったことで、今、アメリカの農家を悩ませている。かつてアメリカ大陸には草原がひろがり、バッファロー(アメリカ野牛)が群れをなして草を食み、土は肥沃あった。そこに18世紀はじめにヨーロパから移民が入植し、肥沃な土を鋤で掘り返し、ムギやワタのような換金作物を大規模に栽培した。はじめのうち収穫はあがったが、耕すことによってはぎとられ、腐植質を失った土は風に吹かれてダストボール(砂嵐)となり、また大雨によって川を流れ下り、衰えた土では収量が低下した。春先に「黄砂」となって日本まで飛んで来る砂は中国でもこれがおきていることを示している。一方、エジプトの農業が長くつづいたのは、アフリカ中部で浸食された土が毎年のナイル川の氾濫によってもたらされたからである。
有機物がなくなり衰弱した土で収穫をあげるために、化学肥料が使われるようになった。それは化学肥料会社を儲けさせたが、収量の減った農家はトラクターの燃料代と肥料代を支払えず次々と破産していった。また将来、地球上に安い石油がなくなったとき、燃料と肥料に頼ってきた農業そのものが不可能になることであろう。
このような状況で生まれたのが不耕起栽培である。そこでは、地表を耕すことなく、幅の狭い溝だけを掘って、そこに種をまき、必要なだけの少量の化学肥料をほどこす。これによって農家はトラクターの燃料と化学肥料を節約し、農業をつづけることができるのである。
55頁 補助金つき作物保険料=不作のときに支払われる保険料。その掛金は農家と政府(税金)がはらう。
56頁 精密施肥システム=肥料を畑全面に散布するのでなく、種を播く場所にだけ少量施肥する方法。
そのための器具がトラクターにとりつけられる。
第5章 文明の象徴を手放すときー不耕起と有機の融合
農業がはじまったときには、土に棒で穴をあけて種を撒くという方法がとられ、草で覆われた地表の大部分はそのままであった。その土を鍬で耕すようになると、土壌有機物が空気にふれて分解し、作物に養分を供給することによって、収量が増えた。この鍬よりさらに能率的に土を耕すのが牛や馬に曳かせた鋤で、これによって生産量は増加し、古代文明が栄えたのだった。しかし、それまで土中にあった有機物が使いつくされると、土は不毛の砂となり、古代文明は滅んでいったのである。アメリカ東部の開拓がはじまった200年前にも同じ事が起こった。有機物が消耗し、生産力が衰えるにしたがい、土は乾いた砂となり、干ばつの年には昼なお暗い砂嵐が吹き荒れた。農家は肥沃な土を求めて西へ西へと進み、遂に西海岸に達したのである。
その頃、化学肥料が発明され、土は再び生産力をとりもどしたが、干ばつの年には砂嵐が吹き荒れた。そこで、土壌保全法が成立し、現在、アメリカの農地の3分の1は「不耕起栽培」となっている。耕さない畑には雑草が繁茂する。そこで大量の除草剤がつかわれている。同じ作物を連作することによって病害虫が殖え、その防除のために農薬がつかわれる。すなわち、アメリカの農業は、化学肥料と除草剤、農薬によって辛うじて成り立っており、これを「慣行栽培」と呼ぶ。
一方、化学肥料も除草剤、農薬もつかわない「有機栽培」がある。
これは化学薬品の健康への影響を恐れ、また農薬によって、かえって増える病害虫を防ぐために行われている。
この「不耕起栽培」と「有機栽培」が融合したのが「環境保全型農業」である。その原則は次の3つである。
(1)土壌の撹乱を最小限にする。
(2)被覆作物を栽培するか作物残渣を残して、土壌が常に覆われているようにする。
(3)多様な作物を輪作する。
これによって土壌微生物は保全され、肥沃な土が再生し、病害虫も減り、作物の収量も確保されることが、次第に明らかになりつつある。
71頁 マルチ=草、作物残渣、被覆作物、ビニールなどで地表を覆うこと。
72頁 バイオマス=生物体の総量。
72頁 生物多様性=さまざまな種類の動植物があること。
73頁 自然農法=日本の福島正信氏によって提唱された農法。自然の植物の生育環境に似せた栽培法。
88頁 メタ分析=多くの研究結果を比較分析し、全体的な結論を導く方法。
