| 山野井徹[著] 2,300円+税 四六判上製 256頁+口絵4頁 2015年2月刊行 ISBN978-4-8067-1492-7 日本列島を覆う表土の約2割を占める真っ黒な土、クロボク土。 火山灰土と考えられてきたこの土は、縄文人が1万年をかけて作り出した文化遺産だった。 30年に及ぶ地質学の研究で明らかになった、日本列島の形成から表土の成長までを、風成層の堆積と、地すべり・崩壊などの侵食との関わりで、考古学、土壌学、土質工学も交えて解説する。 |
山野井徹(やまのい・とおる)
1944 年長野県生まれ。1969 年新潟大学大学院理学研究科修了。理学博士。新潟県庁に勤務後、山形大学教養部・理学部教授。
専門は層位・古生物学(花粉分析)、応用地質学。2010 年退職、山形大学名誉教授。東北大学総合学術博物館協力研究員。
著書に『山形県地学のガイド──山形県の地質とそのおいたち』(コロナ社)、共著に『図説日本列島植生史』(朝倉書店)のほか多数。
はじめに
第1章 地球の上の「土」
土と古代科学
土と地球の関係
「土」と「表土」と地質学
第2章 「土」についての疑問
なぜ遺物は土の中?
土の色で遺物が違う
土壌学から「土」を見る
世界から見た日本の土壌
「クロボク土」とは
疑問の多いクロボク土
クロボク土は火山灰土?
第3章 火山灰とローム
十和田で見る実物
「火山灰」とは
「ローム」とは
関東ロームは火山灰?
関東ローム層と鹿沼土
クロボク土は火山灰に非ず
母材形成の実態
第4章 堆積母材と土壌の形成
堆積母材の素材
自生と他生の粘土鉱物
有機物の分解と無機物の残留
風成粒子の残留を探る
表土と地層累重の法則
表土が支える陸上生物
第5章 表土の地質学
基盤礫の謎
風送塵と表土
土壌の攪乱
ダーウィンと土壌
ダーウィンの実験とミミズ石
表土のツンドラ体験
変質作用の進行
表土の層理と構造
表土の年代層序
黄土は「元祖風成層」
黄土は人類紀の地層
日本の風成層
第6章 日本列島の形成と表土の誕生
日本列島の生い立ち
関東地域の風成層
大阪層群と風成層
内陸部の風成層
ネオエロージョン
表土のリセット
表土の誕生
第7章 山地の地形と表土
地形と表土
地すべり斜面の表土
一般斜面の急斜面の表土
普通斜面の表土
普通斜面の地質
降雨と山腹崩壊
事件に始まる表土の形成
地形による表土の代表的岩質
表土の発達と岩質
第8章 クロボク土の正体
広くクロボク土を観る
クロボク土を分解する
「黒い粒子」の正体
微粒炭は活性炭
クロボク土ではない黒土
砂丘や湖にも微粒炭
日本の土壌の新たな謎
第9章 クロボク土と縄文文化
縄文時代と微粒炭
野焼き・山焼きの現場
自然環境の変化と古代人
山形県小国の山焼き
縄文土器と植物食
縄文遺跡の地質
火入れの場所
縄文遺跡と微粒炭
日本のクロボク土の意味
あとがき
引用・参考文献
索引
町に暮らしていると、地表は人工物で覆われ、土は見えにくくなっている。しかし一歩郊外に出れば、田畑や野山を覆う土が目に入ってくる。
そうした土は我々の食や住を支えるなど、生存には欠かせないものであるが、どこにでもあるので空気や水と同じような存在かもしれない。
しかし「土」は空気や水以上にいろいろな姿を見せるので、漠然として一層つかみどころがない。そうした土ではあるが、身近にあるものとして、
せめてそれがどう生まれ、どう育ったのかは知りたいものである。
私の専門は地質学で、地層を通して地球の歴史を明らかにすることである。まずは山を歩いて調査をするのだが、「土」(表土)は、
調べたい地層を覆い隠しているので、迷惑な存在である。だから、調査では「土」は厄介者として無視してきた。しかしこうした土の中で、
「クロボク土」と呼ばれる黒い土は、出会うたびに気になっていた。それは異様に黒い姿であることと、その「クロボク土」が「火山灰」とされていたことである。
火山灰はこんな黒さであるはずがない、と納得できなかったからである。では一体何物か? これを探るのが本書の主題となる。
いざクロボク土を考え始めると、「土」(表土)についての疑問が次々と出てくる。そうした疑問を解こうとすると、広く土の理解が必要になる。
そんなわけで本書では「土」一般にも広くふれることになる。その中で、日本の山地の表土に関しては、新たな見解を提示できると思う。
ただ、新しい見解なるが故に科学的筋道を示しておきたい部分は、理屈っぽくなって読みにくいかもしれない。
そうした部分は読者の必要に応じた読み方で読み進めていただきたい。以下があらすじである。
「土」は、地質学、地理学、土壌学、土質工学、考古学など様々な学術分野の同一研究対象でもあるので、その学術内容を深めあっていくためには、
共通の学術用語の概念は一致していなければならない。まずは「火山灰」の定義に戻り、そこからローム層やクロボク土が見直され、野外事実と照合される。
すると、両者とも「火山灰」ではなく、「風成層」として見るべきであることがわかる。そう改めると、
次は土壌生成の基本である土壌母材のあり方にも重大な影響が及ぶ。すなわち、土壌母材は新鮮な岩石が風化してできる「風化母材」が一般的と考えられていたが、
それはむしろ特殊で、風成層による「堆積母材」が普遍的であることが明らかにされる。実はそうした堆積母材に我が国を代表する土壌、
「褐色森林土」が形成されていたのである。それが故に、そうした土壌の下には、旧土壌が埋もれていることへと理解が進む。
日本列島の大地はこうした表土で広く覆われているが、なぜか他国よりは発達がよくない。
その原因は日本列島が受けるプレート運動に起因する特有の地殻運動に求められる。そうした日本列島の上で、表土の堆積が一様に進むなら、
どこでも一律な表土ができるはずである。しかし、表土は地形によってその厚さが異なり、山地では薄く台地や丘陵地では厚い。さらにその岩質も異なる。
それらの原因が追求されるが、実は山腹で生ずる「事件」が深く関わっていたのである。
クロボク土はこのような一般的な表土の最上部にあるが、最後にこの正体は何か? 本書の主題たる謎解きが展開される。
まずは、クロボク土には共通して炭の粉、「微粒炭」が含まれている事実が明かされる。
そして、この微粒炭が関与して植物の分解過程にある可溶腐植を保持することで黒色のクロボク土ができる、という新説が提示される。
しかし、一万年前以降に限ってなぜ炭の粉が大地に堆積するのか。この謎は、縄文文化の成立と関連させて考察される。
その結果、クロボク土は世界にも類を見ない「縄文文化の遺産」であることが導かれる。
土は身近にあるものの、複雑でつかみどころのない存在と思われてきたが、次々に出る疑問を一つひとつ基本に戻って解いていくと土の様々な側面が見えてくる。
同時にさらなる疑問が現れる奥深さもある。
土は生まれ育った地表の歴史を反映していることを味わっていただき、身近な日本の土をこれまでとは違った姿として見ていただけるなら幸いである。