訳者まえがき

はじめに


第一部　スター・ペアレンティングの4つの段階

第１章　スター・ペアレンティングを始めよう

第２章　スター・ペアレンティングのプロセス（４つの段階）
　　立ち止まって問題を見つめなおす　STAR―Stop and focus
　　アイデアをたくさん考える　STAR―Think of ideas　
　　アイデアを効果的に活用する　STAR―Act effectively
　　再検討、修正、ほうびを与える　STAR―Review, revise, reward

第３章　子どもへの期待を明確にする
　　自分の価値観を知る
　　年齢に適した行動
　　気質
　　長期的な展望
　　セルフケア


第二部　スター・ペアレンティングの5つのポイントと15のツール

第４章　問題を避ける
　　問題を避けるツール１：状況を変える
　　問題を避けるツール２：ストレスを減らす
　　問題を避けるツール３：代案を２つ出す

第５章　よい行動を見つける
　　よい行動を見つけるツール１：注目する
　　よい行動を見つけるツール２：ほめる
　　よい行動を見つけるツール３：ほうびをあげる

第６章　感情を認める
　　感情を認めるツール１：簡潔に聴く
　　感情を認めるツール２：積極的に聴く
　　感情を認めるツール３：空想で応じる

第７章　限度を設ける
　　限度を設けるツール１：明確なルールを定める
　　限度を設けるツール２：結末を引き受けさせる
　　限度を設けるツール３：よりよい方法を見つける

第８章　新しいスキルを教える
　　新しいスキルを教えるツール１：手本を示す
　　新しいスキルを教えるツール２：正しくやりなおさせる
　　新しいスキルを教えるツール３：具体化する

第９章　思うように進まないとき


おわりに

　虐待に至らなくても、現代の多くの親は育児に不安や悩みを抱えています。日本における子育ての現状は最悪で、従来の子育て法だけでは通用せず、新しい親としてのスキルが必要だと考えてきました。

　なぜわたしがそのように考えるのか、その要因を見ていきたいと思います。

　高度経済成長以降の日本は、経済至上主義のもと、子どもも消費のターゲットにしてきました。インターネット、携帯、テレビゲームなど、子どものほしがるものが大量にあふれているなか、親は「ものを大切にする」という価値観を教え、かつ子どもの欲望を抑えなければならないという大変な葛藤のなかにいます。

　世間が子どもに冷たいことも要因のひとつです。電車で赤ん坊が泣くと白い目で見られ、子どもの大声も「騒音」だと言われてしまいます。明治以前の文献には、子どもは「授かりもの」で「社会の宝」として大切にされたとあります。また開国以来の異邦人による見聞録にも「日本の子どもの目はキラキラしている。余程大切にされていることがわかる」と書かれています。ところが戦後、核家族化が急速に進行し、地域が崩壊し、若者が都会に集中しました。高度経済成長から豊かになった何十年間は、自然環境に手を加えて自分たちの都合のよいように変え、自然破壊を行なってきました。自然破壊の意識は、自然そのものである「子ども」を大切にしなくなったのと無関係ではないと思います。

　加えて、日本はほかの先進国とくらべて役割分業意識が高くて「育児は母親の役割」との考えが根強く、根拠がないと主張されてきた「3歳神話」や「母性神話」が未だ母親のプレッシャーになっており、また閉鎖的な家庭環境のなかでの母子の過剰な密着も問題になっています。現実には「専業主婦」より「兼業主婦」が主流になっており、経済的にも働かざるを得ない母親は増加しています。２００７年に内閣府は「ワーク・ライフ・バランス（仕事と生活の調和）憲章」と行動指針を定めましたが、母親と父親がともに仕事も育児もするということは、子どもにとって将来の見本・手本になることは間違いありません。


　子ども自身の問題も深刻化しています。いじめ、ひきこもり、自殺、非行、どれも悪化の一途です。子どもの問題は、こんな子どもに誰がしたという親の問題であり、同時にこんな親に誰がしたという社会の問題でもあります。子どもの問題を解決するためには、社会が変わる、親が変わる必要があるのです。

　では、どうすれば社会と親が変われるのか、それには大きく２つあります。ひとつは「育児の社会化」が進むことです。「育児の社会化」とは育児を親任せにせず、社会が親の支援をする、育児をサポートするということ。そして２つ目が「親教育（ペアレンティング）」の普及です。子どもの環境が激変している現代、親は子どもに向き合うためのスキルを必要としています。