91頁 多年生作物=一年に一回開花結実して枯れる植物を一年生植物。同じ株に毎年開花結実する植物を多年生という。
ムギ、トウモロコシ、大豆などの作物は一年生であるが、これを多年生植物と交配して多年生作物を作る試みが行われている。
第6章 緑の肥料-被覆作物で土壌回復
この章では、環境保全型農業の実際が語られる。それは理屈ではなく、不耕起、被覆作物、輪作がなにをもたらすかを実際の畑で農家が見ることが大切である。
鋤で地面をかき回さないと雑草は少なくなるが、もっともよい雑草抑制は被覆作物(クローバなど)の栽培と作物残渣を地表に残すことである。また、コムギ、トウモロコシ、大豆、エンドウのような作物を適切に輪作することによって雑草は減る。
被覆作物は土壌中の有機物を増やす。つまり肥料が自給自足される。
また不耕起栽培では雨がよく土に浸透するので干ばつは起こりにくい。
同じ作物を連作すると病害虫が増加するが、適切に輪作すれば、それぞれの作物の異なる病害虫は年を越えて増える事ができないために減って行く。
このように、環境保全型農業では、トラクターの燃料、化学肥料を減らしながら、作物の生産量をあげ、その結果農家の収益が上がるので、それを農家が知ったとき、この方法は普及していく。
98頁 氷河=北アメリカはかつてほとんどの地域が氷河に覆われ地上の岩石は削られていた。
その後、気温があがったために、現在の地表があらわれたのである。
101頁、118頁 巨大なスプリンクラー=アメリカ中部の乾燥地帯では井戸から汲み上げた水を、
井戸を中心として廻る巨大なパイプで円形状に散布し土地を灌漑する。
102頁 炭素中立=空気中の二酸化炭素を植物が吸収する量と、石油などを燃やした際に発生する二酸化炭素の量を同じにすること。
これによって地球温暖化をふせぐ。
112頁 ネオニコチノイド=殺虫剤の一種で、植物体に吸収され、それを食う害虫を殺すための農薬で広くつかわれている。
しかし、これは害虫の天敵をも無差別的に殺すので解決にならない。健康への被害も懸念されている。
114頁 作物保険政策=作物が病害虫の被害をうけたときに、その損害額を保証する制度。
しかし、これは政府のすすめる慣行栽培でないと適用されない。
118頁 GPS=全地球測位システム。人工衛星を利用して、地球上の位置を知るシステム。
日本ではカーナビなどで利用されているが、アメリカのように広い畑の中では、
これによってトラクターの位置を知ることができる。
第7章 解決策の構築-アフリカの不耕起伝道師
アフリカで始まった環境保全型農業について述べている。アフリカでは小規模な農家が小さな鍬で耕す焼き畑農業を行って来た。これは地表に生えた草や作物残渣に火をつけたあとに種をまくものである。これによって土壌有機物は失われ、あとに鉄とアルミニュウムを含む痩せた赤土をのこした。西欧からの援助のもとで進められた「緑の革命」は、トラクターで大規模に耕作し、そこに化学肥料を施し、それを吸収する多収品種の種をまくことであった。しかし、一時的な増収ののち、土壌浸食がさらにすすんだ。その結果「慣行農業」はアフリカには定着しなかった。小規模農家はトラクターも肥料も買う金を持っていなかったからだ。
アフリカで「環境保全型農業」を実践・普及している人がいる。そこでは、まず、焼き畑農業をやめて地表面を作物残渣、被覆植物などで覆うことである。これによって熱帯の雨による土壌浸食がおさえられ、作物残渣は微生物によって分解され、有機物の多い肥沃な土がうまれる。そこで、複数の作物を同時に栽培する混植をおこなう。これによって生物多様性がうまれ、病害虫に強くなる。こうしたことは、試験場で実物を見た農家から周囲に広がりつつある。
132頁 緑肥=主にマメ科の植物で根粒菌によって窒素が供給される。
141頁 プランテーン=料理用のバナナ。
141頁 カカオ=チョコレートやココアの原料となる。
148頁 キャッサバ=地下のイモがデンプンの原料となる。
154頁 サブサハラ=アフリカのサハラ沙漠以南
第8章 有機農業のジレンマー何が普及を阻むのか?
