渡辺一夫（わたなべ・かずお）

1963年横浜生まれ。森林インストラクター。
東京農工大学大学院修了。農学博士。
森林インストラクターとして、樹木と人間のかかわりや、
森の成り立ち・仕組みを解説する仕事をしている。
山歩きが趣味であるが、風景や樹木などを眺めているうちに時間がなくなり、
山頂まで登れなくなることも少なくない。
主著として、
『森林観察ガイド』『イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか』
『アセビは羊を中毒死させる』『公園・神社の樹木』
『街路樹を楽しむ15の謎』（以上、築地書館）がある。

はじめに

第1章　体に秘めた生きる力
ネムノキ ――働くために眠る
サザンカ ――春に咲かない謎
ガクアジサイ ――毒を捨てる技
【コラム】病原菌がつくり出す花
ヤマグルマ ――変わり者の魅力

第2章　攪乱を利用せよ
ドロノキ ――攪乱の歴史を伝える
ヤマツツジ ――火の島が生んだツツジ
ミヤマハンノキ ――破壊を創造に変える
【コラム】火星は住みやすいか

第3章　人の営みに翻弄されて
ズミ ――支えるために生きる
ウラジロガシ ――渓谷を友として
マテバシイ ――昭和の夢の跡
カナメモチ ――赤くなるのは誰のため？

第4章　生き物たちとのお付き合い
ハゼノキ ――油を売って生き延びる
【コラム】会津の漆ろうそく
イスノキ ――いつのまにか操られて
【コラム】虫こぶの効用
モチノキ ――姿かたちはつくられるもの
【コラム】カワウと樹木

第5章　気候の変化を生き抜く
アカエゾマツ ――奇跡を生んだ忍耐力
【コラム】太古の音色
ウラジロモミ ――大きな大地に助けられて

第6章　見えない敵と戦う
ホルトノキ ――危機に瀕する名木
エゾマツ ――大地にうごめく見えざる力
トドマツ ――死が支えている生命

  野山を歩いていると、たくさんの樹木と出会います。岩場に生えている木もあれば、湿地に生えている木もあります。ある樹木がその場所に生えているのは、偶然のように見えますが、理由があります。彼らは、それぞれがもっている能力を武器に、そこで生き延びてきたのです。

  樹木は、一見似たような姿をしていますが、それぞれ強い個性をもっていて、生き残るためにさまざまな戦略を使います。その個性や戦略はどのようなものでしょうか。

  本書は、前著『イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか』『アセビは羊を中毒死させる』に続く、「樹木の個性と生き残り戦略シリーズ」の第三弾です。

  本書では、北海道から九州まで、日本の山野に自生する一九種の樹木を取り上げて、その個性と生き残り戦略について、さまざまなエピソードとともに解説しています。

  日本の森にはじつにさまざまな樹木が生きています。そこに見られる多様性は、樹木の個性と無関係ではありません。そして樹木の個性は、日本列島の気候、地形、生物といった環境が、長い時間をかけて生み出したものです。

  樹木の生き方をとおして自然について理解を深めていくことは、驚きや楽しさを与えてくれるだけでなく、私たちが励まされたり、教えられることもあります。はるか太古の時代から生き抜いてきた樹木たちのドラマを知ることは、私たちの心をきっと豊かにすることでしょう。

世界中で、数多くの園芸種が作られているアジサイですが、その原種が日本の野生種だったことはあまり知られていません。
日本の野山を歩いていると、渓流ぞいなどで、ハッと美しい野生のアジサイに目を奪われることがあります。

このアジサイの美しい青色は、土壌のアルミニウムを体内に無毒化してためこむことで発色するのです。
同じように、ユーカリが金を、春の山菜で有名なコシアブラがマンガンをためこむこともよく知られています。

本書ではこの紫陽花（アジサイ）を含む、19種の植物を選んで、自分では動けない植物が、自然の猛威を乗り越え繁栄する生き残り戦略を、博士号をもつ森林インストラクターである著者が、魅力たっぷりの語り口で紹介します。

公園や街路などで身近な樹、登山や旅先で出会う木々を見る読者の目がぐっと深まる、樹木のサバイバルストーリーをお楽しみください。