　わたしは、子どもに対する虐待防止には親教育が必須であるということをカナダで学びました。虐待としつけは大きく違います。虐待は、親が自分の感情の捌け口に子どもを使っているだけのこと、しつけは子どもが家族から社会へ自立していくためのルールを教えることです。しつけに暴力は不要で、暴力を使っている限り、子どもが親から学ぶのは「暴力」です。子どもが悪いから、子どもが言うことを聞かないからというのは親の勝手な言い分で、子どもは思いどおりになるという考えがそもそも正しくありません。子どもの問題と考えている限り、虐待はなくなりません。親自身が変わり、親としてのスキルを学ぶ必要があるのです。


　わたしは、自分自身の「親ほど大変な仕事はない」という体験から、この大変な体験に裏打ちされていない、理論だけの親教育のプログラムではものたりず、女性の親教育者が書いたものを探しました。アメリカで女性初の親教育者、エリザベス・クレアリーによって「スター・ペアレンティング」プログラムが編み出されたというのを知ったときには驚きました。

　わたしは、１９８８年にカナダから帰国した直後に起きた「東京埼玉幼女連続殺人事件」後、警察庁から出された防止策が旧態依然としたものであることにショックを受け、カナダやアメリカで学んだことを日本に紹介する必要を感じて『わたしのからだよ！』（１９９０年、木犀社）を翻訳出版しました。その本はエリザベスが代表取締役を務めるペアレンティング・プレス社から出版されており、それ以来、彼女は、わたしにとって親教育のコーチ役でもあり、個人的にも敬愛する姉のような存在だったからです。


　スター・ペアレンティングは本文の説明にもあるように、0〜12歳の子どもを対象にしていますが、どの年齢にも使えます。13歳以降の思春期には、12歳までの親子の関係が如実に反映されます。その点からも、12歳までの子どもに対する親としてのスキルを身につけていれば、基本的な人間関係ができていますから、13歳以降の思春期が親子ともに難しいものではなくなるという可能性が生まれます。

　スター・ペアレンティングには、子どもの気質と発達段階を知ることの大切さや、親の価値観を明確にし目的をもてば、親の仕事はやりやすくなることなど、子どもについての情報と親としてのスキルが満載されています。


　わたしが理事長を務めるＮＰＯ法人女性と子どものエンパワメント関西はスター・ペアレンティングの親教育プログラムを事業のひとつにしており、「叩かず甘やかさず子育てする方法」をテーマに定期的に講座を主催しています。参加者に動機を聞くと、「『叱らない、叩かない』というタイトルにひかれて」「怒らずにしつけていきたいので方法を知りたかった」「子育てが思いどおりにならないことが多く、悩んでいた」「発達障害のある息子への支援になれば」といった答えが返ってきて、育児に悩んだり、子どもと自分の関係や親としての自分のあり方を見つめなおしたいという親の姿が見えてきます。参加者には子どもにかかわる医師、助産師、ＮＰＯ、援助者も多く、「母子生活支援施設の利用者へのアドバイスとして伝えたい」「子育て支援として、子育てしている親にぜひ使いたい」などの声も聞かれます。

　また、講座終了後のアンケートでは次のような感想が寄せられました。「育児法が具体的でわかりやすかった」「今まで参加した講座では最高レベルで、これほど自分に影響があったものは初めて」「グループワークも多くあり、何より楽しかった」「目から鱗でした！」「子どもの行動について整理できた」など。

　親であることが楽になる、子育てのヒントが得られる、自分を見つめなおすきっかけになる、人と話してつながることができる、子育て支援へのスキルになる。こうした機会をもっと拡大したいと考えています。

　実例に即してていねいにスター・ペアレンティングを解説している本書を、子育ての中心にいる親にはもちろん、子どもにかかわる仕事や活動をしているすべての方々にぜひ手にとっていただきたいと思います。


　わたしには５歳と７歳の孫がいます。５歳の男の子の保育所への送迎時によく聞く、親が子どもに言う言葉が、「何度言ったらわかるの！」と「早くしなさい」の２つです。この言葉を聞くたびに、スター・ペアレンティング的な分析をして、次のようにつぶやいています。

　「何度言ったらわかるの！」（何度言ってもわからないのは、メッセージが伝わっていない証拠。言い方が問題なのか、わかるように言っていないのか、ほかの方法はないのか、いずれにしろ同じ方法を繰り返しても効果がないなら、方法を変える必要がある。何度言っても聞かないのは、聞かない子どもの問題ではなく、親のスキルの問題。）

　「早くしなさい！」（子どもはスローペースなんです。早くなんかできませんよ！）

　少しずつ学んで、少しずつ成長しましょう。親も大人も子どもも一緒に！　


2010年7月　宝塚にて
田上　時子