有機農業は化学肥料、除草剤、農薬を使わないで有機肥料を使う農業である。したがって除草が最大の問題であり、そのために鋤はつかわれてきた。したがって不耕起栽培とはなじまないように思われる。しかし、ローラークリンパー(163頁)のような機械は、作物残渣や被覆作物をなぎたおしてマルチにすることで、不耕起と有機栽培を両立させた。
有機栽培は化学肥料を使う慣行栽培よりも収量が低いといわれてきた。しかし、それは単一作物を栽培する場合であって、被覆作物を含む各種の作物を輪作したばあいには、トータルの収量が多い。そして、土壌有機物が増えて行くにしたがって、生産量はさらに増えて行く。
有機農業の普及を阻んでいるのは、政府の作物保険制度である。これは不作の年に補助金で収入を補填するが、有機農業には適用されない。多くの農家は有機栽培のような新しいことを始めるのに躊躇することになる。
全ての農地が有機に転換したら、増加する世界人口を養う事ができるだろうかという疑問もある。有機農法を被覆作物と輪作と組み合わせた場合には、その生産量は慣行栽培を凌ぐ。また、慣行栽培は土を衰えさせるため、化学肥料がなければ成り立たないが、化学肥料は石油がなければ作れない。石油の枯渇が迫っている現在、有機農法は土壌を肥沃にし、持続的な農業を可能にするだろう。
167頁 1エーカー=約0.4ヘクタール=約4反
第9章 過放牧神話の真実-ウシと土壌の健康
家畜の過放牧によって豊かな草原が荒廃したといわれる。しかし、それは広い草原にウシを放牧し、草が食い尽くされた結果である。
ここでは、狭い区画を囲って、そこに多数のウシを1日か2日放し、草が食い尽くされる前に、隣の区画に移すという集約放牧が紹介されている。ウシに食われる、蹄で踏まれることによって、草は刺激されて、生育がよくなり、ウシが落とす糞は有機肥料になる。そして肥沃な土地が蘇る。
これは、実は、アメリカの開拓が行われる前にアメリカ野牛がやっていたことである。野牛は狼などに襲われないように、大群をなして移動していた。その結果、肥沃な草原がひろがっていたのだった。この草原が開拓されて、生産力が低下し、化学肥料に頼る慣行栽培がはじまった。牛は畜舎に入れられて、慣行栽培で育ったトウモロコシなどの飼料を食べている。この牛を草地にもどそうとするのが、集約放牧である。
186頁 過放牧=草が食い尽くされるまでウシを放牧すること。
204頁 糞虫=ウシなどの糞を丸めて、その中に卵を産む甲虫の一種。卵は糞を食って発育する。
第10章 見えない家畜の群れー土壌微生物を利用する
コスタリカのような雨が多く、気温の高い熱帯では樹木や草の枯れ葉などは、すぐに分解されて地表に残らない。そのため土壌が薄く、栄養分は主に樹木や草の中にあるだけである。そのようなところで、化学肥料を使っておこなわれるコーヒーやカカオは間もなく土壌中の栄養分を使い果たして収量が低下し、その土地は放棄される。そのような場所で、土壌中に栄養分を保つ方法として、ここでは有機物に微生物を植え付ける方法とバイオ炭を紹介している。
微生物は森の土の中に一杯いるので、それを作物残渣などの有機物に振りまいてやると、微生物が豊富な堆肥となる。日本で米ヌカなどから作られるボカシ肥料と同じである。
バイオ炭を作るには、木や草や廃棄物など燃えるものなら何でも、低温で加熱して、まず発生する揮発物質を燃やす。あとに残った炭は多孔質で微生物のよい住処となり、また、そのアルカリ性で化学肥料によって酸性化した熱帯土壌を中和する。
微生物豊富な堆肥とバイオ炭をつかうと、化学肥料なしで、持続的に作物を育てることができる。また、サビ病のような病気や害虫のイモムシなどを殺す微生物がふえて、農薬を使う必要がなくなる。この本では、これらの微生物を「見えない家畜」というのである。
233頁 比嘉照男=琉球大学教授。EM(有用微生物肥料)の発案者。
247頁 カーボンオフセット=人間の経済活動や生活などを通して「ある場所」で排出された
二酸化炭素などの温室効果ガスを、植林・森林保護・クリーンエネルギー事業(排出権購入)による削減活動によって
「他の場所」で直接的、間接的に吸収しようとする考え方や活動の総称である。
248頁 カーボンフットプリント=商品やサービスの原材料調達から 廃棄・リサイクルに至るまでに排出される
温室効果ガスの排出量を二酸化炭素に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組み。
フットプリントとは足跡のこと。
第11章 炭素を増やす農業-表土を「作る」
現在、産業革命以来増え続ける空気中の二酸化炭素が温暖化物質として、地球をおびやかしている。いかにして、二酸化炭素をへらすべきかについて、この章では述べられる。
空気中の炭素は光合成によって植物に取り込まれる。しかし、土壌中の炭素は植物には直接利用されない。しかし、それは土壌中の微生物によって利用され、これらの微生物が窒素、リン、カリなどその他の栄養素を植物に与える。
これまで繰り返し述べられたように作物残渣や被覆作物は微生物によって分解され、その炭素を有機物として土壌に返す。これが、今問題になっている地球温暖化の有力な解決法である。
環境保全型農業は化学物質を使わずに収量をあげると同時に、こうした地球環境の改善にも働くことをこの本は強調している。
251頁 炭素隔離=空気中の二酸化炭素を土壌中にもどして空気から隔離し、地球温暖化を抑えること。
258頁 根の浸出液=植物は根から糖のような炭素化合物を土壌中に放出し、それが土壌中の微生物の餌となる。
根は、作物を支持し、栄養素を吸収するだけでなく、必要な栄養素を供給することによって微生物を育てている。
第12章 閉じられる円輪-アジアの農業に学ぶ
植物の必須栄養成分である窒素、リン、カリを発見したリービッヒの弟子達が、化学肥料に路をひらいたことはよく知られているが、リービッヒが晩年に腐敗した有機物を土にかえすことを主張していたことは、あまり知られていない。
アメリカはではわずか200年で土の肥沃度が低下したのに対し、中国と日本の農業は4000年もの間、土の肥沃度を保ち、密度の高い人口を養っている。その秘密の鍵は、人間や動物の排泄物を日常的に土地にかえしていたことである。
また、中国や日本では、例えば、コムギを刈り取る少し前に、その畝間に綿花の種を播くというように、地表を裸にしない輪作を行うのが常識となっていた。これはまさに環境保全型農業の一要素である。
アメリカでも今、排泄物や食品屑を含む都市下水を肥料化して土にもどす活動が始まっている。将来、これによって、都市の中と周辺に都市農業が成りたつ可能性がある。
293頁 1ヤード=約0.9メートル、従って1立方ヤードは約0.7立方メートル
第13章 第五の革命
土を耕すことによって歴史的に衰弱した土壌で生産力を回復させるために、化学肥料、除草剤、農薬による慣行農業が行われた。しかし、それによって、農家は高い農業生産資材と安い農産物価格のあいだで苦しめられている。政府はこれを補助金によって解決しようとしているが、これが、農家が環境保全型農業をとりいれることを妨げている。
この本で紹介した各地で行われている環境保全型農業によって、土の健康をとりもどすことが、第五の農業革命となるであろう。
付録 水田農業の場合
この本では、アジアで広くおこなわれている稲作についてはふれられていない。そこで、水田の土壌の特殊性について解説したい。
イネは8000〜9000年前に、中国南部の長江(揚子江)中・下流域の湿地帯で野生イネから栽培化されたものと考えられている。日本には紀元前700年頃に渡来民によってもたらされ、縄文時代から弥生時代にかわった。
イネは水生植物であり湿地や水田のような水のなかで生育する。水の中の土は酸素が少ないため、ムギ、トウモロコシ、大豆のような畑作物は育つことができない。しかし、イネには葉から根にいたる空気の通り道があり、水中の根にも酸素が供給される。
イネが必要とする栄養素のうち、カリ、マグネシウム、カルシウムは、灌漑水によって充分に供給される。窒素は水中の藍藻や窒素固定微生物によって供給される。リンだけは不足がちであるが有機物から供給される。
南アジアの稲作は大河の上流から川によって運ばれる有機物を利用している。日本では、稲ワラや野草を積み上げて牛馬の糞尿をかけて作られる堆肥によって有機物が供給されてきた。このような有利な条件のもとで、イネは無肥料でも肥料のある場合の78%の収量を上げる。一方陸稲(おかぼ)やムギにおいては無肥料では肥料のある場合の約50%しか収量が上がらない。
日本で近代化農業が始まる前には、イネの種子を苗代に高密度に播いて5?6葉に育ってから、本田に移植した。これは、苗が小さいうちに雑草に負けないようにするためである。田植え後も、草取りは普通3回行われた。稲刈り後は水を切り、西南暖地では冬ムギとの輪作が行われたが、気温の低い東日本から東北地方では休閑となった。
1950年代からはじまった近代化農業(慣行農業)では、耕起は牛馬耕からトラクター、肥料は堆肥から化学肥料、田植えは手植えから田植機、除草は手取りから除草剤、収穫・乾燥は手刈り・自然乾燥からコンバイン・乾燥機へと機械化、化学化がすすんだ。これによって労働力は大幅に削減されたが、水田の有機物の減少と経費の増加によって農家が悩まされる点ではアメリカの農業と同じである。また、これによる水田土壌の老朽化が心配される。
最近、不耕起、冬季湛水、無肥料、無除草剤、無農薬によっておこなわれる「自然栽培」が始まっている。これによって、ある農家は慣行栽培より収量がすこし少ないが、15年間、同じ収量を維持している。ただ、除草だけは人力によっている。
「自然農法」の主唱者である福岡正信氏は、暖地で行われるイネ・ムギ二毛作に窒素を供給するクローバを組み合わせることによって完全自然栽培を実現している。これは、この本が提唱する環境保全型農業に近いものと考えられる。
参考文献
池橋 宏『稲作の起源-イネ学から考古学への挑戦』2005年、講談社
久馬一剛『土とは何だろうか』2005年、京都大学学術出版会
福岡正信『自然農法-わら一本の革命』1983年、春秋社
革命が起きようとしている――土壌の健康の革命が。農耕の始まり以来、土壌を劣化させた社会が次から次へ、記憶のかなたへと消えていった。しかし私たちは、地球規模でこの歴史をくり返さなくてもいい。土壌劣化の問題は、人類が直面する差し迫った危機の中で、もっとも認識されずにいるが、同時にきわめて解決しやすいものでもある。楽観的な環境問題の本を読む、心の準備はいいだろうか?
革新的な農家の運動の拡大により、この革命の基礎は築かれた。彼らは因習的な考えを打ち破り、土壌を集約的な耕作で荒らすのではなく、より肥沃にするように耕作方法を変えている。こうしたことを調べ始めた当初、正直なところ私は懐疑的だった。しかし調査の結果、私は確信するようになった。昔ながらの知恵と現代科学を融合した新しい農業哲学を定義づける一連の単純な農業慣行を取り入れることで、変化がもたらされる可能性があるのだ。
本書は、私がこうした農民に会い、彼らが農法の一環として、どのように肥沃な土を作っているかを知る旅の物語だ。しかしこの新しいタイプの革新的な農家の成功は、それだけでは終わらない。その秘訣は、彼らが収穫量を維持し、あるいは増やしながら利益を向上させていることにあるのだ。収益が増えたのは、化石燃料と農業用化学製品への出費が減ったためだ。彼らはこうした高価な資材に代えて、栄養、ミネラル、その他作物が成長に必要とする物質を効率よく運びながら、害虫や病原体をはねのける多様な土壌生物群を育むような農法を採用している。
この革命を主導する、野心的で現実的な農家のやり方の根底にある原理は、あらゆる農場、大規模なものにも小規模なものにも、ハイテクなものにもローテクなものにも、慣行の場合にも有機の場合にも有効だ。そして土壌の健康に重点を置くことで、希望は見えてくる。土についての考え方――とその扱い――を変えれば、世界に食糧を供給し、地球温暖化を防ぎ、土地に生命を取り戻す簡単で費用効果の高い手段が得られるのだ。
地質学者として、私は自分が世界を巡って農民たちの話を聞くとは夢にも思わなかった。まして国立自然史博物館からそのような調査が始まることになるとは……。
私は頭上の照明に目を細めながら、剥製のゾウの後ろに回り込み、その足の脇にあるおいしいブルーチーズにナイフを深々と突き立てた。妻のアンはカウンターの向こうの端でワインを狙っている。私たちはアメリカ横断のフライトの疲れが残っており、国立自然史博物館の円形大広間でのんびりしていた。おめでたいことに私は、よりにもよって化学肥料業界のロビイストが、新しい本を書く(取りかかる前にじっくり考えようと誓ったばかりだった)きっかけを与えてくれようとは思ってもいなかった。
それは2008年のことで、私は全米研究評議会が主催するシンポジウムで講演を頼まれていた。スミソニアンの新しい展示『掘り下げろ! 土壌の秘密』に関連して開かれたものだ。シンポジウムの目的は、土壌劣化問題に関する認識を高めることだった。このテーマは私の地質学者としての関心に近かった。加えて、私は展示についてのアドバイスを求められていた。当然ながら私はその結果がどうなったか見たかった。
その晩もっとも印象的な展示は、切り出した板状の土を、重厚な木の枠にはめ込んだもので、それは床から天井まで壁一面を覆っていた。それぞれアメリカの各州から来た50枚のパネルが並び、どっしりしたパッチワーク・キルトを作っている。アルファベット順に並べられたそれには、土色の虹がかかっていた――アリゾナの淡褐色、コロラドの茶、ダコタの黒、ハワイの赤。
このように並んでいると、色のパターンがわかりにくかった。私にはその地質学的な意味が理解できなかった――イリノイ、インディアナ、アイオワから持ってきた真っ黒な土の三つのパネルブロックを見るまでは。それから私は展示品を、アメリカの地図のとおりに頭の中で並べ換えた――真っ黒なグレートプレーンズの土が、西部の砂漠の淡褐色の土と赤錆色の南東部の土を分けるように。夢中になってビデオを見たり、ボタンを押したり、子ども向けのディスプレーを操作したりしている人たちのうち何人が、アルファベット順の配列でわかりにくかったとはいえ、カラフルな壁が私を引きつけたように、アメリカの土壌の地域的特徴に気づいていただろう。
他の客たちと一緒に円形大広間に戻ると、私たちは引き続きずらりと並んだワインとオードブルを賞味した。イベントのスポンサーである肥料研究所の厚意によるものだ。化学肥料の使用に差し迫った必要性があることを解説する講演が始まった。有機農業ではとても世界に食糧を供給できないと、講演者は語った。有機農法に惑わされた支持者は、大規模な飢餓のもとを作り出そうとしている。化学肥料は20世紀中に収穫量を倍増させ、世界を救った。今それは、再び私たちを救おうとしている。ゾウの腹の下から広間を見わたすと、研究所が目立つ場所に飾った「育み、補充し、茂らせる」というスローガンが、15分前ほど無邪気なものに思えなくなっていた。
私はその頃、有機農法の収穫量が慣行農法に匹敵する事例に関する論文を読んで、まさにこのテーマに没頭していた。化学肥料が、劣化した養分に乏しい土壌で、収穫量を飛躍的に高めることを私は知っていたが、すでに肥沃な土地ではそれほど役に立たない。慣行栽培農地は有機栽培農地より生産量で勝っているというよく引き合いに出される結論は、耕作する人の特定の農法だけでなく、土地の状態によっても左右されるのではないかと、私は疑い始めた。一部の研究は、有機農法が慣行農法と同じくらい生産性が高く、そして化学肥料のような高価な資材を使わないので、より利益が大きいことを明らかにしている。この研究は私を迷わせていた。有機食品のほうが一般に高価なのは、生産にコストがかかるからだろうか、それとも余計に払ってでも欲しがる人がいるからだろうか。もし後者が正しければ、需要に対する供給量の増加で価格は低下するので、もっと多くの農家が有機農業を始めれば、より多くの人々にとって現実的な選択肢になるのではないだろうか。
案の定、そのような考えがこの晩の催しで強調されることはなかった。スポンサーの代表者による長広舌が終わりに近づくにつれ、私は、今しがた聞いた話と以前に読んだことのへだたりについて、考えずにいられなくなった。
翌日、アメリカ科学アカデミーでは、専門家たちが立て続けに違う説明をしていた。彼らは、有機物を使って土壌の肥沃さを維持することの重要性を強調した。世界的に著名な科学者たちは、土壌保全と土壌の健康が、増え続ける人口に食糧を供給するために、長い目で見ていかに重要かを語った。とりわけ、工業的に作られる化学肥料に頼ることを可能にした、安くて豊富な化石燃料を使い果たしてしまったあとでは。
オハイオ州立大学の土壌科学者ラッタン・ラルは、特に興味深い案を私に示した。炭素を土に返して、大気から取り除くと同時に土壌の肥沃度を向上させるというものだ。温暖化する地球において土壌の質を維持することが緊急の課題だと力説するラルは、ダークスーツにネクタイを締めて穏やかな口調で話す紳士で、格別革命家らしくは見えない。しかし、そのいかにも学者然とした物腰とはうらはらに、メッセージは急進的だった。ラルは、慣行農法は、炭素が豊富な土壌有機物を減らし、肥沃度を落とすだけでなく全世界で二酸化炭素の放出の原因になっていると主張した。農地に有機物を増やすことでより多くの炭素を土に戻せば、土壌肥沃度が、したがって食糧生産量が高まり、二酸化炭素放出の相殺に大いに貢献する。
もちろん難点もある。そうするためには、私たちの農業慣行を大幅に転換しなければならない。有機農業と慣行農業という区分はあまりに単純化しすぎではないかと、私は思い始めた。たぶん無機肥料は、他の多くの道具と似て、その使われ方こそが土壌を豊かにするか劣化させるかを左右するのだ。土壌の健康の増進は、農業用化学製品を控えることよりも、土壌を侵食から守り土壌有機物を増やす農法を採用することにかかっているのではないだろうか? どうすればこれを地球規模でできるかを考えているとき、自分がすでにラルの足跡をたどり始めており、そしてすぐに世界中の農場への旅に乗り出すことになろうとは思いもしなかった。旅の終わりには、私は楽観的になっていた。土壌を劣化させるのでなく、よりよく保つように農業慣行を変えられることがわかったからだ。そしてそうすることは、世界に食糧を供給し地球温暖化を防ぐという、手ごわい問題の解決に役立つだろう。
古代文明から現代にいたる土と人類の関係を描いた『土の文明史』、
そして土壌中の微生物の働きと人の内臓についてまとめた『土と内臓』に続く土3部作の完結編となる本書では、農業における土がテーマです。
著者はアメリカを中心に世界各地を訪ね、不耕起栽培を実践する農家と研究者に取材を行ないました。
そして彼らの長年の経験と豊富な科学的知見から、土と共生する農業が成功する三原則を導き出します。
第一に、微生物の定着を阻む土壌の攪乱の抑制。つまり耕さないこと。
第二に、土を覆い水分を保持する被覆作物を栽培すること。
第三に、多様性のある輪作で、土に栄養を供給しつつ病原菌を排除すること。
この原則に従わなければ、たとえ有機農業を行なっても土との共生はできず、土壌は疲弊し、収量は低下すると言います。
反対に、土中の微生物の働きを理解すれば、土壌の回復が可能であるという明るい未来を提示します。
微生物から植物、人間やウシまであらゆる生命を育む土を、どう扱えば肥沃な土壌によみがえらせることができるのか。
地球の将来を考える上で、必読の一冊です。
なお本書では、日本の読者の理解を助けるために、著者に提供していただいた写真を本文中に収載しました。